おとぎ話にブロマンスを添えてみた
遊井そわ香
第1話 桃から生まれました
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。
おばあさんが洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこ。桃が流れてきました。
「まあ、大きな桃だこと。拾って帰って、おじいさんと食べましょう」
おばあさんは、桃を家に持って帰りました。
山から帰ってきたおじいさんは、大きな桃にびっくり。
二人はさっそく、包丁で桃を切ろうとしました。すると、桃がパカっと割れました。
「おぎゃあ〜おぎゃあ〜」
「桃の中に赤ん坊がおる!」
「なんてことでしょう!」
「こりゃ、元気な子だ。桃から生まれたから、桃太郎だわい!」
子供のいない二人は大変に喜び、自分たちの子供として育てました。
桃太郎はすくすくと大きくなり、立派な少年になりました。
◇◆◇◆
僕は、おじいさんの代わりに柴刈りに行くようになった。
山からの帰り道、僕は首を傾げた。
「この世界、知っている気がするんだよね。鬼退治に行くような? しかし普通に考えて、桃から生まれるって変じゃない? 僕はどうやって桃の中に入ったんだろう? それにどうして、鬼退治に行かないといけないんだ? 鬼退治なんかしたくない」
女の声『いいから、やって!』
「ん?」
僕はあたりをキョロキョと見回した。
雲雀が鳴き、田畑では村人たちが働いている。のどかな春の風景。
「気のせいか」
僕は柴を背負い直した。
最近。村人たちは僕を見ると、鬼が財宝を奪い、人々を苦しめているのだと訴える。
今もまた、道で出会った老夫婦が懇願してきた。
「桃太郎殿。どうか鬼退治をしてくだされ!」
「各村に自警団を作ってはいかがでしょう? 守備を固めるのです。村の周りに高い柵を巡らし、
「そういうことじゃないんだな」
老夫婦はがっかりしたように、力なく首を横に振った。
女の声『うんうん。そういうことじゃないのよね』
「ん?」
僕の目の前にいるのは、年老いた夫婦。それなのにどこからか、女の声が聞こえる。いったいどこにいるんだ?
「若い女の声がしませんでしたか?」
「はて? わしにはなにも」
「あたしも聞こえませんよ」
老夫婦にとぼけた様子はない。
僕は「空耳かもしれません」と言うと、会話を切りあげるために会釈をした。
老父婦の「鬼退治に出かけてくだされー!」との悲痛な叫びが、僕の背中にかけられる。
僕は歩きながら、腕を組んだ。
「まずは、自衛手段をとったほうがいいと思うんだよね。戦うのは最終手段。平和的生存思考を働かせるべきだ」
女の声『あんたのその真面目さ。異世界の住民になっても、変わらないのね』
「ん?」
僕は上下左右、くまなく見回した。誰の姿もない。いや、言い切ってしまうには語弊がある。正しくは、人間の姿はない。
松の木の下に立っているのは、赤い前掛けをかけたお地蔵様。
「もしかして……お地蔵様が話しています?」
女の声『ええっ、お地蔵様⁉︎ ぷぷっ、かっわいい! そうそう、私、お地蔵様。桃太郎くんの日頃の行いがいいから、感心して話しかけているっていうわけ。立派な少年に育ってくれて嬉しいよ!』
「ありがとうございます」
お地蔵様にしては、軽い話し方をするものだ。だが、僕の両親は信心深い。そんな両親に育てられた僕も、神仏を敬う気持ちが強い。
そういうわけで、お地蔵様に向かってありがたく手を合わせた。
女の声、改めお地蔵様『ところで、桃太郎くん。あなたは、鬼退治に行かなければなりません。仲間たちが待っている。あなたが動かなければ、物語は進まないのです!!』
「物語?」
お地蔵様『物語っていうのは、えぇっと、つまり、なんだ? えーっと、同人誌、と言うわけにはいかないか。あぁ、そうだ! 人は誰でも、自分の人生の主人公! 自分だけの物語を持っているのです!!』
「そうなんですか?」
お地蔵様『そう! 君の人生は、鬼退治なしでは進まないのだよ!!』
「でも、僕には鬼退治できる力などありません。ただの木こりですし……」
お地蔵様『それがあるのだよ! 私がそのような漫画を描いたからな。ワハハっ! そういうわけで、力をいかんなく発揮してくれたまえっ!!』
「お地蔵様、話し方が変ですよ?」
お地蔵様『ごめんごめん! 車が崖から落ちて魂が吹っ飛んだと思ったら、昔、出来心で描いた同人誌の世界に弟といるなんてさ。びっくり。あっ、なんでもない! 気にしないで!』
「よくわかりませんが、とりあえず、僕は鬼退治に行けばいいんですね?」
お地蔵様『そのとおり!! さすがは桃太郎くん。賢いっ!!』
そういうわけで、僕は家に帰ると、おじいさんとおばあさんに鬼退治に出かける話をした。
引き止められると思ったが、おじいさんとおばあさんは笑顔で賛成してくれた。
「立派じゃ! 旗とハチマキを作ってあげよう!」
「桃太郎、頑張りなさいね。きび団子を作ってあげましょうね」
「本当にいいのですか? 鬼に殺されてしまうかもしれないのですよ?」
「おまえなら立派にやれる。人々にために力を尽くすのじゃ!」
「ありがとうございます! 僕、頑張ります!!」
こうして僕は、鬼退治に出かけることになった。
翌朝。おじいさんが作ってくれたハチマキを額に巻き、背中には「日本一!」と書かれた旗を背負う。
おばあさんが作ってくれたきび団子を入れた袋を腰に結えると、出発の挨拶をする。
「行ってまいります!」
「頑張っておいで!」
「しっかりねぇ!」
こうして僕は、大好きなおじいさんとおばあさんに見守られながら、村を後にしたのだった。
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