第一部「妖艶の宴」第1話(完全版)
大丈夫だよ
もう少しだからね
もう少しで外に出られるの
だからもう少し我慢しようね
もう少しだけ
もう少しだけ
そして
私たちの時が
☆
その地方の一番の地主、
五代目当主、
先代が
それは身内が犯罪を犯しても揉み消せる程のものだった。
表向きの事業の中心は綿花の栽培と服飾生地の製造。時代はまだまだ和服が主流の時代。それに加えて洋服の広がりも大きく、取引業者は無数に、それでも更に増え続けた。同時にアヘンの製造と密売で
そんな頃、
当時二九才だった
「今夜は珍しいな。こんな早い時間にお前が家にいるとは…………」
いつもの
「丁度いい機会だ……いい加減お前にも
何度も聞かされたそんな言葉に、
「所帯を持て。相手ならいくらでも探してやる。お前が出入りしているような店では、まともな相手が見付かるとも思えん。しかもお前はワシの一人息子だ…………」
畳み掛けられる
「俺に兄弟がいないのは父親のあんたのせいだろ? あんたが女遊びに忙しかったからなんじゃないのか?」
すると、
その音に、途端に空気が張り詰める。
それでも
「街では有名な話だ。
口元に笑みを浮かべた
ヨシは顔色も変えずに湯呑み茶碗を静かに両手で持ち上げるだけ。
「どうせお袋は最初から愛情なんてなかっただろうけど」
「お前は……」
慌てたように
「女というより
「あんたに言われたくないよ」
そう返した
そして重い声。
「……お前を殺して事が済むならすでに殺しとる…………さぞスッキリとするであろうな。戦国の世なら裏山に埋めれば良かっただけのこと…………」
その
「親が子供にそんなことを────」
反射的に出た
「子供だと? ワシはお前と同じ人間ではないぞ。親子であっても別の生き物だ。別の生き物なら殺せるではないか。お前はワシを殺せないのか?」
口角の上がった
そのまま、
「自分で嫁を見付けられないなら……強引にでも話を進めるぞ」
それからおよそ一週間。
まだ日中から、
そしてこの日は
視線の先にある店は、この街の
そしてその店には、
もちろんお気に入りの
そして、ウタの〝
やがて店を張っていた使用人の情報で、ウタが週に二度ほど病院に通っていることが分かる。
いつもの
運転手は一人。
他に付き添いは誰もいない。
その日、いつものように店の裏手に停まった車にウタが乗り込もうとした時。
声を上げる暇もない。
ドアの側に立っていた運転手が、使用人の男と揉み合う。
やがて怒号が飛び交った。
まだ昼を過ぎたばかり。
周囲が
明らかに異質な空気。
やがて使用人の男が運転席に乗り込み、ウタを体全体で押さえ付ける
「────出せっ‼︎」
その目には、震えと迷いがあった。
そこは
そのまま
その裏山は
しかし、
「馬鹿者が‼︎ 街は誘拐騒ぎだ‼︎ お前が置き去りにした使用人が逮捕されないとなぜ思った‼︎」
警察の上層部に
ウタのいた店にもかなりの額を積んだと噂が広がる。
そしてそれは、嘘ではなかった。
そんな
それから、
その時の欲望だけ。
いつの間にか、
使用人に食べ物や
ウタの目は、日に日に
そのまま月日が流れ、およそ半年。
ウタが妊娠していることに
まるで
「
毎日のように浴びせかけられる
その日の夜も、
いつものように怒りをウタにぶつけようとしていた。例えそれが間違っていたことだとしても、その毎日が
いつも
そして、
力の限り使用人を殴りつけ、周囲の〝何か〟を持ち上げ、それを振り下ろしていた。
やがて、使用人はその体の原型が崩れるほどにボロボロに、いつの間にか息絶えていた。
だらしなく体を開いたままの隣のウタの目には表情が無い。
まるで生きているとは思えない顔のまま。
「………………
すでにボロボロとなっていたウタの体は
ウタの血があちこちから
ウタの冷たい肌とは違い、なぜかその血と内臓は温かい。
「────
恐れ
台所の裏口に立ち尽くす
そして
〝
「誰か……
そして別の使用人一人を従えてヨシは
そして、ウタと使用人の遺体を別邸の裏に埋めることを数人の使用人に指示する。
その日の内に、話はヨシから
「
