羅針盤作り 後編
社長と経理部長が会議室を飛び出し、残った人々は口をあんぐりと開けて2人が戻って来るのを待つしかない。
「大沼くん、これマズくない……?」
「そ、そうだな……」
大沼は驚きを隠せない表情であったが、何かを決意した様な雰囲気だった。
「藤崎さん、大沼くん、大丈夫?」
「ええ。大丈夫です」
「大沼くん、この方は私の部署の先輩の中村さん。多分初めてだよね?」
「あ、よろしくお願いします」
「中村と言います。よろしくお願いします」
元々派遣社員だった中村は一昨年正社員となり、伊勢に負けないぐらいの働きっぷりを見せている。
ショートカットでとても頼りがいのある女性だが、何にでも首を突っ込んで来るのは玉に瑕である。
「本当はあのパチンカス部長が出席しないといけないんだけどね〜
どうせ出席しないだろうって来てみたら案の定。
咲ちゃんも、よく分からない会議に出席していきなりあれこれ言われてもさっぱりよね〜」
「そうですよ。 いきなり社長も消えちゃうし…… なんか色々疲れちゃいます」
「早く戻ってくるといいのだけど……」
藤崎は時計の秒針をじっと見つめていた。
━━━━
高嶋は天満がどこに行ったのか少しキョロキョロしてからエレベーターに向かった。
急いで外に出ると、左方向に縞々シャツの人がとぼとぼ歩いているのが見えた。
天満は縞々のシャツを愛着しており、天満を探す際にはそれを頼りにするのが一番早い」
「天満さん! 天満さん!」
「放っておいて下さい! 私は社長が行おうとしている “改革“ が理解できません。
お父様が社長を支えてあげてと仰っていましたが、お父様が築き上げたものを壊して改革するのはついて行けません。
ただ、百貨店が好きな気持ちでこの会社に入って、お父様に──」
「百貨店が好きな気持ちは天満さんと変わらないと自負しております。
しかし、今までのやり方ではこの百貨店が100年後も兜蒸に残っているかどうか確信がありません。
私や天満さんが好きな百貨店を次の世代に伝えるために、形を変えないといけないのです。
むしろ、これから行う改革は父の無借金経営が土台になっています。もし、この会社が既に借金をしていたら、ここまで大きな事をやろうとは思わなかったでしょう」
「百貨店を百年後に残すため……」
天満は歩道の縁石を見つめていた。確かにこのまま無借金経営に拘っていたら、100年後の桑形百貨店は残っていないかも知れない。
息子を支えてくれと言った発言の真意は、自分が引退した後にぶつかるであろう問題を乗り越えるためなのか。
確かにニャオンという新たな脅威が現れようとしている現在、未来に残る百貨店を作るのには千載一遇のチャンスなのかも知れない。
「……承知しました。社長がそこまで仰るのなら私もサポート致します。
きっと、お父様もこの百貨店が百年後、二百年後も兜蒸の街で愛されることを望んでいるでしょう」
「ありがとうございます。私達がいなくなって社員達も困惑しているでしょうから、早いところ戻りましょう」
会議室に取り残されていた社員達が談笑していたところに、2人が横並びで会議室に入って来た。
先ほど仲違いして会議室から出て行った人達がこのように入ってくるのは少し気味が悪い。
「迷惑かけてごめんね。社長とちょっと話して納得したから」
天満は会議室に居る全員を見回して弁明し、そそくさと自席に戻った。
「天満さんに納得して頂いたので再開します。さっきも言ったように、この百貨店がニャオンとやって行く為には大きな改革が必要なのです。
その改革を実現するのには皆さんの力がなければなりません。特に、ここに居る役職者とここ2〜3年で入社して頂いた皆さんと共に成し遂げたいと考えております。
知恵と経験のある役職者と若くて柔軟な思考を持っている皆さんが集まれば、きっと素晴らしい考えが生み出されると信じています。
何せ、私やここにいる偉い人達はせいぜいあと15年ぐらいでしょうが、若い皆さんはその倍の年数近くこの百貨店で働くことになるでしょう。
私にはそうなるであろう皆さんの雇用を守る責任があります。
その責任を果たすためにも今回の改革は必要なのです。皆さんのご協力をお願いします」
高嶋は頭を下げ社員達の様子を伺った。最初の天満のように拒否されることも覚悟していた。
「一か八かやってみる価値はあると思います」
「このお店がずっと残るためなら協力します」
「私も精一杯力になるよう頑張ります!」
藤崎や他の社員達の前向きな言葉に高嶋は俄然やる気を出した。
しかし、父親の代の桑形を理想的としている社員も少なくなく、特に役員の中には改装に反対する者がいる。
「ありがとうございます。新たな時代の百貨店を作れるよう、私達みんなで頑張っていきましょう!」
この後、改装予算の策定、改装スケジュールの検討、工事業者への発注方法など藤崎の理解を超える話が続々と続いた。
藤崎が覚えていることは12月頃から工事を開始することぐらい。
後学のために分からないところは中村に聞いて勉強することにした。
自分が出来ることは数少ないだろうが、一世一代とも言えるような大規模なプロジェクトに参加出来ていることは誇らしい。
藤崎もまた、この百貨店が100年後も残っていて欲しいと思う1人なのだ。
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