第18話 準決勝第二回戦
――友達? ま、良いんじゃない? オレには関係ねぇし 『空渡り』
一
「さて! 試合もいよいよ大詰めになってまいりました! 笑っても泣いても残り二試合! 準決勝第二試合は『達人』対『女王』! まずは『達人』の入場です!」
「やぁやぁ」と『達人』鈴木はまるで声援に応えるようにして登場したが、肝心の声援がない。周囲は空気を読んで静まっている。
鈴木は「えぇぇぇぇっ!?」と驚愕の表情で必死に皆へと訴えかける。
「おいおいおい! ちょっとは盛り上がろうよ!」
「いやいや、だってねぇ」
「友達じゃん! みんな」
「…………」
「どうして静まるのさ! 目を合わせてよ! ラブアンドピースッ!」
「…………………………………………」
観衆のみならず司会の市川も『達人』の叫びを鮮やかに無視してプログラムを進める。
「さて続いて『女王』の入場です!」
微笑を浮かべて『女王』が登場した。
すると、一斉に盛り上がるクラスメイトたち。『女王』コールに手拍子と足拍子つき。ほとんどララパルーザ。ここがただの教室だと信じられないレベルだった。
爆発的なその歓声に、釈然としない『達人』の表情が彩りを添える。
「えぇぇぇ、なんだよ……この差?」
「いや、だって、鈴木と絵梨様じゃねぇ……」
ちなみに打ち合わせはゼロである。
「ヒ、ヒデェ」
ガクッと肩を落とす『達人』鈴木を『女王』絵梨は冷めた視線で見下ろす。
それに気づいた鈴木は照れ笑いを浮かべた。
「おっと、そんな見下したような熱い視線を向けるなっての。ご褒美じゃん」
変態だああああああああああっ!? という誰かの叫びをバックに、ボソッと吐き捨てるように『女王』は言う。
「ま、貴方には今回も勝たせて貰うけどね」
その言葉に『達人』は、
「おいおい、一回まぐれで勝っただけで調子に乗んな。泣いて詫び入れさせんぞコラァ」
嬉しそうな表情で口調だけは吐き捨てる。ただ、その裏に隠れた言葉の熱量は違う。それは本気で負ける気などない人間の言葉だった。
そして、周囲の者には冗談を言っているだけにしか聞こえなかったが――多分に自嘲も含んでいた。
同病は相憐れむ。同類は相慰む。
だが、『達人』と『女王』は同病で同類だったため――互いを非常にライバル視していた。
『女王』絵梨と『達人』鈴木は似た者同士と言っても過言ではなかった。
彼らはどうしてもトップを獲ることができない人間だったからだ。
『達人』が全国三位入賞を果たした際にも眼前に立ち塞がったのは、それまでに六度の敗北を喫した同じ相手だった。
『女王』は自身の階級でなら無敵だったが、どうしても勝てない相手は存在した。
だからこそ、分かるものがあった。通じるものがあった。
市川が二人の空気を敏感に嗅ぎ取って、ニヤリと笑いながら煽る。
「さて、因縁の対決になりました! そもそも、このハルク。最初の対決は『達人』対『女王』のものだったのです! ちなみに、その時の結果は『女王』の圧勝でした!」
調整戦の際、二人はぶつかっていた因縁があった。
鈴木だけは敗北したのに、その実力が認められた経緯がある。
鈴木は狼狽する。
「ちょ、あ、あれは油断していただけなんだからね!」
「おおっと、『達人』ツンデレっぽい言い訳です! これはまた『女王』の圧勝かぁ?」
鈴木は一瞬、何かを言い返そうとするが、すぐに口を閉じた。意外そうな顔で市川は、
「おや、鈴木さんよ。言い返さないのかい?」
「いや、こんくらい期待されていない方が美味しいんじゃないかなとかさ。ほら、ジャイアントキリング的な?」
「……それ、自分が弱者って認めちゃってるからな。ダメじゃん」
「はっ!? しまったぁぁぁぁっ!? またフラグ立てちゃったよ!」
市川の指摘に鈴木は頭を抱えて絶叫する。
絵梨はそれを冷ややかな眼差しで見下ろす。
「言っておくけど、あの時、私は何の策も講じてないからね。伊藤くんとは違って、貴方が単に油断しただけだから。弱かっただけだから」
「いや、確かにそうなんだけどさぁ……」不機嫌そうな『達人』の舌打ち。「ま、汚名返上ってやつか。もう良いさ。戦うだけだし。そう、胸を借りるってやつだな」
「おいおい、大垣に胸を借りるだと? いつから大垣に胸があると錯覚していた?」
『番長』黒埼がその傍らですさまじい発言をしているが誰も何も言えなかった。
「…………」
重い沈黙が舞い降りる。
黒埼自身は、どうしてそんな空気になっているのか全く理解しておらず、急に静まり返ったことを試合開始の前触れだと考え、椅子にふんぞり返っている。