誘拐から殺人へと発展した実の息子の罪を〝遊び〟という言葉で
まるで、
翌日、
そして
それはヨシの指示。
しかしそれ以来、
二年後。
☆
一週間の外泊が終わり。
その道中での
「つまり、お金持ちってこと?」
昼過ぎに家に着くなり冷凍していたカレーを鍋で温めながら、
「うん。それは間違いないみたい。地主って言うの? そんな家だと思うよ」
「よくそんな所から仕事取ってきたねえ。さすがみっちゃん」
そう返す
〝みっちゃん〟とは二人に裏の仕事を斡旋してくれている人物。その人物から
しかし
「今回は違うの。ヨウちゃん」
「ヨウちゃん?」
「
「……ああ……いたね。ヨウちゃん。まだ働いてたんだ」
「何言ってるのよ。あれでも今じゃ酒屋の専務なんだよ」
地元では
もちろん
「社長入れて従業員が五人くらいだっけ?」
「小さいけど老舗の酒屋なんだよ。で、そのヨウちゃんが昨日の配達の時に相談してきてね」
「あれ? 彼って私たちのこと…………」
今回はいつもの〝元締め〟を経由しない初めての仕事。
それを自ら持ってきた
「まさか。困り果てて誰か相談に乗れる人知らないかって聞かれたの。なんでもお馴染みさんのお屋敷らしいんだけどね…………」
「いい感じの響きだねえ。
そして返した。
「でしょ? そのお屋敷の奥さんから相談されたんだって…………誰かお
「そんな大きなお屋敷なら、神社とかお寺とか行けばいいのに」
「……つまりさ……何か…………訳ありってことなんじゃない?」
カレーと共に二人がテーブルにつくと、
「いい感じの響きだねえ……訳あり」
そう言った
それを見ながら
「でしょ? ドレッシングはかけ過ぎだけど」
「オリーブオイルは大丈夫だよ」
「ポン酢も塩も胡椒も入ってるでしょ。もう若くないんだから塩分は控えないと」
「へいへい」
適当にそう応えながら、
そして続けた。
「その塩分の話って結構怪しい情報みたいだけどね」
「どんなものも取り過ぎていいってことはないでしょ?」
「この水菜を来年はレタスにするぞ」
──……これを可愛いと思っちゃう私も悪いんだよねえ…………
そんなことを思いながら、
「その奥さん曰く、その家は呪われている…………ということらしいの。ヨウちゃんはその家のことは地主ってことしか知らなかったらしいんだけど、酒屋の社長────ヨウちゃんのお父さんね────に聞いてみたら〝あまりあの屋敷には関わらないほうがいい〟と先代から聞かされていた、ということみたい。気になるでしょ?」
「いい感じの響きだねえ」
「でしょ? じゃ、来週の日曜日に迎えに来るので今日は私は帰ります」
そう言ってロールパンを千切る
「なんで⁉︎ 泊まって行かんのかい⁉︎」
「昨日まで一週間も私の部屋に泊まり込んだでしょ。おかげで
「喜んでたくせに…………」
そう言いながらニヤニヤとした笑みを浮かべる
「毎日は……しなくてもよかったでしょ」
「最終日は
「分かった────分かった────分かったから、泊まるから来週はそのお屋敷に話を聞きに行くってことでいいわね」
「仕方ないなあ
すると
「久しぶりに稼げそうだから、カレーお代わりしよっかな」
──……手に負える仕事ならいいけど…………
もちろん
それでも
しかし、世の中には事実として不可解なことは存在する。それを心霊現象で片付けてしまうことは簡単だ。そして
それでも
それだけが、
☆
一週間後。
日曜日。一四時。
待ち合わせ場所は市街地からだいぶ離れた静かな駅だった。
周囲に大きな建物は無い。
隣に駐車場の広いスーパーマーケットと、そこを囲むように配置された簡素な住宅街。ビルがあっても高くて三階程度のテナントビルが所々にあるくらいだった。いわゆるベッドタウン。商業地ではない。
雨が降るほどではないように感じられたが、曇り空のせいもあるのか風が冷たく頬を
「よくある田舎街だね」
湿度の籠った夏の空気とは違う秋口の乾いた風に肩をすくめながら、そう言った
「それほどこの近辺に人口が集中してるわけでもないのに、駅だけこんな立派な物建てちゃって……ここまで郊外だと大手のフランチャイズすら入ってこないよ。そもそも駅の利用者も少ないからタクシー乗り場にタクシーが一台もいないし。私たち以外に誰もこの駅で降りなかったし…………田舎ほど車社会なんだけどなあ」
