第15話 六人目・りんた

「帰ろうにも、このヘアピンを持って帰るわけにもいかないし。ユカリ先輩に返そうとしても、話を聞いてくれないし」

苦笑いでそう言う宇佐ちゃん。

俺が少し考えていると、宇佐ちゃんは慌てて笑う。

「重かったよね。こんなプライベートな話。聞かせて、ごめんね」

俺はこういった話が出た時、どんな反応をしたら良いのかわからない。そのまま思ったことを話すしかできない。

「その話だとさ。方法はわからないけど、ユーリちゃんが何かしてくれるみたいだし、だったら今は楽しんでも良いんじゃない?」

宇佐ちゃんは穏やかに微笑む。俺ではその悩みを解決してあげることはできない。けど今を楽しめるのなら、俺にしては十分な働きだった。と、思いたい。

「橋谷中の!」

「き〜づっきちゃん!」

後ろから聞こえる、何やら不穏な気配。面倒が寄って来たとしか思えない。

一つは、確実に神田さん。もう一つの甘い男の声は、聞き覚えがない。

「用事って彼女とのことだったんですか? そうならそうと言ってくれたら良いじゃないですか」

少し不機嫌そうに頬を膨らませる姿は、完璧に計算されている。迂闊にも、少しだけ可愛いと思ってしまった。直後に、すごく疲れそうな女の子だな、とも思った。

「あの、洸君。こんなに美人なお友達がいたのなら、私とじゃなくてこの方と回られたらよかったのでは?」

神田さんは鋭い目で宇佐ちゃんを舐めるように見る。宇佐ちゃんは完全に押されている。助けを求めるように俺を見上げてきたので、笑顔を返した。俺と神田さんの関係すらわからない状況では仕方がない。ところで、アイドル四季はどこへ行ったのか。

「神田さん、四季先輩は?」

助けを求める宇佐ちゃんを放置して神田さんに声をかけた。なんとなく、宇佐ちゃんはいじめたくなる。

「洸君って言うんですね! 私、洸君を見つけたから走って来たんです。そしたらどこかへ行っちゃった」

要するに撒いてきた、と言うことか。あの姿で一人だったら、女の子に囲まれて身動きが取れなくなるのは、想像に難くない。

「ねえ、綺月ちゃん、彼は?」

俺と神田さんの会話を聞いていた甘い声の男は興味深そうに俺を見ている。敵意は感じない。

「りんた、洸君は私が絡まれてるところを助けてくれたの。洸君、りんたはただの幼馴染だから」

りんたはそんな神田さんの説明すら聞き流して女の子に声をかけている。聞いたのはりんたじゃないのか。

「洸君、りんたは親が絡まれないように連れて行けって言ったから一緒にいるだけなの!」

面倒くさい彼女のように俺に弁明をする神田さんをよそに、りんたは息をするように言う。

「だって綺月ちゃんは俺がいなくても男を受け流すの上手いし、守ってくれそうな男を見つけるのも上手いじゃん」

「うるさいりんた」

目の前でそんな幼馴染のやり取りを眺める。そろそろ行っても良いだろうか。

「綺月ちゃん!」

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