とりあえず、黒埼の意図したものではないが、絵梨の額には青筋が浮かんでいた。
「そう……良い度胸ね。徹底的に叩き潰してあげるわ」
「あれ!? 俺が挑発した空気になってる!? 絶対おかしいよね!?」
鈴木はヘラヘラと笑っているが、その実、眼の奥の光は真剣なもので、おどけているのが仮面だと見る者が見れば分かったであろう。
彼は観察していたのだ。絵梨の反応を。隙を。どうすれば憤り、どうすれば悲しみ、どうすれば困り、どうすれば――油断するかを。
それを同種として理解している絵梨は「フンッ」と鼻で笑い、ポニーテールを指で弾いて後ろに跳ねさせ、撫であげる。それは余裕綽々とばかりに優雅な仕草だった。
鈴木はそれが気に入らなかったのか、ニヤリと笑う。
「そもそも、大垣って胸囲は人並みだろ。ただの筋肉かもしれねぇけどな――なぁんてな」
何故か後ろの方で『アマゾネス』共恵が「カハァッ!? !?」ダメージを食らっていた。
絵梨は意に介さないとばかりに小首を傾げて、
「……それが貴方のスタイル? 生意気ね……」
「お気に召さなかったかい?」
鈴木の口元から笑いが消え、逆に、絵梨は微笑みを濃くする。
「さぁ。ところで、逆鱗の故事は知っている? それに触れた者は即座に殺されるのよ」
「怖いねぇ。ま、適当に全力を尽くすよ」
ギリッと奥歯を噛み締めた鈴木の表情が獰猛さを明白にし、絵梨は張り付いたような無機質だが美しい笑みに変化する。まるで、獣と機械のような対称性だった。
互いの本気を感じ取った観衆が静かになっていた。
『番長』黒埼だけが「逆鱗だと? つまり、大垣の胸のサイズは触れちゃダメなのか?」と首を傾げているが、誰もが黙殺した。空気が悪すぎて、基本傍若無人な元宮でさえツッコミを入れられず、ドン引きしている。
教室内の様子に気付いた『達人』が「おおっと」と焦ったように破顔しながら言う。
「俺としたことが、ちょっと焦っちまったよ。リラックマリラックマ。いやぁ、それにしても、大垣って怖い女だねぇ。あは、あは、ははははっ」
「ふんっ、失礼ね」
絵梨も笑みで応じ、途端に空気が弛緩したものへと落ち着く。そして、
「ちょ、鈴木ってば、マジになんなよぉ」
「そうそう、遊びじゃん。楽しんで戦えよ」
「ダメよ! 鈴木くん、死ぬ気で勝ってね! このお小遣いがなくなったら、新刊が作れなくなっちゃう! どうしても鈴木くん×本岡くんで一本書きたいのよぉぉぉぉぉぉっ!」
「なんか、不穏な単語が聞こえたんだけど! 僕、なにかのネタにされてない!?」
「ああ、フジ。私がネタを提供したから」
「ええ、悠里!? どういうこと!? 僕に何か恨みでもあるの!?」
「あるに決まっているでしょ。さっきの罰ゲーム、私まで巻き込んでくれて……絶対に許せないわ。フジのくせに」
「えええええええ、あ、あれくらいで!? どんな取引したのって知りたくない、知りたくないからね! 鈴木くん! 負けた方が僕らの将来のためかもしれないよっ!」
「『僕らの将来のため』……腐腐腐……ボイスレコーダーちゃんは今日も絶好調ね……」
「な、なんか怖い人がいます! 悠里、助けてよぉ!」
「無理」
「怯える本岡くんもhshs……」
「ひぃぃぃっ!」
張り詰めていたせいか、反動で爆発的な盛り上がりを見せる観衆たち。
一部教育上不適切な言動の女生徒がいるようだったが、それを取り締まるべき武藤教師が、三島由紀夫ばりの不道徳教育講座状態なので混沌化している。
そもそも、腐った世界の知識がないのか「元気があってよろしい」と頷いているくらいなので使い物にならない。しかし、使い物になる時の方が少ないのでもう誰も期待していない。
そんな空気の中、司会の市川は二人が全く緩んでいないことを理解していたので、細く深呼吸して自身の気持ちを落ちつけていた。
この状況は彼が想定していたものだった。
即ち、盛り上げるための一種のパフォーマンスだ。
煽るために因縁の対決なんて口にして、それで予想以上の盛り上がりを見せたことは計算以上の僥倖だったが――まさか、ここまで両者が白熱するとは思っていなかった。
鈴木は前の敗北でプライドを傷つけられていたのだろう。
絵梨はその敵意を感じ取り、鬱陶しく感じていたのだろう。
つまり、一種の遺恨試合ということになるのだ。
遺恨があるほどの全力――面白くなりそうだ、と市川はほくそ笑んだ。
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