残念スキル「線を引く」で異世界を生き抜きます

@raiha_amf

第1話 学級異世界転移

 あれはよく晴れた日のことだった。なんてことないいつも通りの授業風景。最前列にいるにもかかわらず憚ることなく居眠りする男子、SNSでバズっていた動画についてこそこそ話す女子、そんな生徒を気にも留めず淡々と授業を進める教師。僕の日常は僅かな前触れとともにあっという間に崩れ去った。蛍光灯から走った紫電が教室全体に伝播し中央でぐるぐると渦巻き、円を象った。円の中心から光が溢れ出たかと思えば僕達は全員、祭壇のような空間にいた。

 地下、だろうか。そう思ったのはそこに一切の窓がなかったからだ。熱を帯びたじっとりとした空気、僅かに漂う酒の匂い、こちらを見つめ歓喜を滲ませた声を漏らす中年から壮年の男性達。まるで何らかの儀式で召喚されたかのようだった。事実、そうだったのだが。戸惑う僕達をよそに最も豪奢な衣装を着た人物の隣に控えていた男性が話しかけてきた。

 曰く、救世主召喚の儀式を行った結果現れたのが僕達なんだとか。1クラス34人プラス教師1人を引っ張ってくるなんて随分と大雑把な儀式だ。まさかクラス全員に世界を救うような才能があるわけでもあるまいに。しかしながら、都合のいいことに召喚された救世主は祝福と呼ばれる特殊な力を持っているものなのだそうだ。ここまで聞いたところで案の定抗議の声が上がった。当然だろう。召喚するということは召喚される者がいるということ。この世界のために行われる召喚は召喚された僕達や僕達の家族、知人のことを全く考慮していないのだから。この抗議に対しては予想外の反応が返ってきた。驚愕と心からの謝罪だ。どうやら彼らは救世主とは神の遣いのようなもので僕達のような一般人が他の世界から召喚されているのだとは思っていなかったらしいのである。召喚の方法は伝わっていても召喚される者のことは伝わっていないとは。その他この世界に関するいくつかの会話を交わし、僕達はひとまず矛を収めることにした。

 そして、今僕達がいるのは救世主のためにと用意された大型の宿舎だ。人数分の部屋と大浴場、全員で食事を行える食堂などおよそ生活に必要な設備が用意された施設である。これから僕達は1ヶ月にわたって訓練を受けることになる。僕達を召喚したこの国の要望に応えるかどうかは別として、この世界で生きていくなら最低限の戦闘能力は必要らしい。というのも都市の外に出ればどこで魔物に遭遇するかわからないからだ。平和そのものな日常を享受してきた身だからあくまで適当なイメージに過ぎないが、この辺りで最もよく見られる魔物は熊1頭に相当する脅威だと思われる。それが徒党を組んで襲いかかってくるというのだから恐ろしい。つまり、1ヶ月間の訓練は僕達の生存のためのものでありお試し期間でもある。1ヶ月の訓練や交流を通して協力する気になれば協力すればいいし、そうでなければ半年分の生活費を支援してもらった上で宿舎を出て行く。出て行かない限りは支援を続けてもらえるが、十分な実力があるにもかかわらず協力しない場合はその限りではない。そういう話になっている。

 考えたいことはもっとあるが、部屋に響いたノック音に水を注された。

「どうぞ」

「よっ、邪魔するぞ」

らしくもなく不安げな顔で入室してきたのは天城朔あまぎはじめ、僕の親友でいわゆる陽キャに分類される男子だ。僕みたいに考えてばかりでなかなか行動に移さないタイプの人間が彼を親友と呼べるのはひとえに出会うタイミングが良かったからだ。朔とは保育園からの仲である。出会ったのが中学以降だったらこうはなっていなかったかもしれない、とは僕が密かに思っていることだ。保育園から高校まで続く縁について僕がそんな風に考えていると知ったら朔は全力で否定しにかかるだろう。それは正直面倒くさい。

「これからどうなると思う?」

「どうって、漠然とし過ぎ。そうだなぁ、訓練に関しては何とも。正直1ヶ月で魔物に勝てるだけの実力がつくとは思えないかな。だからあれは延長前提の期間設定なんじゃないかな」

「延長前提?」

「そう、いきなり知らない土地で1年間訓練しろって言われても頷けないだろ?だから最初はハードルを低めに設定してるんじゃないかな。1ヶ月過ぎても支援は続けるっていうのはそういうこと」

「なるほど。じゃあ1ヶ月で強くならなきゃって焦る必要はないわけだ」

1ヶ月で熊と戦えるくらい強くなるというのはかなり無茶な話だ。基礎的な筋トレから武器の扱い、人によっては祝福のトレーニングも行わなければいけない。それに、この世界には魔術もあるそうだ。これ全部を1ヶ月でなんて無茶というより無理だろう。

「そういえば、朔はどんな祝福だった?」

「そう言う柊はどうだったんだ」

今更だが僕の名前は若宮柊わかみやしゅうだ。こっちにやってきたときにさらっと説明された祝福だが、本人だけが名前と効果を把握できるらしい。他人の祝福を知る方法は基本的に存在しないとのことだ。さて、僕の祝福だが……

「《線を引く》だ」

「え、本当にそんな名前だったのか?俺のは《万能》って書いて《オールマイティ》って祝福だったんだけど」

そう、本当にこのままの名前だ。格好いいルビもなし、効果もそんなに派手ではない。

「いや、変な名前でも効果は強いかもしれないもんな。どんな効果なんだ?」

「こんな効果だよ」

そう言って実践して見せる。想像するのは朔と僕を隔てる薄い壁、そしてそれを支える床に触れあった面。想像した通り、上から徐々に黒い面が現れて壁となる。事前に色々と試してみた感じ壁はゴムっぽい手触りで、殴ると結構痛かった。そして、僕のパンチ程度ではびくりとも動かなかった。

「線を引いて敵や攻撃から身を守るゲームの広告見たことない?」

「……ある。あれの3D版ってことか。明らかに強いってわけじゃないけど柊向きのいい能力だと思うけどな」

「そう?地味な能力で工夫して戦うより強い能力で工夫する方が強いに決まってるから僕としては残念なんだけど。それで、《万能オールマイティ》はどんな効果なんだ」

「ありとあらゆる才能があって学習能力も向上するらしい」

一歩間違えれば器用貧乏になりかねないが、学習能力の補正と才能の底次第では化ける祝福だ。最悪、クラスの誰もできないことを突き詰めれば朔に頼らざるを得なくなるという意味では腐ることはないと言えるだろう。

「いいんじゃないか?元々多才な朔がさらに進化したと思うと末恐ろしいよ」

「そうか。柊がそう言ってくれるなら安心だな」

「さて、そろそろ寝た方がいいんじゃないか。明日から訓練だからな」

僕の言葉に頷いた朔は自分の部屋へと戻っていく。僕も照明を落としてベッドに潜り込んだ。ブルーライトというのは本当に睡眠に悪いらしい。自分でも驚くほどスッと眠りに落ちていった。

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