小さく
「……確かに…………よくあるね。こういう所」
「今時さあ、駅だけ立派にしたって地方の都市開発なんか進まないんだからさ。いつの時代の考え方か知らないけどもっと税金の使い道を考えて欲しいよね」
「でも鉄道は民営でしょ?」
「今でも税金は投入されてるよ。民営化した元御役所なんてみんな同じ。
「所得税を払ってない人の言う言葉じゃないけどね」
その
「あ────あれが迎えの車かなあ?」
駅前のタクシー乗り場で二人に近付いたのはレトロな黒塗りの車だった。不思議とそれだけで高級車であることが分かる。
すると一転して声のトーンを落とした
「嘘でしょ…………シルヴァークラウドじゃん…………ロールスロイスだ」
「は⁉︎ 外車⁉︎」
おかしなくらいに高い声を上げた
それに対して
目の前に停まったその名車に、当然のように
「使い込んでるけど凄い……ピカピカだ…………」
右ハンドルの運転席から黒いスーツの男性運転手が降りてきた。五〇才まではいかないくらいだろうか。印象のいい立ち振る舞いだ。車の前から回り、二人の前で軽く頭を下げる。
「
そのまま後部座席のドアを開ける。
「はい……どうも」
続けて乗り込む
運転手が閉めたドアの音にまで品を感じる。そのまま運転手が車の後ろを回り始めると先に口を開いたのは
「外車って左ハンドルじゃないの?」
目の前のハンドルは日本と同じ右ハンドル。
それに
「オリジナルの右ハンドルだよ」
「オリジナル?」
「ロールスロイスはイギリスの会社。イギリスは日本と同じ右ハンドル。もちろん左ハンドルの国向けに作られた左ハンドル仕様が日本に来れば左ハンドルになるけど」
「よく分からないけど分かった」
「絶対分かってないでしょ。これから
「買わない買わない絶対買わない」
運転手が乗り込み、エンジンを掛けた。当然
そこに運転手の、ルームミラーに目を配りながらの柔らかい口調が届いた。
「ここから一時間程かかりますが、もし途中でお寄りになりたいところが御座いましたら、いつでもお申し付け下さい」
それに、
「…………はい」
──……この車でコンビニは無理だなあ…………
どこにも寄らずにまっすぐ向かった所は、だいぶ人里から離れた山沿い。
それでも小さな街を見下ろせる小高い所に、その屋敷はあった。
周囲に民家が全く無いわけではなかったが、点々とあるその建物は草木に覆われた明らかな廃墟が多い。
道路沿いから見えるのは高い
不必要なくらいに高いその
その
すると両開きのその門が開いた。使用人と見られる男たちが重そうな門を動かしていた。
車の中から
すると車の中から
「同じ古い日本家屋でも…………我が家とは違うねえ」
車が停まり、運転手が後部座席のドアを開ける。
車を降りた二人は更に興奮した。豪邸の玄関まで続く石畳と、その周囲の
「我が家の庭もこのくらいにしたいねえ」
その
「いや……おかしいから」
「この草の香りはウチのに近いけど、ウチはカビ臭さもプラスしてるからなあ」
部屋に取り残された二人は、自然と正座になる。座布団の厚みですら高級感を感じさせた。
すると
「足が
「んー…………」
そして急に正座を崩して
それを見た
「ちょっと────」
その
「…………何か、変だね」
その声は先ほどまでのものとは明らかに違う。
落ちた声のトーンに、思わず
「…………え?」
──……しまった…………スカートにしなきゃよかった…………
すぐに振り返る
そして、落ち着きのある女性の声が空気に漂った。
「大変お待たせしてしまって…………」
二人の前に回った女性の年の頃は四〇代半ばといったところだろうか。派手過ぎない品のある黒い和服に身を包んだその女性は静かに二人から距離を置き、前に膝を降ろす。和服を着慣れた人特有の
そしてその女性は、両手の指を畳に
「
その目の鋭さが、
「大したおもてなしも出来ませんが…………」
「いや」
その
「違うよね。話の本筋を知ってるのはあなたじゃない」
──……もう何か……見えてる…………?
