桑形百貨店迷走中?!

どってんかい

桃船襲来?!

 兜蒸(かぶとむし)市。県庁所在地ではあるものの、人口はわずか15万人。

 東京から飛行機で数時間は掛かる、いわゆる『辺境の地』である。

 しかし、そんな辺境の地にも百貨店はある。

 それが桑形(くわがた)百貨店だ。


 

 ここは極々普通の百貨店で、地下には食品、1階には化粧品、2階から7階までは服やら雑貨やら色々売っていて、8階にはレストランと催事場、屋上は遊園地といった具合。

 

 地方の百貨店は建物が古くなったり経営が上手くいかなくなったことで閉店したり、規模を縮小したりする所があるのだが、幸いにも桑形百貨店はそういった憂き目に遭っていない。

 しかし、百貨店が斜陽産業であることに変わりはないし、桑形百貨店もいつそのような状態に陥るかも分からない。現に郊外では飲食店やパチンコ店、衣料品店やスーパーが続々と出店している。

 百貨店が郊外と渡り歩くにはどのようにするか。

 まず、桑形百貨店は若手の意見が会社に入りやすくするようにと積極的な新卒採用をここ6〜7年行っている。


 藤崎咲(ふじさきさき)はその1人で、商業高校を卒業し桑形百貨店に入社した。

 彼女の


「行ってきまーす!」


 という元気のある声は近所迷惑になる程だ。職場ではすっかりトレードマークになってしまったふんわりとしたポニーテールを揺らし、玄関から車庫まで小走りで向かうのが彼女のルーティーン。

 卒業祝いに買ってもらった軽自動車に乗り職場に向かう。

 斜めに張り付けられた初心者マークは大きな駐車場でも目印になっている。

 家から百貨店までは車で1時間ちょっと。平日の朝に卸売団地をなんかを通るのでこんなことになるが、昼間であれば20分程度で着ける。


 車を駐車場に停めて従業員通用口に向かう。6階から再び地上に戻るのは面倒臭いが、下層階の月極は埋まっていたので仕方がない。


「おはようございます!」


「おはようございますー」


 最初に受付の警備員に挨拶をし、従業員用のエレベーターで9階に向かう。はこの百貨店は8階建てなのに9階があるのは、設定としておかしいのでは?と首を捻るだろうが、何も不思議なことではない。

 多くの百貨店は増築に増築を重ね、地図アプリの3D航空写真モードで見るとまるで九龍城のようになっている。

 桑形百貨店の場合は、店舗兼事務所として10階建ての建物が8階建ての建物にくっついている。

 よって事務所は売場より高い所にあるのも不思議ではない。


「おはよ。川徳くん」


「ああ、おはよう」


 川徳は唯一の同期。配属される部署は異なるが、悩みや愚痴を気軽にこぼせる相手である。

 川徳は藤崎とは対照的に黒縁の眼鏡をしており、彼の写真を見せたら10人中10人が『優しそうな人』と言いそうな風貌である。

 口下手な人間だが、仕事には愚直なので上司からの評価も悪くない。



 藤崎が配属された部署は営業企画と呼ばれる所で、チラシの作成や店内の装飾を行う。

 売場に立って接客したり、会社や個人と直接商品をやり取りしたりする外商と比べると地味な仕事である。

 しかし、チラシを作って店に行きたいと思わせることやクリスマスなど行事の度に飾りつけることは、百貨店にとって重要なことであり、縁の下の力持ちといった具合である。


「おはようございます」


「おう、おはよう〜」


 彼は上司に当たる伊勢丹之助(いせ たんのすけ)だ。

 藤崎の教育係となったのは伊勢が藤崎が出た高校の先輩に当たることと、営業企画の中では比較的若手に入ることが理由。


「今日は来週始まる北海道展のチラシ作りの手伝いと来月の地下の食品でやる催事のカレンダー作りをやることになる。まあ、藤崎さんも大分慣れてきてるし、催事のカレンダーぐらい作ってみよっか」


「おお〜 私もついにカレンダーデビュー。ミリオン行きますかね?」


「行かんわ」


 藤崎はパソコンを立ち上げて北海道物産展のファイルを開き仕事に取り掛かる準備をする。


「先輩、この文字のフォントとか色を変えればいい感じですか?」


「そうそう。指示書をよく見てね」


 指示書を開くと伊勢が作ったと見られる丁寧に整理されたタスクが並んでいた。


━━━━


 仕事に慣れてきたと言っても、伊勢のようにパパッと仕事を終わらせることはまだ難しい。

 午前中に北海道展の仕事を終わらせられる算段だったが、そう上手くは行かず全体の80%ぐらいしか出来ていない。

 伊勢に若干の修正を要請されたため、催事カレンダーを今日中に終わらせることは難しそうである。

 まだまだ自分が思った通りに仕事は進まない。

 百貨店という職場の都合上、明確な昼休みの時間は無いが、営業企画部の人間は12時頃から昼休みを取る。

 しかし、藤崎は仕事をどうにかして先に済ませたかったので、休憩は後回しにすることにした。


「あれ? 藤崎さん、まだ飯食わんの? いつもだったら一目散に食堂に向かって走るのに……」


「もう、人の事なんだと思ってるんですかー? 早くこれを済ませたいんですよ。ご飯はそれからです」


「最近の子とは思えないガッツだなぁ。でも、飯食べないで昼休み返上で働かれると俺が困るから、飯食いに行きな」


「休み時間ってちゃんと決まってるもんなんですね」


「そりゃそうじゃん。藤崎さんが休んでくれないとまるでウチがブラック企業みたいになるだろー?」


 伊勢に言われるがまま、階段を降りて8階の従業員食堂に向かう。

 従業員食堂は客向けの食堂と隣接しており、南側は景色が見られるようにガラス張りになっている。

 今では高い建物が増え(桑形百貨店から見えるのは精々15階建ての建物程度だが)少し窮屈な風景になっているが、現在の建物が竣工した頃は市内を一望できたらしい。


 藤崎はその窓沿いの席に座り、いつも食べているちゃんぽんを啜る。セットにすると杏仁豆腐と餃子が付くのも良い。

 白濁としたスープの上にこんもりと載せられた野菜を貪り、白濁としたスープも飲み干し、杏仁豆腐も3口程度で食べ切る。

 このような小さな幸福感に満たされると、暫しぼんやりとスマホで動画を見る。

 動画サイトのURLを開くと衝撃的なサムネイルが映し出されていた。


『ニャオンモール兜蒸(仮称)、兜蒸バイパス沿いに出店』


 という文字列とともに、サムネイルにはいつも出勤する時の道の近くの田んぼが写っていた。

 ニャオンは日本全国でショッピングモールを展開しており、桃色の遠くから目立つ看板が特徴的だ。

 しかも、ニャオンにはスーパーや衣料品店などの店の他に、レストランやフードコート、映画館も入居している。

 こんなものが出来てしまったら、桑形百貨店が崖っぷちに陥ることは想像に難くない。

 これはまずいと思った藤崎はむくりと立ち上がり食堂を後にして、急いで階段を駆け上がった。


「伊勢さん! 伊勢さん!」


「どうした? そんなに慌てて」


「ニャオンが、バイパス沿いに出来るみたいです……!」


 藤崎の発言は隣の部署にも響き、周囲を静かにさせた。


「ニャオンってあのニャオン……?」


「スーパーのニャオンです……!」


 新たな脅威であるニャオンの兜蒸市進出は、桑形百貨店にとって大きな騒ぎとなり、この百貨店が今後大きく変わっていくきっかけとなった。

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