斬伐のクリカラ~女装ゴスロリ剣士だが弟子によくない目で見られている気がする~

灰鉄蝸(かいてっか)

星の光を剣と成して

文明崩壊のストレスから女装に走った男に悲しき過去…









――わたしたちは星の屑からできていて、星の光を糧にして生きているんだ。





 目を閉じる度に、彼女の声を思い出す。

 たとえ自分の手で失わせたものだとしても、それは忘れがたい記憶として魂に刻まれていた。

 そして思い知らされるのだ。




 この手が、何を斬り捨ててしまったのかを。













 月明かりに照らされた夜半であった。

 かつて日本列島と呼ばれた弧状列島の一角、かつて関東平野と呼ばれた大地、雑草に埋もれた廃墟の街並み。

 幾度かの戦火と地震と経年劣化に蝕まれて、今では人の営為など途絶えてしまったその真っ只中――さくさくと草を踏みしめて、人影が一つ、亀裂だらけの廃ビルが立ち並ぶコンクリートジャングルを歩んでいた。

 異様である。

 虫の音が響く中、ひらりひらりと黒いスカートの裾が揺れる。

 絹糸のような髪が、ふわりと風に揺れた。



――日本刀を腰に提げたゴスロリファッションで黒髪ロングヘアの美人がいた。



 誇張ではない。幻覚でもない。

 長い足をガーターストッキングで包み込み、そこだけはオシャレというよりも実用重視なのがうかがえる厳めしいブーツを履いた美人である。

 何故、廃墟の街並みをゴシック・アンド・ロリータの衣装で歩いているのか。

 何故、腰のベルトから日本刀(刃長八十センチほどの打ち刀である)を吊しているのか。

 そこには複雑怪奇な経緯があるのだが、ここでは割愛する。

 端的に言えば、ゴスロリ剣士は魔族を狩るものデーモンハンターだった。


 ここは人ならざるものの住処である。

 夜闇に沈む廃ビルの影、墨汁をぶちまけたような黒の中から、灰色の毛並みをした何かが這い出てくる。

 大きい。


 それは、小型トラックほどはあろうかという狼であった。その首から先は二股に分かれており、犬に似た二つの顔がうなり声を上げている。

 地球上で生まれ落ちた生命の進化の系譜にないもの、虚空を漂う元素エーテルによって生きる異形のもの。


 これをデーモンと呼ぶ。

 双頭の獣――ギリシャ神話の怪物になぞらえるなら、さしずめオルトロスといったところか――は、しばらくうなり声を上げてゴスロリ剣士を威嚇して。

 やがてくんくんと鼻を鳴らし、困惑したように声を発した。


『おまえ、おとこのにおいがする……おんなのかっこう?』


 デーモンは知的生命体であり、当然のように人語を解する。

 自身の性別を看過されたゴスロリ剣士は、切れ長の目を細めて微笑んだ。

 互いの距離は二十メートルを切っている。ひび割れたアスファルトの大地の上、仁王立ちしながら――姿は堂々たる答えを返した。


「俺の趣味だが?」


『…………しゅみ?』


「カワイイを極めるためゴスロリを着ている、と言っている」


『とうさくしてる!』


「デーモンにまで地球人のくだらん固定観念が染みついているとは世も末だな……?」


 やれやれとため息一つ。

 そしてゴスロリ剣士の男――レンは本題を切り出すことにした。


「一応、確認したいのだが」


『なんのよう、だ?』


「おまえ、昨晩、この近くの町を襲ったな? 人間が三人喰われている」


『…………』


 沈黙。

 獣の呼吸音ばかりが、虫の音に混じって耳を打つ。

 今から百八十年ほど前、地球に突如として現れた異種知的生命体――それがデーモンである。


 それは人間の子供ほどの体躯の小鬼から、山のような巨体で空を飛ぶドラゴンまで多種多様な姿形をしており、例外なく見た目よりも強靱で悪辣な存在だった。

 一言で表すならば、それは古典的幻想ファンタジーの産物だったのである。全世界が紛争状態に叩き落とされ、人類の文明が崩壊するまではすごい早さで事態が進行した。


 ちなみに世のオカルト趣味者や悪魔崇拝者は「すっげえ! 悪魔は実在したんだ!」とよろこんだりした。

 そして死んでいった。

 何故ならデーモンは伝承上の悪魔や神話的生物とは一ミリメートルたりとも関係なかったからだ。


 オカルト知識を頼りにデーモンに突撃取材し、ライブ配信で踊り食いされる動画配信者など珍しくもなかったあの時代――古き良きというにはちょっと人類の愚かさが突き抜けてた気もするあの頃。

