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 康平は事務所の中に入った。事務所は明治時代に建てられた古い建物だ。だが、民宿になった時にリフォームされていて、外観とは裏腹に新しそうな内装だ。


「これが民宿?」

「ううん。ここは事務所なんだ」


 康平は見渡した。なかなかいい場所だな。だけど、こんな山奥で、やっていけるんだろうか?


「改装したの?」

「うん。ここは駅舎だったんだ」

「へぇ」


 茂夫はそことは別にある建物を指さした。そこには大きな建物がある。


「で、あそこが宿泊所」

「これは何の建物?」

「これ? 駅の詰所だったんだよ」


 康平は驚いた。こんな山奥に、こんなに多くの鉄道員が働いていたとは。賑わっていた頃は、多くの人が働いていたんだろうな。


「SLが走っていた頃には多くの駅員がいたんだけど、SLが走らなくなるとここは廃墟になったんだよ。お父さん、一生懸命改装して、ここを宿にしたんだよ」


 この詰所が使われたのは、開業からSLが通らなくなるまでだ。


「そうなんだ」

「こんな山奥だけど、昔は駅だったと知って、たまに鉄道オタクがやって来るんだ」


 ここの利用者は、山登りをする人の他に、鉄オタがやって来る事もある。そして、鉄道模型で遊んだり、駅跡を散策している。


「あとは?」

「うーん、ハイキングに来る人ぐらいかな?」

「そんなにいないんだね。収入はよくないの?」


 康平は気になった。こんな所で宿を開いて、収入はあるんだろうか?


「うん。だけど、大変な時はこっちが支援してやるからさ」

「ありがとう」


 康平はほっとした。やっぱり茂夫は友達だな。


 と、康平は事務所に飾られている白黒の写真が気になった。SLが行き交っている写真だ。


「これが、昔の駅の写真?」

「うん。ここは急勾配の途中にあったので、本線とは別に線路を敷いて、行き止まりの駅を作ったんだ。そういうのを、スイッチバックって言うんだ。だんだん数を減らしてきてるけど、そういうのが好きな鉄オタがいるんだよな」


 スイッチバックは、険しい斜面を上り下りするために、ジグザグに敷かれた線路だ。ここにあった板沢駅は通過型のスイッチバックの駅で、駅に停まらない列車は駅に入らずにそのまま通り過ぎてしまう。


「ふーん」

「SLはここで給水などを済ませて、あそこの引き込み線に入って、その先に向かったんだよ」


 茂夫の見た先には、給水塔がある。給水塔は朽ち果てていて、いまにも崩れそうだ。だが、定期的に補修を行っているようで、SLが走っていた頃の面影を今に残している。


「全く興味がわかない?」

「うん」


 ふと、茂夫は孝蔵の事を思い出した。孝蔵は鉄オタで、鉄道の話をしだすと止まらないぐらいだ。それぐらい、鉄道が好きなんだなと、誰もが感心していた。


「あんたの父さんは鉄オタだったよなー。鉄道模型が好きで、この隣にジオラマを作ってたんだよ。今は僕らがボランティアでメンテナンスをしてるけど」

「ちょっと、見ようかな?」

「いいよ」


 茂夫は康平をプレハブ小屋に案内した。どうやらここにあるようだ。父が作った鉄道模型って、どんなのだろう。見てみたいな。


 茂夫は隣にあるプレハブ小屋にやって来た。ここにはNゲージのジオラマがあり、その中には全盛期の板沢駅を再現した部分もある。その広さを見て、康平は驚いた。自分は製造業をしていて、手先は器用だが、こんなにできるとは。まるで小さな世界が広がっているようだ。


「これが昔の駅?」

「うん。これが全盛期の頃の構内なんだ」


 これが板沢駅の全盛期の頃なのか。その風景をしっかりと再現している。また今度、いろいろと見て回りたいな。


「こんなに広かったんだね。そしてこれが民宿?」

「そう。これが詰所だった頃の民宿」


 康平はそれを食い入るように見ていた。ここは全く変わっていない。それに、朽ち果てた給水塔が、使われていた頃はこんな姿だったとは。誰が廃止になるのか、こんなに朽ち果てるのか、予想しただろうか? だけどそれは、日本の発展のためなんだろうな。


「これが駅?」

「うん」


 駅は2面2線の対向式で、本線は別に設けられている。駅の先には、トンネルがあるが、途中で途切れている。引き込み線を敷くために、ここだけ掘ったと思われる。


「こんな時があったんだね」

「もうこんな過去は戻ってこない・・・」


 茂夫は寂しそうだ。SLも、ここに発着する列車も、もう来ない。だけど、ここにその面影を残していくんだ。


「ここを中心に、都会の風景も、そしてここの風景もあるんだよ」

「へぇ。こんなに作ったなんて、すごいね」


 別の場所に目を向けると、都会の風景が広がっている。複線や複々線の高架線が敷かれていて、まるで東京の風景を見ているようだ。康平は東京で暮らしていた頃を思い出した。


「うん」

「ここは有料なんだけど、宿泊者は無料で見れるんだ。鉄オタはじーっと見てるんだよ」

「楽しいのかな?」


 康平には、その楽しさがあまりわからないようだ。


「うん。好きでやってる人もいるからね。僕はやらないけど」


 茂夫は鉄道模型を眺めていた。康平はこんな場所に住んでいたんだな。どんな日々だったんだろう。楽しかったんだろうか?

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