12依頼

「……だ。……でき……?」

「はい。まだやってます。」

「では……の、なま……で……?」

「はぁい。依頼承りました。」

 鬼さんの横顔。愛想笑いだ。鬼さんがこっちに気付いた。

「ん?なぁに?」

 鬼さんが振り返ったと同時に、埃がきらきら舞う。

「いらい?」

「そ。掃除の依頼。」

「?」

 ――――――――――――――――

「荷造りですか。」

 畳の上に着物や薬など散りばめている。

「うん。お前さんもしとくんだよ。あ、そうだ。」

 鬼さんの目がこちらを向く。

「身体能力いいほう?血はへーき?」

「?。良い方だと思いますが。血は平気です。」

「んーん。じゃあ場合によっては、雑魚を片付けてね。」

 ほんとに不思議な鬼だ。

「あと御呪い。」

 花の匂いがした。なんだろうこの感覚懐かしい。

 がたんがたん

 電車で移動している。

「ん。……ぅ。」

「どーした。眠いんか。ほれ、肩を貸してやろう。」

「お言葉に甘えて…」

 子供の手が鬼の腕を通る。優しい目で子供を見た鬼は、まだまだ読み始めたばかりの小説に目を落とす。

「……い。着いたぞ。」

「ぉわ……。」

 寝ぼけ眼で電車を降りた。

「鬼さん、これから何するんですか。」

「あれ、言ってなかったっけ。」

 手を繋いでいる方とは逆の手で面と顎を触る。

「最近、鯰多いやろ。それを掃除するって言う依頼。」

「鯰……。」

 地震事か。下を向いていた子供の目が上を向く。

「俺に出来ることならお手伝いします。」

「おぉ。心強いなぁ。けど一個注意。」

 注意の所で、人差し指が俺の前にくる。

「我が掃除してる時は、来たらあかんよ。」

「はい。分かりました。」

 ――――――――――――――――――――――

「ここだ。」

「?普通の、少し大きい家ですね。」

鬼さんが荷物を地べたに置く。その次に、鬼さんは槍を持って、もう一槍、俺に手渡してくれた。

「行こうか。」


 中に入ると、生暖い空気が肌を通る。

「右の部屋に小さいのが一匹。奥の洗面台に大きいのが一匹。」

 真剣な声色で鬼さんが言う。空気が引き締まる。

「ちぃさいの頼んで良い?つきたありの部屋だから。」

「分りました。鬼さんお怪我なく。」

「ほぉい。」

 右の部屋にへ進む。

 ガタッガタッ

 鯰が中で暴れているのか。ドアノブに触れた瞬間、

 ガタッ!

 心臓に兎がいるのかと思うくらいびっくりした。ドアノブに再度触れる。一息ついてからドアを開けて中へ入った。

 バンっ!

 勝手に扉が閉まった。驚いた拍子に鯰が飛びかかって来た。

「うおぉ……。」

 鬼さんは小さいと言っていたが、自分の身長ぐらいあった。このままだと力比べで負けてしまう。

「……!」

 鯰の力には波があった。弱く。強く。

 弱い力を見計らう。

 ぐさっ、

 鯰の腹に槍が刺さる。

 ばたっばたっ

「まだ生きているのか。」

 突き刺さった槍をもっと奥深くまで突く。

 べちゃ。

 しんとしている。死んだのだろうか。

 だんっ

 後ろの方から音がした。鬼さんの方だ。

 鬼さんのとこへ行かなければ。

 べちゃべちゃと素足で鬼のところに子供は向かった。


「鬼さん……!」

長広い洗面所だ。いくつもの洗面台と鏡がある。洗面所で血まみれになった鬼さんがいる。鯰をやったのか。鬼にさんがこっちを向く。

「……!」

 そこにいるのはいつもの優しい鬼さんではなかった。「鬼」だった。そうだ。鬼さんが戦ってる時は来ちゃ駄目だったんだ。

 威圧感が凄い。鋭い目がこっちに向く前に逃げてしまった。

 ガタン

 もう一度鬼さんの方から音がした。もう終わったのか。あれは狐に騙されていたのかも知れない。もう一度鬼さんの方へ向かう。

 次の鬼さんは、鏡に向かって口の中に血まみれの指を突っ込んでいた。鋭い分厚い歯がきらりと光った。

「んあ。」

 鬼さんがこちらに気付いた。

「なんか口の中が変でなぁ。」

「怪我は無いですか。」

「無いよ。良くやったようやね。」

 ――――――――――――――――――

「もう一件ですか。」

「そう。もう一件だけ。いける?」

「はい。」

 ――――――――――――――――――

ばたっ

「ありゃりゃ。」

 家に着いた途端一気に力が抜ける。

「鬼さんの嘘つき。全然一件だけじゃなかった。」

「ごめんごめん。けどそこで寝たら風邪引くぞ〜?」

ずるずる

 鬼さんが俺の脇を掴んで風呂まで動かしてくれてる。

 ――――――――――――――――――

「ん……。あれぇ〜?あんま落ちんな血。」

「鬼さん。俺一人でお風呂入れます。血も自分で落とせますよ。」

「ん。そうかい。」

「聞いてませんね。話。」

 …………

「ふぅ。風呂は最高じゃな。」

 ん?と子供の顔を見る。

「なぁんだ、その顰(しか)めっ面は。」

「上がりたいです。」

「ん〜。あともう少しね。」

「…………」

「まだですか。」

「まだまだ。」

「………………」

「まだですか?」

「まぁだ。」

「………………」

「ぶわっ!」

「長いです。もう上がります。」

「そんな水鉄砲つかんでも。」

 ……………………

「鬼さん、自分の身体拭いたらどうですか。」

「嫌か?拭かれるのは。」

「そうではなく、鬼さん風邪ひきますよ。」

「そうか。心配してくれておるのか。」

 ――――――――――――――――――――

「今日は付き添ってくれてありがとな。」

 俺の横腹に、鬼さんの腕の重みが伝わる。

「いえ。疲れましたけど、楽しかったです。」

「ありがとなぁ。」

 鬼さんの音が近くでする。

 目を閉じた。


「おやすみ。」

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