物語の主人公

@no_0014

温故知新

 じいちゃんは、未だに手書きで小説を書いている。

「忠邦、温故知新じゃ」

 でた。じいちゃんは口癖のように僕にそう言ってきては、書き終えた小説を渡してくる。

「じいちゃん、温故知新って調べたけど、古いものをもう一度学び直して、新しい知識を得るんじゃないの? 僕がじいちゃんの書いた小説をインターネットの小説投稿サイトに打ち直すのはなんか意味が違くない?」

「わしはそいつのことはようわからん」

スマートフォンを差して怪訝な顔をして見せてきた。

「だから知るために……てか、これ案外大変なんだけど。じいちゃんの小説長いし。文字打つの面倒」

「わしは誤字をしたら、1ページ丸々書き直してるぞ?」

 僕が言い終わる前にじいちゃんマウント。そりゃあ大変なことで。

「小説投稿サイトじゃなくて、せっかく苦労して書き上げたんだから何かの賞に郵送で応募するとか」

「賞に興味はない。忠邦、頼んだぞ」

 有無を言わさないじいちゃんの得意技。頼んだぞと言ったらじいちゃんは縁側で寝転がり昼寝を始めてしまう。


 そんなこんなで続けていたら、僕の学校の国語の成績はかなり良くなっていた。だけどじいちゃんは、僕が褒められたことを話す前に、行方不明になった。

 散歩に出かけると言ったきり帰ってこなかったらしい。帰宅してすぐにじいちゃんを探していた僕に姉がそう言っていた。

 僕の家庭環境は複雑で、僕にとってはじいちゃんだけが唯一の理解者だった。いつも一緒にいれる時は一緒に過ごした。散歩だっていつもは、待っていてくれてたのに。


 じいちゃんの行方がわからなくなって数年が経ち、僕が高校生になった頃、僕の小説、もとい、じいちゃんの小説を投稿していたサイトでじいちゃんの小説が好きで楽しみにしていたという友人ができた。そしてそれが更新されなくなったことで、僕が投稿していたのを見つけ出して声をかけたという。

 どちらかというと、田舎町の森に潜む妖怪やら村で起きた殺人やらを少年が冒険するように推理していく小説が多かったじいちゃんのことを話すと、友人が驚いたように目を見開いて、「忠邦、じいちゃんの小説をもう一度ちゃんと読み返してみろ」とだけ言われた。


 僕は内気で友人も少ないため、彼の迫力に圧倒され、家に帰るとすぐに数年も放置していた小説投稿サイトを開いて、じいちゃんの小説を読み返した。

 読んでいくうち、あの時はなんとも思わなかった小説の中にちりばめられている無数の行方不明になったじいちゃんの痕跡を見つけた。

 この小説にはじいちゃんが居なくなるまでの全てが書かれていた。ひとつひとつの作品の中にほんの数か所ずつ。主人公の少年が、疑問に思う点を考えながら解決に導いていく冒険の中に。


「忠邦、どこ行くの?」

「じいちゃんを探しに行ってくる」

「え? 何言ってるの?」


 小説を全部読み終えて直ぐに僕は支度をしてじいちゃんの手書きの小説を鞄に入れ、姉に引き留められつつも半ば強引に家を飛び出した。


「じいちゃんは生きている」


 そう確信を得た僕は、じいちゃんが書いた小説以降の物語を解き明かすための新しい冒険を始めた。

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