第26話 職場近くに引越……身一つで来いって?

 全然休めなかった休日が開けて、参内。

謁見の間で、陛下の前に跪く。


「昨日は卿の休日だというのに飛び入りの治安案件、外交案件への対応大儀であった。代休を別途取らせるほか、褒美にもう一日休みを取らせる。」


 昨日、「きっくん♥」とか言ってデレデレの姿で対峙してた男が今日は皇帝陛下だ。本当に同じ人なんだろうか?あの姿を見てしまった以上、決してその前と同じように陛下を見ることができなくなった。


「ハハァ。ありがたき幸せ」


「距離感……」


 陛下はボソッとぼやいたあと言葉を引っ込めた。丙吉はゾクっと背筋を凍らせた。


「来月からの丞相着任に向けての引っ越し先の件なのだが、屋敷として使ってもらう官舎はこちらで用意した。身一つで来てそのまま着任出来るようにしたつもりだが、個人的に持ってきておきたいものなどがあれば準備休暇5日を与えるので持ってくるように。」


「では、則よ、案内して参れ。」


「かしこまりました。 それでは丙吉さん、参りましょう。」


―――

 官舎というのは通常ボロボロの前時代的な集合住宅、それこそ登用試験から入った場合の最上位官位である事務次官級であっても同じボロアパートに入れられるものだが、丙吉のために用意された官舎は全く違った。


 えっ?なにこれ?庭園ですか?と言わんばかりの森が茂り敷地内を川が流れ、田畑まで付いている?そして広大な敷地のところどころに離れが用意されもはや一つの集落、成金実業家のお屋敷ですか?といった趣だ。


 庶民ぐらしが長かった陛下がよくこんなものを考えついたなという方が驚きである。見様見真似で作れるものじゃない。


 「そして、これが陛下をお招きするための貴賓館ですわ。お招きしなくても陛下が自ら御幸されるかもしれませんが。」


 離れの一つの中に入ると檻と三段ベッド……丙吉の昔の職場、そして陛下が幼少の頃を過ごした監獄が処刑場こそないものの寸分違わず忠実に再現されていた。


「陛下の趣味にはついていけない……。いったいぜんたい何をお考えなのだ。」


「さぁ?」


「これ、貴賓館いうても喜ぶ貴賓なんて、全世界にたった一人しかおらへんやろ。」


「自分の趣味という理由では公費で宮殿内にこんな建物建てられないから丙吉さんの屋敷という建前でやりたいことしてるのかもしれませんね。」


「自分ができない夢を他人に託すのか……。その割にはなんか夢が屈折しているというか、心に深い傷を負っておられるというか。病んでるというか。」


 貴賓館からしばらく行ったところの母屋がある。ここに住めという事のようだが、正門から母屋に向かうと凄まじい存在感を放つみすぼらしいのほうが先にある。


 事実上、陛下以外の貴賓をお招きすることは不可能な仕様だ。これは遠巻きに陛下だけを見つめていろという事を言っているのだろう。


 引っ越し期間のうちに、正門から母屋に向かう道からを隠す資材を大量に持ち込まないとならない。どうすればいいのだろうか?薔薇のトンネルでも作るか。


 続いて案内された母屋の中に入ると「流石だ」と唸るしかなかった。必要な機能へと最短で繋がる合理的な間取り、華美ではないが上品でスタイリッシュな家具一式。自動清掃ロボに洗濯乾燥機、電子レンジに自動食洗機。家事ロボット。

 その昔SFの未来都市の住宅として描かれたHA=ホームオートメーションと呼ばれる技術が現実のものになって動いてる。あの頃夢にまで見た未来社会だ。あの頃はテクノロジーの発展に牽引されて社会システムも未来社会へと進まざるを得なくなり結果として理想社会が不可抗力的に実現するとみんな信じていた。


 「僕らはあの頃みんな誰もがこういう生活を送れる理想社会を作る上で社会システムの方面から貢献するんだって思って仕官を志したんだったな。」


 ふと丙吉の胸に若いときの熱い血潮が盛り返してきた。仕官を志した時は理想社会を構築してこの国を地上の楽園にするんだと思って勉強して試験に合格して仕官した。思えば理想は高かった、だけど現実低かった。


 それでもみんなの想いを代表して陛下がその理想社会への先鞭を取り付けた。モノは出来ている。あとはこれを普及させればその頃思っていた理想社会は達成される。きっとそれが達成された先にある丙吉が考えつかないほどの理想社会のビジョンも陛下はお持ちだ。やはり陛下はすごいお方だ。


 その素晴らしい陛下のお側にお仕えして理想社会の構築に微力ながら貢献できるということに喜びを禁じ得ない。しかしお側にお仕えして伽するのだけは勘弁してもらいたい。


 

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