 かれこれ二百年近く生きているレンは、本気で嫌な気持ちになりながら、自身の経験則から導き出された答えを口にした。


「察するにおまえは――やわらかく体脂肪率が高い女の肉を好むがゆえ、衣装の種類まで見分けられるようになったか?」


 オルトロスが口の端をつり上げ、牙を剥きだしにして笑う。双頭の獣は高い知能を持ったデーモンであり、生きるためではなく美食として人間の肉を喰らう化け物だ。

 小型トラック並みの巨体を誇る大型肉食獣が、人間の肉を喰った程度で腹を満たせるわけもない。肉体をエーテルで構成しているデーモンは、基本的に空間中のエーテルを取り入れるだけで生きていける不死の生物だった。

 ゆえに彼らが人間を食べる場合、その意味合いは例外なく忌まわしい。


『おれ、にんげんすきっ!』


 レンは笑った。

 それは恐ろしく殺伐とした笑みだった。


「うん、おまえのような輩は殺すに限る」


 決裂である。

 次の瞬間、双頭の獣の周囲でエーテルの流れが揺らめいた。レンの見立てでは物質生成にカテゴライズされる魔術的兆候だ。元来、肉体をエーテルで構成されているデーモンは、体外に存在するエーテルを操作するのにも秀でている。

 大崩壊以降、地表に満ちるようになったエーテルは理想的な魔術資源だ。おそらくオルトロスが起動している魔術式は可燃性燃料の生成と、その放出による火焔放射といったところか。


 人類の兵器でいえば火炎放射器に相当する悪質な攻撃用魔術だ。

 射程は三十メートルから四十メートル程度、人間の移動能力では回避など不可能である。

 ゆえにレンは自身の魔法――事象変換術を起動させた。


――事象変換術フェノメノン・コンバータはデーモンハンターにとっての生命線だ。


 あらゆる攻撃、機動、防御で事象変換術は用いられるし、この恩恵によってデーモンハンターは超人的な身体能力を発揮することができる。

 まず前提として、人体は脆い。

 どんなに鍛えた武道の達人だろうが、動脈が切れれば失血死するし、臓物をこぼせば死んでしまうのが世の常だ。


 筋肉を酷使し関節をすり減らして重装備の防弾アーマーを着込もうが、防げるのはライフル弾までが精々であり、戦闘行為は取り返しがつかないダメージにあふれている。

 なのでこうして、空間に満ちているエーテルを目視し、それに働きかけることで様々な物理現象に変換する。


 事象変換術とは、ぶっちゃけると魔法とか超能力の類である。

 わざわざ事象変換術フェノメノン・コンバータなどという言い方をするのは、この業界の関係者か科学として探求する研究者、はたまたその手の趣味者オタクぐらいであり、一般人は魔法と呼ぶことがほとんどだ。


 まあ、つまりレンが使った魔法は単純なのだ。

 空気抵抗のキャンセル、足裏への足場の展開――跳躍。

 風化してひび割れだらけになったアスファルトの大地を蹴り、レンは弾丸のように一直線に双頭の獣へと飛び込む。


 デーモンを殺しすぎて人間の枠を逸脱した男の身体能力は、見た目のそれよりもはるかに高い。火焔放射の発射まで余裕があるつもりだったオルトロスが、慌ててその前脚を横凪ぎに振るった。


