第31 話 官打対策に職務内容の明確化して就任

 「官打」とは、分不相応な官職を与えて、出来ねえじゃないかと貶めることで政敵を嵌める策略である。これの恐ろしいところは、協力者ありきで官職に就いたのに、あとで周りを切り崩したり、初めから裏切るつもりで持ち上げておいてサッとしらを切るなど、はじめからでもあとからでも切り出せる作戦ということだ。


 丙吉の場合は、皇帝陛下という強力無比なバックがついているので基本的には心配無用だが、いうて一人である。味方が一人というのはとてもリスクが高い。それは先に逝かれるという直接的なものばかりではなく、外遊などで留守にされて代理を立てられたときなどもある。


 派閥としては皇帝陛下が巫蠱の獄被害者の会なので、そこに属することになるが皇帝陛下への個人的な貢献を評価されて組み込まれたのであって、巫蠱の獄被害者の会のボリュームゾーンを占める武帝の皇太子に仕えた行政の精鋭たちとは微妙にバックボーンが異なる。彼らは世が世ならば丙吉と接点すらなかっただろう。しかも、陛下の寵愛では完全に彼らをリードしている。今のところ彼らとの関係は悪くないというかかなり良いのだが、何もなくても妬まれる力学が働くことは想像に難くない。絶対に敵に回さないように気を付けたい。


 そもそも構造的に上下関係を設定するから諸問題が発生する。1対多の関係性における1の優位みたいなのは必然的に発生するけど、自分の仕事の守備範囲と責任範囲、入出力を明確に定義してその範囲を守っている限り不適格であるとか懲罰の対象とならないように成文化してしまえばいい。そして、それは自分だけでなくともに仕事を遂行する部下もといパートナーの身体、身分も守るそういうルール作り。丙吉の最初の仕事は自己の職務の範囲決定と入出力の定義だ。しかし、この規定を適用できるのは官僚機構まで、陛下はその規定の外にあるので、これからも容赦なくパートナーたる丙吉の身体を攻め続けるだろう。これは自分が受け止めるしかない。


―――

 陛下の御幸。


 両脇には丙吉と張安世将軍が控える。

まだ登場して二年と経ってない真新しい乗り物「ジェット機」の運行には操縦士、副操縦士、機関士の三人が必要だが、人類未踏の乗り物であり、離陸中慣れてなかった機関士が酔って吐き、嘔吐物は丙吉の顔面を直撃した。


 VIPの顔面にゲロを直撃させて顔面蒼白の機関士と副操縦士が土下座して丙吉に謝罪する。副操縦士は「こいつ死刑にしましょう」としょうもないことを言うが、丙吉は嫌な顔ひとつせずに落ち着き払って様子で二人に言う


 「全ては安全に着陸してから考えよう。まずは目の前の運行を疎かにするでない。ゲロなど洗えば落ちる。飛行機が落ちたらみんな死ぬ。先のことなど気にせず持ち場に今すぐ戻れ。あと死なば諸共と思われたら困るから予め言っておく。私へのゲロについては罪には問わない。安心して運行に専念してほしい。」


 フライトエンジニア2人が持ち場に戻ると、丙吉はすぐさまトイレに駆け込んで顔を、服を洗った。


 トイレの中で一人になってから小声で誰にも、特に陛下にだけは絶対に聞こえないように心情を吐露する。


「マジで勘弁してくれよ〜」


 陛下の異常な愛情により、「きっくんに不快を与えるものは万死に値する」とか言い出しそうなので、いや言うだけでなく本当に処刑してしまいそうな勢いなので、不快感を感じたことさえ隠し通さなくてはならないし、無罪とする理由までその場であたかもそれが当たり前のように即座にでっち上げなくてはならないのだ。


 普通に考えて顔面直撃ゲロに対しては一発ぶん殴るぐらいはしてやりたいのだが、丙吉のぶん殴りのすぐ後ろにはもれなく相手への死罪が付いてくるので軽々しく手も上げられない。


 何があっても笑顔を絶やさず、人に寛容に接していくのも板についてしまえばなんとかなる……なんとかしないとならないのだ。


 そして、丙吉は宣帝のみならず周囲からも寛容で優しいおじいちゃんとして好意的に受け入れられるようになり、謀略の対象とされることはなく生涯勤め上げることになる。

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