そう
「これはこれは…………」
視線を落とし、畳を見つめた
相手に関わらず、
すると、
「…………
ハッとして目を見開いた
背後の声が続く。
「……そちらのお嬢さんは……もうお分かりみたいですよ…………」
明らかな老婆の声。
すると
小さな音までも部屋の中に響く。まるで外の世界が消えてしまったかのように、部屋の中の音だけが空気を包んでいた。
やがてその音が開けた
そこには同じくらいの和室。
その中央に、やけに分厚い紫色の座布団に身を沈めた老婆の、静かな笑顔があった。
だいぶ背中が曲がっているのか、顔の位置は低い。真っ白な髪を後ろで束ねているようだったが、その
そして顔と手の
しかし着物はその年に似合わず派手だった。薄いピンクを基調としながらも、所々に緑や黄色。帯は合わせたのか、落ち着きながらも主張の激しい赤。
「当主、
そして、先程聞こえていた老婆の小さなはずの声が、再び空気を震わす。
「……イト……と、申します」
僅かに顔を下げ、やがて頭を上げると、そこには老婆とは思えないような、
「……決して…………楽しいお話ではありませんよ…………でも…………聞いてもらいましょうかね…………」
そして、
〝見たくないはずのもの〟が体に吸い込まれていく。
──…………この家は…………だめだ…………
イトの口角が、少しだけ上がった。
☆
聞かされた
正直、
というより、
こんな時、
本来なら自分が知ることのない他人の過去。自分が見ることなどなかった他人の歴史。
しかもそれは、見たくないもののほうが多い。
なぜだろうかと
──……どうして…………人の歴史は重いんだろう…………
いつの間にか体が小刻みに震えるような、そんな感覚が全身を包む。
そして、
それはあまりにも残酷な光景。
すると、強く握られた膝の上の両手に、
熱かった。
その熱が全身に伝わる。
隣を見るが、
──……大丈夫……大丈夫…………
少しずつ
──……さすが……
その
──……
そして、イトの話が続く。
「結婚から二年ぐらいと聞いていましたが、長女が産まれたそうで御座います…………しかし二才で病死……詳しい病名等は分かりませんで…………どちらが先だったか、同じ頃に長男が産まれ…………その
「────それが、呪い…………?」
口を挟んだのは
すぐにイトが返していく。
「それも…………ありますな………………
「はい」
少し驚いたように
しかしイトは視線を
「なかなか、面白い方々を紹介して頂けましたね…………
「──お母様……それは…………」
応えた
しかしイトの声は落ち着いたまま。
「見て頂かなくては…………解決は致しませんよ。とは言え、この方々にはもしかしたら…………もう……見えているのかもしれませんが…………」
「どこにあるの?」
「当主の
その声に、イトの口元に再び笑みが浮かんだ。
そしてその口が小さく開く。
「さすがに私はこの歳
その視線は、ただ足元を見つめていた。
☆
場所は本邸の裏山。
そこに別邸があるという。
家の敷地を囲む
黒いスーツの使用人二人を先頭に、
──……神社でもないのにどうして?
