1「目覚めは森の中で」
眩しい光が視界を奪い、劈く轟音が聴覚を奪った。身体の感覚も消え失せた。何が起こったのか、なんて思う暇さえない一瞬の出来事だった。でも、そこからの記憶は無い。夢を思い出せないように、記憶にぽっかりと穴が空いているみたいだ。
おれは目を覚ました。
木々の合間から漏れる陽光に顔を照らされ、吹き抜ける心地良いそよ風が肌を撫でる。今まで、こんなにもすっきりした目覚めを経験したことはあっただろうか。きっとない。
「おれは、死んだのか………?」
上体を起こして、周囲を見渡す。
そして魔王が隣で横になっていることに気付いた。本物の銀を溶かして細い糸にしたような銀髪が地面に広がり、黒っぽいドレス服が故に肌の白さが際立っている。目を閉じて眠っているみたいだ。胸元が上下しているため、生きてはいるのだろう。
一旦、冷静になろう。慌てたってどうにもならない。深呼吸をしてから、ゆっくりと瞬きをしてみる。リアルな夢とかではなさそう?瞼を開いて広がる世界は変わらなかった。
おれは魔王と一緒に天国へ来たのか?
ここが天国なのかどうか甚だ疑問ではある。まぁでも十中八九、おれは死んだだろう。魔王が凝縮した膨大な魔力の塊を
そうなるんじゃないかと推測はしていた。でも、結局のところ推測の域を出ない。記憶が無いわけだし、どことも知れない場所ではあるが、おれは生きているらしい。ついでに魔王までいる始末だ。
幸いにも、ここは静かで平和そうな森の中だ。居心地だって良い。とは言っても、現状を把握する必要はあるだろう。一人でここを離れてもいいが、眠っている魔王を置いていくべきかどうか。魔王が目を覚ました瞬間、おれは殺されてしまうのではないか。考えれば考えるほど、どうするべきなのか分からなくなっていく。
「魔力が、感じない………」
ふと思う。魔力が全く感じられないことを。自身の魔力もだが、身を震わせてしまうような魔力を持つ魔王からも一切の魔力が感じられないのだから不思議だ。違和感ですらある。そもそも命あるものには多かれ少なかれ魔力が宿っている。魔力が感じられないのであれば、それは命を失ったものだ。
それじゃあ、おれも魔王も死んでいるわけか。
「アクシオ」
身体強化の魔法を口にする。拳を握って、開いてを繰り返す。繰り返すまでもなかったか。魔法の効力が発揮していないことには、すぐに気付いていた。そして、そうこうしている内に魔王が目を覚ましてしまった。
拳を握った状態のまま、魔王の紅い瞳と目が合った。数秒の間、見つめ合っていた。魔王の方から目を逸らし、おれと同様に上体を起こす。
「妾に何をした、勇者」
開口一番。魔王はおれを冷静に責める。だが、そんなことを言われても答えかねる。
「いや、おれも何がなんだか……」
「妾から魔力が感じない。お主、妾に何をした」
「いやだから、おれも分からないんだって」
「お主が妾の魔力を何かで受け止めていたであろう。何かしたんじゃないのか」
「あれは―――」
「お主と話していても埒が明かない」
立ち上がって辺りに魔王は目を向け、歩き出す。
「どこ行くんだよ」
「お主には関係ないであろう」
そう言って、一人木漏れ日の差す森中を進み始める。追うかどうか迷ったが、おれは追うことにした。土道は踏み慣らされているみたいで獣道には見えない。魔王の二歩後ろにつくと顔だけを振り返らせてきた。
「何故ついてくる。殺されたいのか」
「殺されたくはないよ。でも、殺せないでしょ」
魔王が紅い瞳が細める。挑発するつもりはなかったが、そう受け取られても仕方ない発言だったか。細めた瞳をそのままに、魔王が近づいて来る。そんな魔王に対して抵抗しないでいると、おもむろに両手で首を絞めてきた。
「魔力がなくとも人間ごとき殺せる」
首に指を食い込ませる絞め方をしてくるので流石に苦しい。おれは魔王の手首を掴んで引き離す。魔王の手は簡単に離れてくれた。分かってはいたけど、魔力を失った魔王は見た目通りの非力な少女だ。魔王に限らず、魔族の大半は人間の数倍、数十倍もの魔力を有し、その魔力による身体強化で己を強くする。
「妾に触れるな、人間」
