プロローグ (5)

「私は、君が居なくなるのが嫌なんだ」

「そんな大げさな……」

「大げさじゃないもん。でも、私のこれは気にしないで良いよ。めちゃくちゃ涙もろいんだ私」

「……あのさ」

「うん?」

「――もうしないよ」

 それは、僕の気まぐれだったのかもしれない。

「へ?」

「僕は二度と飛び降りようとなんてしない。もちろん、他の方法も、未遂も、一切しない。死んでたまるかってこと」

 彼女ははっとしたように伏し目がちだった顔を上げた。

「――ホント? 私と、約束してくれる?」

「……ああ。ただし、君も生きてくれるなら約束するよ」

「ほえ?」

「だって、君、さっき自分で言ってたよね。自分も死のうと思ってたけど、僕を見たら、なんだかバカバカしくなっちゃったとか、って」

「あ」

 僕の言葉に、彼女はバツが悪そうな声を出した。

「わ、私、そんなこと言ったっけ」

 とぼける彼女だったけど、痛いところをつかれたような表情を見過ごせなかった。

「言った。たしかに言った。だから、もう二度と死のうとしないって君が約束するなら、僕も約束は守る」

 僕はそこでようやく話を終わらせようとする。正直に言って、会話をここまで持ってくるのは、かなりしんどかった。

「……わかった、私も死なないって、約束する。けど、そういう話なら、私もたった今、君に用事ができた」

 だけどやっぱり、あっさり解放はしてくれないらしい。

「用事って?」

 訊くと、彼女は薄く微笑みぽつりぽつりと語り出した。

 「君に、私の目の前で死のうとした罪滅ぼしをして欲しいって言ったら、――。そして、せめて夏の間だけでも、……君が死なないように、そばにいたいと言ったらどうする」

 思わせぶりな彼女の言葉に、僕はただ首をかしげる他になかった。

「それって……どういう意味? ええと――」

 目の前の彼女はすぐには疑問に答えず、ふいにつぶやいた。

 「私は、佐野さの彩葉いろは

 「そう」

 「……むぅ、他に言うことはないの?」

 「……いい名前だね?」

 僕が心のこもってない口調で言うと、彼女――佐野さんは少し複雑そうな顔をした。それから取り繕うように言う。

 「そうじゃないってば。こういうの知らないかな?」

 「だから、何のこと?」

 「名前だよ、な・ま・え。私が名乗ったんだから、君のほうも名乗るの」

 「……ああ。僕、城田しろた零実れみ

 「――零実くん」

 「……ちょっと待ってくれ。唐突すぎないか」

 くんが付いているとは言え、いきなり下の名前で呼ばれていいものかと一瞬で思い、すぐに彼女にその呼び方を止めさせようとする。

 「え。別に良いじゃん。ちなみに私、一度決めた呼び方を変えるつもりはないよ」

 無駄だった。

 「はぁ……さっきから思ってたけど、君ってわりと強引だよね。じゃあ僕は、佐野さんで」

 「――はいはーい、どうも、佐野です。お好きにどうぞ!」

 「あ、良いんだ」

 「だって、名前で呼びたいのと呼ばれたいのとは別じゃん?」

 そう言って佐野さんは自分のフレンチトーストに初めて口をつける。

 「うん! やっぱり良いね。ここのフレンチトースト。なんて言うか、頭の中で鳴ってノリノリになれる」

 「何?」

 聞き間違いでなければ、トーストが鳴るって言わなかったか? どういうことなんだ、と僕は困惑する。

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