第28話お小遣い50円

「はぁ……まさか、こんなことになるなんてな」


 スマホに表示された、学園アプリの残金50円。

 ため息を吐きながら、月見のスマホ画面を盗み見る。


「まさか……銀行も含めた所持金に卒業までアクセスできなくなるなんて」


 彼女もショックを隠しきれない様子、お小遣いは625円か。

 画面、右上のマークを押してみるとお小遣いの配布料の説明が書いてあった。


「上限5万とし、倍率に応じたボーナス……か」


 毎月10万分の投票、を全ての子供にと考えるとお小遣いが貰えるだけ破格と思う。

 思うが……お小遣い50円なら、貰わない方がいいまである気がする。

 あとは賭け恋愛で好きな人を当てたり、カップルになるようサポートして稼げってことなんだろう。


「そういえば夜桜さんのお小遣いは?」


 覗き込もうとしてきた月見だったが、俺はパッとスマホの画面を消す。


「っあ……ごめん、他の人のスマホ見るのってあんま良くないよね。昔のくせでつい気楽に……今はもうってのに」


 月見が昔を思い出して、ナイーブになる。

 俺だけ見て彼女には申し訳ないけど、噂になるほどの最低倍率だ。

 この状態でバレたらこの関係性も、後々他の人たちに広まる可能性もあって、行動し辛くなったら不味い。

 バレる可能性は高い。賭け恋愛で好きな人を投票しようとって時に、倍率と顔写真が表示されるから。

 でも、同じバレでも俺を気になって投票しようとした時、バレるのが最善だろう。

 

「しょうがない……モテなければ昼飯抜きってことなんだろ」


 俺の倍率は0.01、50円はキリよく指標になる。つまり月見の倍率は0.125だと言うこと。

 人のことは言えないけど3回当てられている……か、なかなか嫌われている。


「だとするなら」

 

 そうか、昼飯で先輩カップルがマウントを取ってきたのはこの事だったんだ。

 昨日は先輩たちから情報を金で得る機会でもあって、その後の自由時間は物品を買い溜める時間。

 現金が使えなくなること良いことに有料で教え、カップルは卒業後に使える資金を増やす算段って訳だ。


「昼飯だけじゃない、私まだ本しか買ってないよっ?! 寮に遅れる荷物の重量も決まってたし、日用品も」

「昨日と今日で無料で売れ残り配ってたりするのを見ただろ、そういうことなんだろ」


 月見は納得してないのか「ゔぅぅ」と項垂れる。


「でも、そっか! これで金持っているからモテていた人たちは、私たちと対等になった訳だもんね」

「それは違う」

「そうなの?」


 晩御飯は学校が指定したどこで食べようかなっと、考えていると月見が聞き返してくる。

 本当に分からないのか? と思って見ると小首を傾げていた。

 本当に分からないのか…………もう少し考えてくれ。


「賭け恋愛のシステムはモテる理由、容姿、資金力は倍率に関係ない」

「うん、そうだね」

「だからお金でモテているか、なんて分からない訳で。良くも悪くも関係なく、人は『倍率』という数字にしか目がいかない」


 難しそうな顔で俺の言葉の真意を考える月見、

 

「っあ!」


 彼女は理解したようで声を出した。


「そっか、お金持ちでモテている人はお金が無くても、モテているって理由でもっとモテる。

 だからこれはお金持っていながらモテない人に、必死さを与えるため?」

「憶測でしかないけど、多分な」


 ぽん、と手を叩いて納得した月見は、思い出しかのようにお腹を押さえる。


「ねぇ……どこに行っているの?

 やっぱりさ、食事会場の寮の町中華食べながら作戦練って、苺谷ちゃんを探さない?」

「いや、もう着いたから問題ないぞ」

「っえ? うわぁ……凄っ」


 月見は俺の言葉に立ち止まり、上を見上げる。

 そこには中華風なランタンが無数に吊るされ、木製の龍が掘られた模様が描かれた中華店。

 中から美味しそうな香辛料や油の香ばしい臭いが漂い、空腹なお腹を刺激する。


「ここって……もしかして」


 最初こそウキウキな顔をしていた月見。

 だが、店の看板を見ると何か言いたげに俺へ視線を向けてきた。


「俺、一度本格的な中華を食べてみたかったから、できるならここで作戦を練ろうと思ってね」

「っえ? っあ、そう、なん……だ」


 ウキウキしながら話すが、月見がなんだか歯切れの悪い。


「中華嫌いなのか?」

「そういう訳じゃないんだけど」


 なら、一体なにが気に入らないんだろうと思いながら俺は階段を上がって店に入ろうとした。

 

「お客様、申し訳ございません」


 けれど、入った途端にブザーが鳴り、スタッフが腕を広げて静止。

 

「こちらの会場はDランク以上からでして、Eランクでも入れるには入れますが。有料、ですよ」


 態度には出さないが、お前には支払う能力はないだろうから帰れ。

 そう言いたげに鼻で笑ってきた。


「あぁ…………その、ランクごとに分かれてて、一応……書いてあります」


 申し訳なさそうに説明してきた月見に、俺はようやく歯切れの悪さの理由が分かった。

 恥っず……散々勿体つけて、連れ回した挙句に帰らないと駄目? なんとかならない?


「つまり、上のランクから下のランクに来るのは良くて下から上はダメ……だと?」

「はい、そういうことになりますので。申し訳ないですがお帰りしていただくしか」


 丁寧な物言い。だが、この見下したような目。

 『物分かり悪いな話が長ぇんだよ、タコ』と思っているんだろうな。

 まじか…………昨日苺谷がEランクに来てたから、勘違いした。

 なおさら、Dランク上がらないと何もできないじゃん。


「ごめん……俺の確認不足だった」

「ううん、私のことは全然気にしなくても良いよ。楽しみだったんだもんね?」


 月見が頑張って落ち込ませないよう笑顔を振りまいてくる、それがなおさら辛い。

 くそ……もっとよく見ればよかった。

 だって、しょうがないじゃん?

 世界三大料理の一つ中華じゃん?

 一度は本物を食べてみたいじゃん。


「んぅ、あれぇ……? もしかして先輩ですか?」


 そんな時だった。

 他ならぬ、今から探そうって考えていた人物の声が背後から聞こえたのは。

 良かったっ!

 これで探す手間が省けたし、最初から来ることが分かっていた風を装えば、俺のミス感も減るっ!!


「あぁ、やっぱりここに来た——」


 上がりかけた口角が、言いかけていた言葉が、止まる。


「この人たちは誰だ?」

「えぇ〜、先輩気になりますぅ? でも教えませーん」


 四角い眼鏡をかけ、身長は180前後。

 法律を勉強していると言われても、すんなり信じそうなインテリっぽい男子生徒。

 そんな彼と腕を組み、苺谷は口に手を当て、楽しそうに揶揄っていた。

 

 自分だけ身体接触されている、なんて可能性はないって分かっていたけど……やっぱり見るとチクっと来るものがあるな。

 無意識下で期待をしていたって言うことなんだろうか? 特別だなんだって。

 ここに俺の青春はないってのに…………遠回りしていないんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る