第3話 あんたさ、起きてくるの遅くない?

 隣に住んでいる姶良家との夕食を終わらせた後、有真理久ありま/りくは自分の家に戻ってきていた。


「理久。久しぶりに姶良さんと食事してどうだった? 楽しかった?」

「別に」


 理久はため息交じりに返事を返す。


「別にって、そんな事はないでしょ。それと学校ではどうなの?」

「どうって、別に……」


 自宅リビングにいる理久はソファに座ったまま、母親に返答していた。


 母親は家に戻ってきてからも就寝前の後片付けをしていた。


「理久、さっきから別にばかりで。姶良さんとはどうなのって事」

「それは……そこまで関わりはないけど」

「どうして? 姶良さんの美羽ちゃんとは同じクラスなんでしょ? 少しくらい挨拶したりとかは?」

「まあ……学校では……」


 理久は嘘をついた。

 普段、学校では殆ど関わりがないとは流石に言えなかった。


「そう。でも、昔からの仲なんだから大事にしなさいよ。理久は高校生になってから全然友達も連れてこないし。お母さんは心配してるの」


 母親は一旦後片付けをしていた手を止め、ソファにいる理久を見ていた。


「なんで?」

「だって、これから社会人になって、上手く人付き合いをやっていけるか不安で」


 母親は困った顔をしていた。


「別に、それはお母さんには関係ないって」

「関係ないって事はないでしょ。せめて、姶良さんとは仲良くするようにね」


 理久は今日、姶良家で起こった事を思い出し、深く考え込んだ顔を浮かべながら無言になっていたのだ。


「それと、お母さんは明日朝早くから仕事だから、もう休むから」

「うん」

「電気は消してから休むようにね」

「わかってる」


 理久は母親の方を見ることなく、ただ頷く。

 片づけを終わらせた母親は、リビングから立ち去って行くのだった。






 理久は深夜頃、自宅二階の自室にいた。

 今日の出来事を振り返りながら、ベッドで横になっていたのだ。


「……あの二人と仲良くか」


 昔のように、あの二人と友達のような関係になれるかはわからない。

 今では、姶良家の姉妹からは恋愛的な意味で、どちらと付き合うか問われている最中だった。

 どっちを選ぶかと言われても選びづらい。

 片方を選んだら、もう片方は振らないといけないのだ。


 普通に考えて、双子の姉である姶良優羽あいら/ゆうと付き合った方が楽しい生活を送れると思う。

 妹の美羽と付き合った場合、何をされるかわからないからだ。


 姶良美羽あいら/みうからは、姶良家を出るまで他人に聞かれない程度の声で、変態と耳元で嫌みったしく言われ、それが嫌だった。

 がしかし、美羽の方を振ったら、後々恨まれそうで振るという判断を下すのには早い気がしていた。


「まあ、明日はゲームをする予定だったけど、それは無理か……」


 明日の土曜日は、双子姉妹とデートをする事になったのだ。


 いきなり予定が狂ってしまい、少し不満だった。が、今日の夕食の時、あの双子から敬遠されているわけではないと知り、それだけが心の救いになっていたのだ。


「もう休むか」


 理久はリモコンで自室の電気を消し、零時半を少し過ぎた時間帯に眠りにつくのだった。






 朝。太陽の光が自室に入ってきていた。


 理久は、その眩しさを目元に感じながらも軽く瞼を開く。

 ベッド近くにかけられたカーテンは、外の日差しを受け輝いていた。


「というか、今何時だ? 七時半か……丁度いいくらいだな」


 理久は近くにあったスマホを片手に時間を確認し終えると、ベッドで上体を起こし、背伸びをする。

 それから立ち上がり、自室の扉を開けた。


「ん?」


 何やら声がする。

 その声は外からでもなく、同じ二階からでもない。

 家の一階方面から、薄っすらと聞こえてきていたのだ。


「でも、今日、お母さんは仕事でもういないはず」


 理久は階段を下り、リビングへ向かうと、その扉を開く。ソファに誰かがいる事に気づいた。


 ん……?


