第2話 犬と猿に会いました
歩くこと
「わんわん。どこに行くのですか?」
「君は……」
「はい、ボクは犬です! お腰につけたきび団子。一つ、ボクにくださいわん!」
わんわんと言うからには、犬なのだろう。本人も犬だと自己申告しているし……。僕のイメージにある犬とは、だいぶ違うけれど。
彼は二本足で立ち、着物を着ている。顔は人間そっくりだが、両頬から長い髭がぴょんと三本生えており、頭の上には栗色の犬耳が揺れている。
お地蔵様『わんこ男子、かわいいねぇ。私の昔の性癖は、動物化だった』
お地蔵様の姿がないにもかかわらず、声が聞こえる。さすがは、慈悲深い御方。僕を見守ってくださっている。
僕はきび団子の入った袋を、手で隠した。
「悪いけれど、きび団子はあげられない。これは鬼退治に行くために、おばあさんが作ってくれたものなんだ」
「だったら、ボクも鬼退治にお供しますわん!」
「仲間になってくれるのは嬉しいけれど、命を落とす危険がある。連れていけないよ」
犬は腰に両手を添えると、「わんっ!」と胸を張った。
「ボクは熊狩り犬。黒カブトという、人間を何十人も殺めた凶暴な熊を倒したことがあるわん!」
「えぇーっ、詳しく教えて!」
「黒カブトの背丈は三十三尺。急所である喉仏を狙っては、叩き落とされてしまう。真っ向勝負では勝ち目がない。そこで、ボクは考えたわん」
「ほうほう」
「黒カブトの足の指を食いちぎる! 足の指は、重心をとる役割をもっているわん。一本でも指が無くなれば、重心が崩れる。重心の乱れは、戦いや逃亡において不利益を生ずるわん。そういうわけで、ボクは相手の足の親指を食いちぎった。案の定、黒カブトの能力が低下し、倒すことに成功したのだわん!」
「君って賢いっ!!」
僕は喜んで、犬をお供にすることにした。
「さて、約束どおり、きび団子を……」
「うっきー!!」
木を伝って、猿がやってきた……と思う。
お地蔵様『桃太郎くん、自信をもって! 猿で間違いないから!!』
「でも、人間が猿の着ぐるみを着ているようにしか見えません」
お地蔵様『猿顔って、滑稽でしょう? ブロマンスの世界といえども、イケメンじゃないと盛りあがらないわけよ。そこで、筋肉マッチョ男に猿の着ぐるみを着せてみたわけ。どうよ⁉︎ ギャップに萌えて、鼻血が出るレベル!!』
「おっしゃっていることが、わかりません」
お地蔵様は、人智を超えた存在だ。凡庸な僕には、お地蔵様の深い心を読み解くことはできない。
猿は木から降りると、犬の頭に手を置いた。
「姿が見えないから心配したぜ。こいつは誰だ?」
「桃太郎さん。ボクは桃太郎さんにお供して、鬼退治に行くわん」
「鬼退治っ⁉︎ 俺も一緒に行くよ」
「ダメだ。ボク一人で行く。猿くんは村で待っていて」
「なんでだよ⁉︎ 俺たち、一緒に戦ってきた仲間じゃないか!」
お地蔵様が『キュン』と感激の声をあげた。
僕には意味がわからない。お地蔵様がなぜ喜んでいるのか。犬と猿がどうして、言い争っているのか。
「俺も行く!」
「ダメだわん! ついてくるな!!」
「どうしてだよ! 俺じゃ、役に立たないからか? 確かに、おまえと比べたら弱い。だけど、俺だって特訓している。鬼ぐらい倒せる!」
「熊と同じに考えるな! 鬼は金棒を持っている。金棒に当たったら、肉が砕けるという噂だ!」
「だったら余計に、人数が必要だ。一人より二人。二人より三人のほうが、鬼を倒せる。桃太郎さん、俺もお供にしてください!」
「う、うん……」
「なんでわかってくれないんだよ!」
犬が悲痛な声をあげた。
「猿くんは黒カブトの攻撃をくらって、生死の境をさまよったじゃないか!」
「だけどそのおかげで、犬くんはヤツの足の指を食いちぎることができた。俺、引きつけるのがうまかったろう?」
猿はヘラヘラっと笑った。犬は顔を背けた。拳がわなわなと震えている。
ようやく、話が見えた。犬と猿は、熊を倒す仲間。凶暴な黒カブトを倒すことができたのは、猿の犠牲があったから。
僕は、犬と猿の間に割って入った。
「君たちの気持ちはわかった。大切な仲間なんだね。だったら三人で、鬼退治に行こう」
「桃太郎さん⁉︎」
心配顔の犬に、僕は微笑んで見せた。
「大丈夫。生きて帰ってこられる。自信があるんだ」
僕はこの物語を知っている。鬼を退治し、お宝を船に乗せて帰ってくるんだ。
そのお宝、どうするんだろう?
お宝は人々から奪ったもの。被害届が出ているか、確認したほうがいいだろう。できれば、持ち主に返したいものだ。
お地蔵様『真面目だねぇ。生きていたら、いい警察官になったと思うよ。それにしても、男同士の熱い友情って最高!! 女同士の友情も、もちろんいいけどね。友達の旦那が浮気症でさ、偽メールを使って成敗したことがあった。あれは愉快であった。くくくっ……』
お地蔵様は慈悲深い御方なのに、なぜか、悪代官みたいな笑いをした。
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