鉄骨ララバイ

悠木りん

第1話 前編

 ボクは鉄骨だった。


 街で一番大きな塔を支える、何本も何本も組まれて重ねられた内の一本。上下を同じように冷たくて硬い鉄骨に挟まれて、来る日も来る日も塔を支え続けている。


「あぁ、なんだってボクは鉄骨なんかに生まれてしまったんだ。こうもガッチリと組まれてしまってはどこへも行かれないよ」


「何を言っているんだ。キミみたいな鉄骨がふらふらとどこかへ行ってしまわないよう、人間はボクらを固く組んでいるんじゃないか」


 馬鹿にするように軋んだのは、ボクの上に組まれた鉄骨だった。


「おい、上の。キミはいつだって上から物を言うね。上に組まれたからってだけで、そんなに偉いのかい?」


「おいおい、組まれた位置や順番についてボクに文句を付けないでくれよ。ボクがここにいるのは組んだ人間のせいであってボクが決めたことじゃない。それに、どっちが上だろうとボクらはただの鉄骨さ。何も変わりはしないよ」


「……人間は狡いよ。ボクらをこんなふうにどこへも行けないように縛りつけておいて、そのくせ自分たちは好きな時に好きなとこへ行けるだなんて」


 街一番の塔から見下ろす人間たちはいつだってあちこちくるくると動き回っていて、その度ボクは身を捩ることも叶わない自分の冷たい鉄の体を嘆くのだ。


「そうかな。ボクには人間だって、どこへでも行けるはずなのにどこへも行かれず、縛り付けられているように思えるね。彼らだってそうボクらと変わりはしない、柔らかな一本の鉄骨たちさ」


「鉄骨のくせに、随分と分かったようなことを言うんだね。ニヒリスト気取りかい?」


「ボクがニヒリストならキミはロマンチスト? どこへも行けないと言うけれど、キミはどこへ行きたいの?」


「どこへって……そんなの、ここではないどこかさ」


「ははは、随分と曖昧な答えだ。硬い鉄骨のくせに、雲のようにふわふわしている」


 シニカルな上の鉄骨の言葉に、ぎしり、とボクは不機嫌に軋んでみせた。


「……それにしても、人間がボクらと変わらないって? ふん、腐食して節穴でも空いてるんじゃないのか、キミ?」


「はは、大事な塔を支える鉄骨が腐食していたら大変だ。そしたらボクは新品のピカピカの鉄骨とすげ替えられて、ここでの仕事はお役御免になるだろうね」


「狡いぞ! そうやって自分だけどこかへ行こうとして!」


「ご心配なく。ボクは腐食してなんかないし、どこへも行けないよ。キミと同じさ」


 上の鉄骨はからかうような、それでいてどこか優しげな声で軋んだ。


「……そんなの、ちっとも嬉しくなんかない」


「そう言うなよ。仕方ないんだ。ボクらはこの塔を支えるために生まれてきた。そういう役目なのさ。人間たちを見てご覧よ。ああやってくるくると自由に動き回っている彼らだって、それぞれ役目があって動いているのさ。動くのが役目の彼らと、動かないのが役目のボクら、本質は一緒だよ」


「……動かずにこの塔を支えるのがボクらの役目だとして、それにいったいなんの意味があるんだろう。この塔はいったいどんな役目を持って立っているんだい?」


「そんなのボクが知るわけないだろう。ボクに分かることはただ塔が立っている限り、ボクらもそれを支え続けなきゃいけないってことだけさ」


「知ったような口で何も知らないなんて言うんだね、キミは」


「……さ、今日はもう遅い。お眠りよ。眠れないなら子守唄でも歌ってやるさ」


「いらないよ。キミの歌はぎしぎしと耳障りなんだ」


「耳なんてないくせに」


 きしきしと、上の鉄骨は可笑しそうに軋んだ。

 それからもボクらは、雨の日も風の日も、太陽にじゅうじゅうと炙られるような晴れの日でも、がっちりと上下に組まれたまま動かずに塔を支え続けた。


「こんなに毎日毎日鉄骨同士でひしと組み合って支えているこの塔は、いったいどんな役目を果たしているんだろうね。おかしいと思わないかい? この塔には人っ子一人来やしないじゃないか」


 単調に流れ続ける日々にボクがぼやくように軋むと、上の鉄骨は馬鹿にしたようなからかうような口調ではあったけれど、いつも律儀に返答を寄越した。


「建物だって、それぞれに色々な役目を持っているものさ。人々が住むための建物、仕事をするための建物、それ以外にだってまだまだある。電波塔やそれに灯台なんてものは建っているだけで役目を果たしているしね。この塔もそういった類いのものかもしれない」


「ふん、さぞ立派な役目を持つ塔なんだろうね。それを支える鉄骨なんかじゃ到底知ることもできないんだから」


 何を言ったところで予測の域を出ない上の鉄骨の言葉に毒づきながらも、そうすることでボクはこの永遠に続くかのような倦怠と退屈に塗れた日々を耐え忍ぶことができた。身勝手な鬱屈をぶつけながらも、同じ境遇、同じ倦怠、同じ退屈を感じることのできる彼に、ボクは少し救われていたのかもしれない。

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