 一瞬、寝ぼけているかと思い、理久はその場で瞼を擦る。

 しかし、ソファに座っている二人の後ろ存在が消える事はなかった。

 見間違いではないらしい。

 はたまた、夢でもないようだ。


「というか、変態。まだ起きてなかったの?」


 二人いる内の一人がソファから立ち上がり、理久の方を振り向いて、強気な口調で指摘してきたのだ。

 それは双子の妹である美羽だった。


 朝っぱらから大きな声を出されると、耳に物凄く響く。


「あんたさ、いつもこんな時間に起きてるわけ?」

「そ、そうだけど」

「ふーん、だからいっつも遅く学校に来るのね」


 美羽は、リビングの入り口近くにいる理久の近くまで歩み寄って来た。


「しょうがないだろ。そもそも、そういうのを美羽に言われる筋合いはないから」

「は? あるから」

「なんで?」

「なんでって、これから付き合っていくのに、だらしがなかったら、私の印象も悪くなるでしょ」


 美羽は腕組をして、ムスッとした顔を浮かべていた。


「え、ま、まあ、そうかもな」


 美羽は元から気が強く、他人から誤解されることが多い。だから、あまりよい印象がなかったりする。


「なに、その目は?」


 美羽からジト目を向けられた。


「な、なんでもないから」

「もしかして、私の事、心の中でバカにしてた?」

「全然、そんな事はないけど」

「あっそ」


 な、なんだよ。


 朝から、美羽と関わることになるなんて――

 それが嫌だから、朝早くに学校に行きたくないんだよ。


「おはよう、理久」


 ソファから立ち上がった優羽が話しかけてきた。


 姶良家の姉の彼女は笑顔で、理久と向き合ってくれている。

 優羽の笑顔は天使のように思え、美羽に傷つけられた心の後が解消されるようだった。


 優羽は二人がいる場所まで歩み寄ってくる。

 彼女は歩くだけで、その胸が少し揺れていた。

 それは間違いではなかったのだ。

 それに比べ、美羽の方が小さい気がする。


「美羽も、そんなに激しく言わない方がいいよ。理久に嫌われるかもよ」

「は? そんなわけないじゃない。ねえ、私のこと嫌いじゃないわよね?」


 美羽が理久の顔をまじまじと見つめている。


「え……」

「ね、嫌いじゃないよね」


 これ、どういう風に返答すればいいんだ?

 むしろ、ここで本当の事を言った方が……。


 だが、変に恨まれるのも嫌だった。


 朝っぱらから変に争いたくないのだ。

 ここは冷静に判断を下そうと、朝起きたばかりの理久は、その結論に達していた。


「普通だから」

「普通って、なに?」

「き、嫌いでは、ないってこと」


 理久は比較的大きな声で返答しておいた。


「嫌いではないって事ね」


 なぜか、美羽は嬉しそうに口元を緩ませていた。


「どうかしたか?」

「別に、なんでもない。それと、一応、変態のために、朝食を作っておいたから。それを食べなさいよね」


 美羽はいつも通りに、つんけんした態度に戻る。


「朝食? 作ってくれたのか?」

「そうよ。感謝して食べなさいよ」


 美羽の視線は、リビングの長テーブルへと向けられてあった。

 理久は、そこにおかず二品が置かれてある事に気づく。


「あ、ありがと」


 美羽にはいいところがあるのだと思いながらも、その場所まで向かう事にした。


 どんなものかと思い、テーブルに置かれた料理を見やる。


 二品とも、唐揚げであった。

 がしかし、一つが良い匂いのする唐揚げ。もう一つの皿にのっている唐揚げからは、薄気味悪いダークマター系の色が放たれ。味付けを間違えたのではと思うほどの匂いが、それからは漂っていたのだ。


「二人で、それぞれ作ったの。私、ご飯とお味噌汁を用意してくるね」


 ――と、優羽が理久の背後を素通りしながら一言話し、リビングからキッチンへと向かって行く。


 理久はその天国と地獄のような料理を前に、絶望を感じ始めるのだった。

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