#5:大体、同じ"非"日常‐②
「お目覚めかい?」
視界が定まり、雲の無い青い空が見える。その中に何か黄色い点が動いているのを捉えて、それが蝶だと気が付い時、右手側からはっきりとした女性の声をリフィは聞いた。
(そうか、私は空から落ちて、それで倒れているのか……)
だんだんと、記憶が蘇って来た。
竜狩りの最中、一瞬の内に意識を失い、気が付いた時には雲の中であった。
雲を泳ごうにも胴体に響く鈍い痛みがそれを阻害して、避難が間に合わず大地へと激突する。次第に身体全体を動かすことが出来なくなっていき、諦めようとしていた。
その時、誰かの声を聞いた。
空中で誰かと会うなんてことはありえない。国から遠く離れたこんな場所であるならなおさらであった。
しかし、薄れゆく意識の中でそれでも聞こえたその声は、力強く、元気で、自身に満ち溢れていた。
たった一言、自分には到底言えない言葉を全力で言い放ったその姿は背後に差している陽の光よりも輝いて見えた。
記憶を辿って再生された声と、聞こえてきた声が一致する。
リフィは相手の声に応える為に体を起こそうと力を込めた。だが、感覚が鈍い。重たい。鎧を支える力が体に入らない。
「怪我をしているでしょう? 大丈夫。 無理をしなくていいよ」
リフィは相手の女性を方を見ようと頭を動かすが、鎧がつかえて、うっすらとしか見えない。女性は自身と同じように寝転んでいるようだった。
上体を起こそうとするが、腹を押さえつけられるような痛みがそれを遮った。その痛みを避けるように少しずつひねりながら体をゆっくりと動かした。
赤い髪の女性が片目を閉じて、こちらを見るとニコっと、微笑んだ。
綺麗な人だった。寝転んでいる様子から自身と同じように怪我をしているのかと思ったが、そういったものは見当たらない。大きな黄色い服を着て、黒く長いブーツを履いている。独特な服装で、初めて見るが髪色と相まってとても似合っている。
「このような格好を……お赦し下さい。私は……、フィビアンスにある焔勇国カイドフォーケストの騎士、ロークレイでございます」
「ロークレイさんね。私はミー二。よろしくね」
礼をすることは出来たが、最初の言葉以外は声が掠れて、頭を下げることも出来ないまま礼をしてしまった事を恥じながらも、感謝を伝えられずにはいられなかった。
「お互い、変な挨拶になっちゃったね。……なんとか、あなたに手が届いて着地までは良かったんだけど、ちょっと力を使いすぎてね。全然起き上がれないの。ごめんね」
「いえ、そんな。……私の方こそ、騎士として人を救うべき立場にありながら命を危険にさらしてまで救って頂き、なんとお礼を申し上げれば……」
「はは、そんなことないよ。人は助け合わないと」
ミー二は少しだけ体を起こしながら、頷いてリフィを促した。そして、そのままゆっくりと二人は仰向けに寝転んだ。
優しい風が二人を撫でて過ぎっていく。とても静かな時間の中で、二人は大きく息を吸って体を休めた。
「よし! ちょっとしんどいけど、行こうか」
ミー二はぐっと起き上がると、組んだ足に両手をついて気合を入れるようにリフィに問いかけた。そして鞄から紐を取りだすと自身の左腕に少しだけ結び付けた後、リフィの鎧の足の方から全体に満遍なく括り付けた。
「……これは、一体?」
「私の魔術はこの紐を通して物の動きを制御するんだ。それで鎧を私の力で動かす。怪我をして、重い鎧を着たままじゃ、しんどいでしょ? ……簡単に言えば鎧を少し軽くする感じかな?」
「まじゅつというのは魔道のようなものでしょうか?」
「ああ、そっか、フィビアンスの辺りは確か道って呼んでたね。……感覚的には一緒かな? たぶん、厳密には力の働き方が違うと思うけど。 ……ごめん。嫌だった?」
「いえ! そういった事ではなく。……以前、魔道について学んでいたことがあったのですが、その、私は勘が悪いと言いますか、理解が出来なかったのです。それで……」
「ごめんね。説明からしないとね。考えなしって訳じゃないんだけど、身体が先に動いちゃって……」
ミー二は一旦手を止めて、リフィに魔術の説明をした。
「私も始めて術に触れた時は訳が分からなかったよ。――要するに『心の使い方』なんだよ。心の向きや形を変えて力に変える、それが術。学び始めた時はよく 『バカを持て』って言われてね。まぁ、そういう話は着いたらね……よし、じゃあ一回試してみない? 呼吸を合わせよう」
リフィは頷いてミー二に合図をした。ミー二は頷き返すと紐に魔術を流して、リフィを抱きかかえるようにしながら立ち上がらせた。
「どう? 身体の痛みは大丈夫? どこら辺が痛む?」
「はい、大丈夫です。下腹部あたりが少し痛みますが、休んだおかげで歩くことは出来そうです。……その他の怪我に関しては大丈夫です。慣れてきました。――それにしても……確かに軽いというか、動きやすいです。 」
「いいね。じゃあ……あそこの樹まで歩ける? あの森の中に立ってる大きな樹。あそこまで行こう」
ミー二は背後に見える森を指さした。風に揺れる木々の奥の方に一つだけ大きな樹が生えていた。
「あの樹に何かあるのですか?」
「そうだね……これも魔術というか術の話になるんだけど、あの樹に魔術を繋げてうちの仲間に連絡を取る。その後、もう少しだけ歩いて美容所に行こう。近くに知り合いの店が来ていると思うから」
「美容所ですか? そこでは何を?」
「怪我の手当てもしたいし、汗だくでしょ? 仲間に連絡を取ってもすぐには来れないから、ちょっと『おしゃれ』しに行こう」
リフィは少し困惑しながらも、ミー二から差し出された手を握って、提案に乗った。
二人は歩幅を合わせながら少しずつ森の方へと歩き出した。
次の更新予定
2024年11月22日 22:00
クロマチック・リコレージョン 鴇色 大葉 @yohchance
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