「ご
軽く呟くだけ。
萌江が好きなものを
門をくぐった直後、
「ねえ、ここに盛り塩置いてるのは誰?」
門の外側の両脇に小さな皿とその上には綺麗に三角に盛られた塩。
振り返った
「私が指示を出して使用人に────」
「何のため?」
「……それは…………」
「意味が無いから必要ないよ。塩で何するつもり? 塩で
「……そう…………でしたか…………」
「さ、案内して」
歩いて一〇分程だろうか。聞いていた別邸が姿を現した。
本邸程ではないが、決して小さくはない二階建て。違いはあまり整備されているようには見えないことだ。庭と思われる部分には雑草も多く。あまり頻繁に人の手が入っているようには思えない。
何より不自然なのは、なぜこんな場所に別邸があるのか、ということだろう。まるで隠されてでもいるかのように、ひっそりと存在しているとしか思えない場所だ。
隠している理由があると考えるほうが自然なその光景に、
二人の使用人と
そこに不自然さを感じながらも、
見た目にも重そうな両開きの扉が低く鈍い音を立てて開かれると、そこには真っ黒な内扉。使用人たちがその内扉を横にスライドさせるが、そこから見えるのは闇だけ。
その闇から、夕暮れの赤い陽の光を反射した
すると
「……
そしてゆっくりと、闇の奥に薄らと浮かび上がる影。
上から両手を広げて吊るされ、頭は
「座らせると……頭を
震える
それでも
「若い女性にお見せするものでは御座いませんね…………少し離れましょう」
「すいません……
使用人はすぐ近くの古びた井戸から水を汲み始めるが、その井戸も周囲を雑草に囲まれ、決して管理された印象には見えなかった。水が
「私たちにも娘がおりました…………しかし呪いのせいで二才で亡くなり…………それ以来、
「病院には行かれたんですか?」
その
その不自然な態度。再び泳ぎ始めた両目に
「いえ…………その…………お母上様が、呪いは病院に行っても無駄だからと…………」
「食事は…………」
「はい……食事の時だけは猿ぐつわも外して────」
「猿ぐつわ⁉︎」
「舌を噛もうとするんです…………私たちにもどうしたらいいのか…………」
「……どうか…………どうか主人を…………お願いします……私たちにはもう…………」
やがて
しかし
──……何か…………違う…………
それが何かだけが、分からなかった。
次に口を開いたのは
「……ここが…………あの
そして
「他にも……いるよね」
「うん…………最初の二人だけじゃない」
そして
「
──……やっぱり
そう思った
──…………違う……これは0.1%なんかじゃない…………
事は急ぐ必要がありそうだった。
しかし、古い歴史を
物語は決して終わっていない。
「次は……水曜日にお伺いします」
本邸に戻った
「……もしかしたらこちらの都合か……いや違うな…………あまり時間は無いようです。ただ、少し、色々と整理する必要もありそうなので…………」
すると、その言葉にイトはすぐには応えなかった。
だいぶ傾いた陽の光が影を強くするせいか、裏山に行く前と同じ場所、同じ姿のまま、イトは総てを見通しているかのように座敷の空間を
そして少し間を空け、しかし表情は変えないままに、ゆっくりと返す。
「……分かりました…………よろしくお願いします」
イトはそう言うと、深々と頭を下げた。
駅に送ってもらった時には、すでに辺りは夜。
早目の最終電車に乗り、着いた先で
「とりあえず……送るよ」
そう言って車を走らせる
「泊まってって…………今夜は一人でいたくない」
「うん…………」
まるで飛びつくように握り返してくる
何も理由は分からない。
ただ、
その
「私も…………」
「でもごめん…………抱けないかも…………」
「私も……今夜はちょっとね…………」
「でも一緒にいてね」
そう言いながらまっすぐ前を見続ける
僅かに、それでも確実に、
「かなざくらの古屋敷」
〜 第一部「
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