第38話 「私、遊びの天才だから」

軽々と、まるでパルクールのように窓を超えて、放った袋をひっつかむ。ユーリちゃんが走っていくのは裏グラウンドのフェンスと校舎の間。フェンスの奥には木が生えていて裏グラウンドの様子は見えない。

俺は唖然としたが、すぐに思考を切り替えることに成功し、急いで追いかけた。スポーツは一通りこなしてきた。

「え〜、少年意外と身軽じゃん。モテるでしょ」

袋を肩にかけてするすると逃げ回るユーリちゃん。話しながら走っているにも関わらず、一切息が上がる様子がない。

「どこでなにするの。結構たくさん歩き回ってたようだけど」

俺が聞くと、ユーリちゃんはニヤリと笑う。

「みんなを笑顔にするんだよ。私、遊びの天才だから」

ユーリちゃんは後ずさる。後ろはフェンスで行き止まり。抜けるとしたら、俺の横を通らなければならない。そして俺も、そう簡単に横を通す気は無かった。

「歩き慣れた学校で追い詰められるなんて、油断しすぎじゃない? ユーリちゃん」

「少年、私を追い詰めたつもり? そこまで舐められちゃ困るなあ」

確かに俺もこんなに簡単にあっさりと捕まるなら“あの”槙村先輩が手こずるはずがないと思う。

一瞬、ユーリちゃんの目が上を向く。なにを確認したのか。俺も上を見た。

俺の横を通ることは出来ない。この油断がいけなかった。ユーリちゃんは俺の横を駆け抜け、俺の後ろの非常階段を登る。ここから行けるのは屋上のみのようだ。屋上に行けば逃げ場もない。ということはそこが目的地だろう。

「ここまで来たんだから、少年も手伝ってよ。今さら阻止しても無駄だし。わかってるでしょ?」

俺は頷きながら非常階段を登る。

「ユーリちゃんはお祭りを引っ掻き回しても台無しにはしないと感じてるよ」

ここで捕まえたにしても、ユーリちゃんに勝てないことは察している。俺もこれ以上走り回る理由もない。なにせ、ユーリちゃんを捕まえても俺に利点は無い。

ニヤニヤと、なにを考えているのかわからないユーリちゃんの企みを見届けたくなったのは、言い訳ではない。受験勉強で運動をサボったためか、話しながら階段を駆け上がるのも限界だ。

「よろしい。さあここだよ」

開けた場所だが、なにも無い。

「なにも無いけど、ここで何するの?」

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