 この種のデーモンの筋密度は同スケールのホッキョクグマのそれを軽々と凌駕する。軽く撫でられただけで人間の皮膚は四散し、肉は割けて、骨まで刻まれてしまうだろう。

 レンは恐れない。

 かねてから用意していた事象変換術を起動。

 それまで一直線にオルトロスへと向かっていた影が、唐突にその軌道を変えて斜め上方向に跳ねる。


『うぉお!?』


 双頭の獣がうろたえて吠える。

 空を切った横凪の一撃は、度しがたい隙をオルトロスに生んでいた。

 レンの右手の五指が、腰の日本刀――剣杖ソードロッドの柄に添えられる。それは文字通り、対象を切り裂く斬突の道具であり、事象変換術フェノメノン・コンバータの発動を補助する魔法の杖だった。


 百八十年間、デーモンと殺し合ってきた人類が、それらを殺すために作りあげた超常の兵器。

 それが剣杖である。

 空中でレンが剣杖を抜刀する。

 抜き打ちの斬撃。


 レン自身の身体からあふれるエーテルを流し込まれた刃が、青白く輝いて――膨大な霊的密度を帯びるオルトロスの首の一つを、綺麗に切り落としていた。

 重機関銃の掃射を軽々と弾く毛皮が、地球上の物質ではあり得ぬ膂力パワーを生む筋肉が、エーテルの結晶化した骨格が、熱したバターのように切り裂かれていく。

 どちゃっ、と湿った水音。

 流体化したエーテルの体液を垂れ流し、獣の生首が地面に転がった。


『うぎゃおおおおおおぉおおおぉおおお!!!!』


 言語ならざる絶叫。

 双頭の獣は今や、片首だけで苦痛の叫びをあげる醜悪な化け物だった。途中で発動がキャンセルされた火焔放射の魔術が、一瞬、凝縮エーテルの燐光を夜闇に灯した。

 次の瞬間、オルトロスはその四肢をバネのようにして、地面を蹴る。

 着地したレンには目もくれずに。


 逃亡。

 あらゆる復讐心、報復精神を鋼の理性で押さえつけ、デーモンは生き延びるために選択したのだ。

 ここが実に魔族の厄介なところで、彼らはひどく気まぐれに人間を殺すくせに、こと生存に対する欲求は獣よりも的確だ。あの一撃を食らった時点でオルトロスはこちらの戦力評価を終えており、どう足掻いても勝てないと悟ったのである。

 数トンはあるはずの巨体が、猫科の肉食獣を思わせる俊敏さでレンから離れていく。

 次の瞬間だった。



「――師匠!」



 それは、少女の声だった。事象変換術の行使――閃光と共にオルトロスの動きが止まる。

 飛来した光り輝く杭が、オルトロスの足を刺し貫き、地面に縫い止めたのである。

 残った片首から凄まじい痛みを訴えて叫ぶデーモン――だが、彼を助けに来る仲間などここにはいない。人間世界にやってくるデーモンは、基本的にで食い詰めたか縄張りを追われたかの敗北者だ。


 もしこのオルトロスが群れを形成するような個体だったなら、子供ばかり中途半端に食い殺して、こうして報復を招くような事態にはならなかったろう。

 オルトロスの足を縫い止めた光の杭が、その効能を発揮したのは五秒に満たない時間だ。

 そしてデーモンハンターの戦闘において五秒という時間は致命的な隙だった。



――月夜を、黒いゴスロリ衣装のスカートがひるがえる。



 青白いエーテル光を伴って、日本刀型の剣杖ソードロッドが幾度も振るわれて。

 オルトロスのもう一つの首が落ちる。四本の手足が切り落とされる。ぐちゃり、と湿った水音を立てて、銀色に輝く液化エーテルの血をどぱどぱと垂れ流して、オルトロスだった肉塊が地面に転がった。


 レンは着地同時に胴体へと刀を差し込み、臓腑へと刃を滑り込ませた。あらかじめ用意していた事象変換術式――斥力場の障壁〈光の盾〉で返り血を弾いて。

 エーテル生命体がその命を失う刹那、発する七色のエーテルの輝き。

 そうして人食いの罪を犯したデーモンは絶命した。


 銀色の液化エーテルが揮発するようにして空間へ帰っていく――ある種の粒子らしいその物質は、基本的に人体に無害だ。放っておけば刀身についた体液すら跡形もなく消えてしまう。

