第55話 英雄

私の名はゴート。

幼いころ親に捨てらた私は、ハミール教に拾われ育てられた。


そして聖騎士の教育を受け、ハミール教で働く事50年。

その功績を認められた私は、聖騎士長の任を承わりその職に就いていた。


「隊長、それはどういう事でしょうか?」


「そのままの意味だ。我々聖騎士隊は竜牙兵の討伐に集中し、ドラゴンゾンビの相手はタカダに行って貰う」


地下の古代霊園の入り口に辿り着いた私は、聖騎士達に命令を下す。

本来の予定を変更し、ドラゴンゾンビの討伐を部外者であるタカダ・ユウジに一任し、我々はそのサポートに務めよと。


「何かお考えがあっての事と考えて宜しいのですね」


皆が私の言葉に戸惑う中、副官であるユーミットがそう聞いて来た。

彼女はまだ若干ではあるが、その能力の高さから副官に抜擢された優秀な女性だ。


「もちろんだ」


当然、これは目的あっての行動である。


「分かりました。なら従います。皆も聞いたな!この場での不服は赦さん!文句のある者は作戦終了後に申し立てろ!」


「「「了解しました!!」」」


副長から再度指示に従うよう強く命じられ、聖騎士達全員が敬礼と返事を返した。


神殿の地下霊園に現れたドラゴンゾンビ討伐の主役を部外者に渡すなど、プライドに傷がつく事だ。

だから当然彼らに不満はあるだろう。

それに対しては申し訳なくは思う。


だがこれは必要な事なのだ。

そう、世界の未来を守るために。


★☆★☆★☆★


――新生代の聖女が就任したその日、我らが神から一つのお告げが与えられる。


それは近い未来、世界に未曽有の危機が訪れるという物だった。

具体的な内容は示されていなかったが、ハーミール教はこれを重く受け止め、世界各国にその事を通達する。


だが、その事を真面に受け止める国はなかった。


ハーミール教はこの世界における最大主教ではあったが、国政に対して何ら影響力を持ち合わせていない。

神への信仰は、政治などの俗事に関わるべきではないというスタンスを貫ぬいていたためだ。

そしてそれが仇となり、各国は我々の警告を世迷言と流してしまう。


神の下した啓示は絶対である。

だが国々は動かない。

少なくとも何らかの被害が出るまでは。


この状況で素早く対応できるのは、危機に備えているハーミール教だけである。


そう、被害を少しでも抑える為には我々が世界の盾にならなければならないのだ。

その為なら命すらかける。

その覚悟の元、我ら聖騎士は過ごしていた。


そして異変の先触れとばかりに、神殿地下にある古代の霊園にドラゴンゾンビが出現する。


だが、アンデッドは我らにとって恐れるべき対象ではない。

不浄なる者との戦いは我らの得意とする所だ。

だからその討伐に問題はない、いや、無かったハズだった。


我らの予想に反し、霊園には竜牙兵と呼ばれる強力な魔物達まで湧き出していたのだ。


結局、ドラゴンゾンビを三部隊で討伐する予定だった我々は撤退する事になる。


無理をすれば討伐自体は出来ていただろう。

だがその場合、確実に被害が出ていたはず。

それを避け、増員して確実性を上げる為に撤退したのだ。


そして一旦戻った我々は1部隊を追加で再編し、再びドラゴンゾンビ討伐へと向かう事となる。


本来ならばもっと増員させたかった所だが、危機に対応すべく各地に配備した聖騎士達を神殿に集めてしまっては、何かあった時に対応できなくなってしまう恐れがあった。

だから少々厳しくとも、聖騎士隊4部隊で対処する必要があったのだ。


そんな我らの元に、聖女様から推薦された冒険者が一人加わる事になる。

その男の名はタカダ・ユウジ。

かつて聖女様を救ったとされる腕利きの冒険者だ。


まあたった一人ではあるものの、戦力が増える事は有難かった。

だが作戦直前に聖女様に呼び出された私は、とんでもない頼みごとをされてしまう。


それは――


「ドラゴンゾンビの討伐を、タカダ様に一任して頂きたいのです」


――とんでもない無茶な願いだった。


「聖女様、流石にそれは……」


いくら聖女様の頼みであっても、その様な頼みにイエスとは返せない。

ハーミール教の管理する場での事なのだ。

その討伐の主軸を部外者に頼るなど、あってはならない事である。


そもそも、ドラゴンゾンビは単族で倒せるような魔物ではない。

もしそれを本当に実行すれば、その若者を死なせてしまうだけだろう。


「タカダ様はいずれ世界を救う英雄となるお方です。ですので――」


聖女様は語る。

タカダが神に選ばれし存在であり、世界の危機が訪れた際その先頭に立ち皆を引き連れる英雄であると。


だが世界は。

そしてハーミール教は。

タカダという男を知らない。


なのでもしこのまま世界の危機が訪れ、彼と共闘する事になった場合、色々な弊害が起きてしまうだろうと。


「なるほど……おっしゃる事はよく分かりました」


聖女様の言う通りタカダが神に選ばれし英雄だったとすれば、世界の危機に際して我ら聖騎士と肩を並べ戦う事になるだろう。

だがその際、我々聖騎士が彼の事を信じ、背中や命を預けられるかという問題が湧いて来る。


もちろん無理だ。

聖女様の推薦とは言え、どこの馬の骨とも分からない者を信じ命を預けろというのは無茶な話である。


当然そうなれば、連携や戦術には問題が出て来るだろう。

本来なら出来る事が出来なくなり、助けられる命を救えず、また、戦いで失わずに済む命を増やす事になりかねない。


だから早いうちに証明する事を望んでいるのだ。

聖女様は。

来るべき時をより万全な状態で迎える為に。


「分かりました」


その判断は合理的な物だった。

故に私はその頼みを受け入れる。


「ですが……本当にタカダという男はドラゴンゾンビを単独で倒せるのでしょうか?」


聖女様はタカダの強さに確信をもっている様だったが、相手はこの世界でもトップクラスの強さを持つ魔物だ。

普通に考えれば、単独で倒す事など出来る筈がない。

対アンデッドに関しては世界最高峰を誇る我ら聖騎士隊であっても、二部隊――二十人程は必要となる化け物である。


なのでタカダが本当に英雄たる資質を持つ人物であったとしても、流石にそれは無茶と言わざるを得なかった。


「問題ありません。あの方は本当にお強いですから。それに……それぐらいの力を示せなければ、聖騎士隊の方々も信頼できないでしょう?」


「わかりました」


聖女様は、タカダの勝利を心の底から信じている様だった。

その根拠の程は定かではないが、ハーミール教唯一の存在である彼女がここまで信頼を寄せるのだ。

ならばその力の程を、とくと拝見させてもらうとしようか。


「ありがとうございます。あ、戦術の変更は出来れば……」


「心得ております」


事前に通達すれば、大司教様やその他司祭の方々の耳に入りかねない。

そうなれば確実に反対されてしまうだろう。

なので、作戦の変更は直前に通達する。


「では、私はこれで失礼します」


「よろしくお願いします」


墓地霊園のドラゴンゾンビ討伐に向かった私は、聖女様の願い通り討伐作戦の変更を皆に伝える。

この戦いで、英雄たる者の力を見定めるために。

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