手首を掴んでいたおれの手を魔王は振り払う。
「触れて来たのはそっちだろ……」
おれの言葉は無視され、魔王は歩みを再開させた。二歩ほど距離を空けてついて行くが、魔王は何も言って来ない。今の魔王ではおれをどうこうすることは出来ないからだろう。
おれだけでなく魔王からも魔力が失われた。ここがどこなのか、おれと魔王の身体に何が起こっているのか。知る必要がある。知るためにも、まずはこの森を抜けないといけない。迷う素振りを見せずに魔王は森中を進んで行く。踏み慣らされた土道を進んでいるだけなので、迷うも何もないか。
目を覚ました場所から数十分は歩いた。そしてやっと、木々が広がるだけの世界に変化が訪れる。
「馬車だな」
「馬車だね」
そう呟いた魔王の言葉に反応すると、何故か睨まれた。
「人もいるみたいだけど」
警戒するよう伝えたかったのだが、魔王に通じるはずもなく。森の中、土道の脇に停まる馬車へ魔王が向かう。おれもその後を追う。近くまで来て、タイミングが良いのか悪いのか。馬の牽く荷車の中から禿頭の男が現れた。察していた通り、山賊のような風貌の男だ。
「人間、ここはどこだ」
そんな男相手に魔王は躊躇いなく問う。しかも大分上から目線な口調だ。魔力を失い、今の自分が非力であることを忘れているのだろうか。
「おめぇこそ何もんだ。貴族の令嬢か?見た目も悪くねぇな」
「人攫いか。汚らわしい」
「口の利き方には気を付けろよ。死にてぇんなら別だがな」
魔王と禿頭の声を聞きつけてか、髭面の男が姿を現す。さっき見かけた男だ。その手には二本の鉈が持たれている。一本を禿頭の男に投げ渡し、下卑た笑みを浮かべる。
「女の方はオレ達でヤッてから売ろーぜぇ」
「人間は愚かで救い難い。勇者、お主が殺せ」
「……殺さないよ」
おれは魔王を庇うようにして進み出る。
「その女置いてけば命だけは見逃してやるよ。生意気な貴族の女なんかに仕えたってロクなもんじゃねぇだろ?」
「人攫いに言われてもな」
「舐めた口利いてんじゃねぇよ!」
髭面の男が迫る。鉈を振りかざす髭面の動きは出鱈目だ。構えもなければ、型も無い。相手に傷を負わせるためだけに鉈を振るおうとしている。躱すのは容易だった。最小限の動き且つ出来るだけギリギリで鉈を避け、髭面の顎に掌底を見舞う。完璧に決まった。髭面は一撃で頽れ、その手から鉈を奪い取る。
「死ねぇぇぇっっっ!!!」
禿頭も髭面と変わらない。仲間が一瞬でやられ、動揺しているのかもしれない。大振りにも程がある鉈の横薙ぎを、おれは奪った鉈で叩き切る。同じ得物でも、扱い方次第で威力に大きな差が出る。禿頭の振るった鉈が真っ二つに割れた。
「なぁっっっ……!!?」
さらに同様を露わにする禿頭の懐へ肉薄する。鉈の柄頭で禿頭の腹部を殴る。
「ううぉあっっっっ!!!?」
腹部にめり込むくらいの威力で殴ったので、禿頭は立っていられずに膝を着く。殴られた腹部を押さえうずくまり、声ともつかない苦鳴を上げている。そんな戦闘不能な禿頭を、歩み出てきた魔王が蹴り飛ばした。
「ここはどこだ」
紅い瞳を冷徹なまでに細め、ゴミを見るかのように魔王は禿頭を見下ろす。おれが彼らを殺さなくても、魔王は殺すことを厭わない。この問いに禿頭が答えなければ、おれは魔王を止めなくてはならない。避けられるなら、人殺しは避けたい。それが魔王であっても。
幸い、呻きながらも禿頭は口を開いた。
「カナンの、北東の方だ……」
カナン。地名だろうか。だが、エスピナ大陸にそんな地名の場所はあっただろうか。
「魔族と人間の戦争はどうなった」
「ま、まぞく……?何言ってんだ、おめぇ」
「エスピナ大陸を……聞いたことあるか?」
黙って聞いていられず、核心に迫る。
「知らねぇな……」
いくら山賊が山賊でも、エスピナ大陸を知らないはずがない。常識とか、そういうレベルの話でもない。この禿頭が嘘を言う意味もないし、嘘を言っているようにも見ない。
おれと魔王は、かなりまずい状況にあるのかもしれない。
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