 しばらく抜き身の刀を手に周囲を警戒していたレンは、やがて一言。


「もういいぞ、ミスラ」


 そう虚空へと呼び掛けた女装ゴスロリ剣士。

 独り言ではない。

 次の瞬間、ぬるりとレンの前に人影が現れた。

 可視光線と赤外線を操る高度な透明化魔法、臭気(正確にはその源となる化学物質)を断つ偽装魔法を重ねがけして、デーモンの知覚器官を欺いて潜伏していた彼の弟子である。


 ベルトポーチがたっぷりとついたジャケットに身を包み、ショートパンツから突き出たしなやかな美脚を黒のストッキングで覆った少女は、にっこりと笑って師を褒め称えた。


「流石です師匠、バッチリ決まりましたね」


 花開くような笑顔だった。

 首筋のあたりまで伸ばしたボブカットの黒髪、抜けるように白い肌はきめが細かく、くりくりとした青い瞳は澄んでいて、鼻梁はすっと通っている――惜しむらくはその未成熟さゆえに、あどけなさが顔立ちにまだ残ることか。

 だが、万人が美少女と認めるであろう娘は、名をミスラという。

 微笑みを浮かべる少女の顔色に、憂いの影は認められない。


 デーモンが地球に現れ、文明が崩壊して百八十年、世はまさに終末後の世界ポストアポカリプスだ。

 人間が食い殺され、その報復として下手人のデーモンを始末する――その程度の出来事では動じない程度に、この世界、この時代に生まれた子供たちはたくましい。

 百八十年もの間、デーモンと殺し合っているくせに、今さら人の生き死にで一喜一憂するレンこそ、あるいはおかしいのかもしれなかったが。

 ともあれ依頼は遂行された。

 ここは師匠らしくしなければな、とレンは思う。


「よくやった弟子よ、おまえもバッチリだったぞ。〈光の杭〉を使ったタイミングがよかったな。見事な不意打ち、見事な補助アシストだった。あそこで下手に仕留めにかからなかった判断は正しい」


「動きを止める方で合ってたんですね、よかったぁ……」


 ここで判断ミスがあれば指摘するのが師の務めだが、今回のミスラの立ち回りは満点に近い。

 射撃魔法の使用はせっかくの存在隠蔽ステルスの優位性を捨てることに繋がるが、相手の動きを止める術式ならばこの欠点は帳消しにできる。

 今回の事例のように強力な一個体が相手で、レンのように頼りにできる前衛がいるのならば言うことなしの判断である。


 流石は俺の弟子、カワイイ上に有能だなと保護者面に余念がない女装ゴスロリ剣士――オルトロスだった死骸の前で、日本刀を片手にしたゴスロリ着用男性(身長百七十八センチ)と少女。

 見ようによってはかなりシュールな状況の中、ミスラがふと口を開いた。


「そういえば師匠、一つ質問なのですが」


「うん? どうした弟子よ?」


「何故デーモンと戦うときにそのようなゴシック・アンド・ロリータスタイルなのですか?」


 ミスラの疑問はもっともである。

 少女の知る限り、師であるレンは実戦的な教えを体系立てて叩き込んでくるデーモンハンターだ。ひらひらして可愛い衣装を着て殺し合いの場に赴く、などというわけのわからない行動に出るタイプの人間ではない。

 ミスラの当然すぎる疑問に対して、凄腕のデーモンハンター・レンの答えは単純だった。





――




「ですがスカートと近接戦の相性は最悪では――それに、。ゆゆしき事態です、股間の凸まで視認できます」


「弟子よ」


「はい」


「おまえの視点ちょっとねっとりしてない?」


 レンはちょっと弟子の物言いによくないものを感じた。

 しかし弟子ことミスラは涼しい顔のまま、レンのスカートから下――やや骨張った男性の骨格を黒のガーターストッキングが艶めかしく包み込んでいる――に目を向けたあと、ゆっくりとゴスロリドレスのスカート、ベルトで締められた腰つき、平坦な胸元、そして首筋を見た。


