第61話 同意済み
「……」
帰還方法の情報を聞かされ、俺は大喜び――はせず、渋い顔になる。
果てしなく無駄な情報だったからだ。
「それ、絶対無理ゲーですよね?」
「無理ゲー?」
無理ゲーの意味が分からなかったのか、精霊が不思議そうに首を捻る。
「絶対不可能って事です」
精霊が俺に話した帰還方法は無理ゲーだった。
その方法とは――
「魔神竜とか絶対倒せませんよ」
――魔神竜エクセランサスの討伐である。
サミー婆さん率いる精鋭――借りた指輪レベルを装備したレベル120キャップの5人がかり――ですら、HP半分削って封印するのが限界だったのだ。
それを完全に倒せとか絶対無理。
まあそれ以前に……
「そもそも戦おうにも封印されてますし」
そう、魔神竜は現在絶賛封印中だ。
倒すも糞もねぇ。
「ふふふ、それなら封印を解けばいいのです。そうすれば戦う事が出来るでしょう」
精霊がサラリと恐ろしい事を言う。
仮にそれで戦えたとして、負けたら世界が滅ぼされかねない訳だが?
「いやそれしたら、この世界が偉い事になりますよ」
「ん?私はこの世界に住んでいる訳ではないので、その時はその時よ」
精霊にとって、この世界の存続はどうでもいい事の様だ。
「どちらにせよ、魔神竜の封印は遅かれ早かれいずれ解けてしまいます。なら……何の準備もなくいずれ訪れるその日を迎えるより、神がお連れした異世界人の貴方が迎撃準備を整え、万全の状態で封印を解いた方が世界の存続の可能性が上がるという物でしょ」
サミー婆さんも、封印解除に備えて魂を残している。
なので精霊の言う通り、いずれ封印は解けてしまうのだろう。
そしてその時まともに戦える面子が居ないのなら、待っているのは滅亡だけ。
そう考えると、確かに超絶バグ利用者の俺が戦える状況で魔神竜を復活させた方が、勝機は高いと言えるだろう。
なので合理的な判断ではあった。
あったが……だがそこには、重要な要素が抜け落ちている。
――それは俺に、命かけてまで世界を救ったり、元の世界に戻ったりする気がないという事だ。
ある程度遊んだら元の世界に帰りたいってのはあるが、命かけて間ではなぁ……
復活が目前に迫ってるならいざ知らず、サミー婆さんによるとその兆しはないそうだからな。
誰が好き好んで世界の未来のために!
何てするかよ。
なので精霊の情報は完全に無駄。
なのだが、今の会話で一点に気なる部分があった。
それは――
「えーっとすいません。俺って神様によって召喚されたんですか?」
――神に呼ばれたという点だ。
まあ予想はしていたが、なんら決定的な情報はなかったからな。
基本的にゲームさえ楽しめればいいという思想ではある物の、俺だって何故この世界に呼ばれたのかは気になっている。
なので精霊がその辺りの事情を知っている様なら、聞いておきたい。
「ええ。神様以外では人間を世界の壁を越えて呼び出すなんて真似は出来ないから、まず間違いないわよ」
「その神様はどうして俺を呼び出したんですか?」
「さあ、私もそこまでは分からないわ。ただ一つ言えるのは……神様は相手の意思を無視して異世界の人間をこの世界に連れてきたりはしないって事」
「意思を無視しない?」
俺はその言葉に眉根を顰める。
OTLが好きだし、ゲーム転生的な物に憧れを持っていなかったと言えば嘘になる。
だがそれはあくまでも妄想の域を出ない。
まだ気軽に帰る方法があるならともかく、無理ゲーの先にしか帰還出来ないとか絶対お断りだ。
「自分は合意してないって顔をしてるわね」
「ええまあ、気づいたらこの世界にいたもんで」
「ふふ。さっきも言ったけど、神様は急に誰かを攫って異世界に放り込む様な真似はしないわ。だからあなたも確実に神様の意思確認を受けている筈よ。ただ覚えていないだけでね」
「覚えてない?」
普通に考えて、神様とのやり取りなんて忘れる訳ないのだが?
「神様は偉大な存在で、人の認知では把握できない存在よ。目にするだけで脳の許容量がいっぱいになってしまう程に。だからもし神様とのやり取りなんて覚えていたら、あなた今頃頭がクルクルパーになってるわよ」
「……」
見ただけで頭がクルクルパーとかやばすぎだろ。
どんな存在だよ。
いやまあ、神様なんだろうけど。
「だから意図的にやり取りの記憶が消されているのよ。貴方の意思を確認した後にね」
「あんまりオーケーしそうにないんですけど、俺」
記憶は消されている。
まあそれはいい。
だがそもそも、俺がオーケーするとは思えないんだが?
「なら、何か魅力的な条件を提示されたんでしょうね。前に来た子達は、何かを持ち帰ったって話だし」
前に来た者達。
それはまず間違いなくサミー婆さん達の事だろう。
精霊の言葉が事実なら、装備なんかを持ち帰れたって事になるな……
確かにそれは面白くはある。
けどそれで命を懸ける決断を下すかと言われると、はなはだ疑問なんだが?
「はい。情報はここまで。それじゃ弓を渡して頂戴。アップグレードさせてあげるから」
「神様の事とか、他の情報を教えて貰えると有難いんですが?」
「むーり。これ以上引っ張る様なら、武器のアップグレードにはもう応じないわよ」
「う……」
情報は欲しいが、武器のアップグレードが拒否られるのはつらい。
バグリンのレベル上げに必要だから。
「分かりました」
俺は情報を諦め、素直にを出し精霊に手渡す。
「ありがとうございます」
精霊がそれを何処かに仕舞い――多分インベントリかな。
そして同じ要領で出した弓を俺に手渡した。
「じゃ、私はこれで失礼するわね」
精霊が泉に沈んでいく。
まあ正確には、水面を境界とした異世界だが。
「あ、そうだわ。応援の意味も込めて、これを上げる」
姿が完全に消える直前、精霊が俺に何かを投げてよこした。
それは――
「通行証?って、ラング帝国への!?」
――ラング帝国への通行証だ。
ラング帝国。
それはOTLの次期大型アップデートで実装されると言われていた場所である。
どうやらこの世界には、ラング帝国がすでに実装済みな様だ。
いや実装済みっていうのもおかしいか。
ゲームじゃなくて現実の世界な訳だし、初っからあったって考えるのが正しい。
俺が気づかなかっただけで。
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