第22話 長安の休日3-1〜with 皇帝陛下〜

 陛下に言われた通り、長安薔薇園の中にある大噴水前のベンチで待ち合わせていると、遠方から離れていてもわかる満面の笑みをしてルンルン気分の様子の女装した皇帝陛下が丙吉の方にまっすぐ歩いてくる。

 ここに顔の明るさは距離の二乗に反比例するという仮説は崩れた。


「待った?」


 背後に太陽を引き連れ逆光なのにそれでもはっきりと満面の笑みを浮かべているとわかる皇帝陛下(女装)から声が掛かる。眩しい。距離の2乗に反比例するのは照らされる明るさだが、今日の陛下は太陽に負けないほど自ら発光してる。宮中での振る舞いはあれでも抑えていたことがわかる。


「いま来たところでございます。」


 流石に外で跪くわけにもいかないので手を合わせて略式の立礼で応える。

 

「なにその言い方?距離遠くない?恋人同士なんだからタメグチでお願い。」


 ぐいぐい身体を押し付けてくる。幼少の砌から肉体労働で鍛え上げられた陛下のゴツい肉体とその全てをやんわりと包む厚手の女装の服で力が拡散し結果としてトルクフルな押し出しのように丙吉を吹っ飛ばす。


「陛下と同性の恋人としてタメグチで話すっていったい何の罰ゲームですか!」


 極めて高い政治的手腕で国に空前絶後の繁栄と庶民の平穏な日々をもたらした皇帝陛下のことはとても尊敬してるし、なんなら崇拝に近い感情もあるのだが、恋愛の意味としての好きとか肉体関係の欲望はである。ほら、もふもふの猫ってかわいいじゃん?でも食べたいとは思わないだろ?


「へいじゃなくてへいだよ。覚えてよ。」


 陛下は宮殿を出れば劉詢ではなくもとの庶民時代の名前劉病已。これは紛れもなく本名である。この名を知る者は側近の中でも庶民時代に接点があった者だけで、その多くは武帝の頃にブレーンを務めた政務の精鋭たちだ。宣帝統治の成功の裏には武帝時代の成功を支えたブレーンが荒波に揉まれてさらに精鋭化した猛者が実務を取り仕切っていたというのもあるのだろう。


「呼び捨てですか……。」


 そもそもマシンのように仕事をこなすか本当に不服な場合には仕事を放棄する丙吉にとっては上司は個人としてではなく自身の職務上での関係性で呼んでいる。個人として職場の人との付き合いは基本無いのだが。


「そうしてほしいと言っている。」


 しかし陛下のほうから個人として付き合ってほしいと言っている。なんなら来月からは配置も替えて陛下と個人として繋がってなくては話にならない部署への異動だ。それもまた末端で直接身体動かす仕事なので立場はヒラだが陛下直属なので実質的に宮廷内での地位は大臣と同格かそれ以上となる。江戸の旗本が大名と同格みたいな感じか。ハンコも全部署横断スタンプラリー不要の書類作成後提出即皇帝陛下レビューによる玉璽になる。


「宮中で間違って言ったら不敬罪ですな。危ない危ない。」


 個人の人間関係を職場に持ち込まないのは丙吉のポリシーだが、相手が皇帝陛下となれば事情がちょっと変わってくる。国民の生活すべてをサポートし、そもそも官僚機構の構築そのものも業務の範疇だし、人智を越えたところにある宮中祭祀も業務の範疇となる。

これでは休日のはずが研修ではないか?


きっくんなら宮中でもへいいでいいよ。」


 そんな今までの職務との人間関係のギャップに悩んでいるのにもお構いなしに陛下は能天気にひたすら丙吉LOVEを隠しもしないでグイグイ来る。きっと政務に戻ってもこの世界の中心とも言える大漢帝国のさらに中心にあたる宮殿の中心で愛を叫ぶに違いない。今から頭が痛い。


「いい天気でご……だね?朝飯は食べた?」


 皇帝陛下といえども人間。生きていれば腹も空く。とりあえず第三者の目がある飲食店へ行こう。ただし、麗阿レイアの店、あそこだけはダメだ。気を利かせているつもりなのか二人だけにしようとするし完全に治癒できるからといってやっていいことと悪いことがある。


「まだですわ。ぜひ…」

「良かった、紹介したい店があるんだ!」


 すかさず言葉を遮り、手を握って麗阿レイアの店と反対方向に歩き出す。アテとなる店なんか無い。本来ならば陛下のお言葉を遮るなど言語道断。しかしここは緊急避難、麗阿レイアの店と言われる前に主導権を握らないと大変なことになる。


きっきゅんったら積極的♥。

キュンキュン」


 一人で悶えとれ。


 適当な朝飯にありつけそうな店を見つけ次第入ることに決めてまだ見ぬ長安の大通りを陛下を引き連れて進んでいく。店の気配が変わってきていかがわしい店の比率が増えてくる。作者め……遊んでやがるな。


「朝からいきなりこんなところへ……きっくん、大胆♥」


 ち、違う!


 いかがわしい店だらけの通りを抜けたその先に有名な名門シティホテルがあった。

ここだ!とピンと来た。


 高級ホテルは入学式卒業式といった人生の節目のイベントや配偶者への告白といった人生の勝負時に覚悟を決めて場所である。デートスポットとしても定番だし、勝負ランチや勝負ディナーをするところであって恋人同士が泊まってイチャイチャするためのホテルとは別である。名門ホテルは泊まるところではないし、そもそも泊まる場所ということすらすっかり意識から抜け落ちていた。


「ここでモーニングにしよう。」


 すると何故か陛下は燃え上がりそうなほど顔を紅潮させて、


「うわっ♥朝から、まさか、いきなりこんなところに。まだ心の準備が……♥。」


 えっと……何か間違った選択しちゃいましたか?わたし……。全然思い当たるところがなかったので五分ほど考えてやっと気が付きポンっと赤面してしまう。


 皇帝陛下は庶民ではない。当たり前のことだ。……したがって名門ホテルは食事だけの場所ではなく泊まるところという本来正しいはずの認識なのだ……orz。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る