 ゆったりとした黒のゴスロリ服は男性の骨格を打ち消すのにピッタリだし、喉仏が浮き出る首にはフリルのチョーカーが装着されている。

 手指の関節を隠すために身につけられた少し厚手の長手袋にはフェティッシュな魅力すら感じる。

 何より師は抜群に顔がいい。

 完成度が高い、そう少女は思った。


「わたしのまなざしは常に愛に満ちていますよ、師匠」


「仏教用語か?」


「アガペー! アガペーです!」


「今ちょっとアガペーの定義に質量大きめの一石が投じられたな……」


 仏教用語では愛は愛欲や執着などの意味である。つまり欲望にぎらついたベクトル、ネガティブな意味合いである。果たしてミスラのそれが真なる愛アガペーに該当するかは定かではないけれど、レンはあえて目をつむった。

 何故なら弟子が可愛いからだ。

 ちょっと焦っている彼女を安心させるように、男は鷹揚にうなずいた。


「だが安心するがいい弟子よ。俺は見られて恥ずかしい格好をしたことは一度もない」


「その理屈は一歩間違えると露出狂の仲間入りしますよ師匠」


「聖書によれば人は知恵の実を食べたことによって裸体に羞恥心を覚えるようになったと言うからな……稀に先祖返りを起こすものもいると考えられる。あと露出狂は本質的には変態性欲を満たすためにわいせつ行為を行う倒錯者だ。欲望の充足のため他者に精神的苦痛を与える加害性と俺の自己肯定力は対極にあると言えよう」


「……くっ、何か言いくるめられている気がします……!」


 こちとら伊達に二世紀近く生きていないのである。

 精々、十四年くらいしか生きていない子供に口で負けるはずもあるまいに――そうレンが思考したのが伝わったのかどうか、ミスラはじっとりとすわった目つきで彼をにらんでくる。


「今、わたしに対する不当な思考を感知しました!」


「ミスラよ、俺は弟子に対して邪念を抱くことはないぞ」


「そういうところですよ師匠」


 何がいけなかったのだろうか。

 レンにはわからない。


「ちなみに師匠の好きな人のタイプは?」


「センシティブな話題に切り込むな弟子よ――清潔感があり性格がよく他人に優しい人柄なら誰でも俺は好きになれるぞ」


「そこはかとなく……! 要求水準高すぎて、腹が立ってきましたよ師匠」


 一体、何が気に障ったのだろうか。

 青い瞳にちょっと不安定な思春期の感情を乗せて、ミスラは白い肌を紅潮させて語気を強めた。


「みんな清潔感というふわっとした表現で本当の欲望に対して嘘をついているんですよ……!」


「ルッキズムに対する断固たる意思表示だな、弟子よ」


「ちなみにわたしは師匠のお顔が大好きです」


「ためらいなく美形が好きと言ったな……」


「今のかなりナルシストっぽいですよ師匠」


 だって事実である。

 馬鹿馬鹿しいやりとりで、いつの間にか胸の中の憂いを吹き飛ばされたことに気づいて、レンは微笑んだ。

 まあ、まずは弟子のデーモンハンターとしての成長をよろこぶべきか、と頭を切り替える。そんな彼の微笑みをどう受け取ったのか、不意にミスラが彼の顔を見上げてこう言った。



「わたしは師匠と前世からの縁があると信じています――運命を感じましたので」



 何を言うかと思えば。

 化け物があふれて、文明が崩壊し、魔法が世に現れたとしても。

 前世からの運命などあるものかよ、とレンは思う。

 彼は目を細めて、開いている左手をひらひらと振って正直な胸の内を語った。


「よせよせ、前世などあったとしてもろくなもんじゃないぞ絶対」


 嘘偽らざる男の言葉が、月明かりの下、廃墟の街に溶けて消えていく。

 もしも。

 そんなものがあったというのなら、さぞや自分は罪深いクソ野郎だったのだろう、と男は思う。

 ああ、何故なら。






――最愛の人を殺しに行かねばならなかった運命など、ろくでもないに決まっているのだから。









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