第2話 不倫

 「はぁ…終わってしまったなぁ…」


 帰りの電車に揺られながら、これまでの事を想起していた。


 私は長い会社員人生の中で一つだけ後悔していることがある。それは、私は一時の気の緩みからしてしまった不倫だった。今から十五年ぐらい前の話だ。彼女は同じ部署の一回り年下の部下だった。外見も可愛らしく仕事に対しても一生懸命な女性だった。


 私は彼女の昇進を応援すべくかなり力を入れてサポートしていた時期があった。その当初は私は本当に純粋な気持ちで彼女の仕事を応援していたし、やましい下心なんて一切なかったと誓って言える。


 当時の私はグループ長して数人の部下を受け持っていた。私自身も性格的にプレイヤーとして働くのが好きだったので、多くの案件を自分で抱えてこむようなところがあり、かなりのワーカホリックだった。そして、彼女の評価を上げるために、彼女に対しても通常以上の仕事量を振っていた。長時間の残業は当たり前で、一日のほとんどの時間を仕事に捧げるような働き方をしていた。それが当時の仕事人間の私にとって生きがいだったし、彼女もやりがいを感じながら楽しそうにやっていたと思う。


 しかし、距離が近くなりすぎなのだろう。

 彼女も強力に仕事を応援ながらサポートしてくれる上司に対し、恋愛を錯覚したのかもしれない。


 ある時、彼女の方からアプローチしてきたので、私は彼女を受け入れた。仕事で長時間共に過ごしていたこともあり、年が離れていると言えども話題には事欠かなかった。彼女と過ごす時間はとても楽しくて、ついつい時間を忘れてしまうほどだった。


 社内は、直属の上司と部下という関係で私達が親密に話をしていても周りから疑われることはなかったと思う。当然、周囲には内緒の関係だったため、社内恋愛特有のスリルもあり、私は完全に舞い上がり、深みにハマっていった。


 しかし、そんな夢のような時間は長くは続かなかった。数か月後、些細な事をきっかけに妻の圭織に知られてしまったのだ。


 圭織は言った。

 「すぐに別れて、あなたが戻ってきてくれたら許してあげる」と。


 私自身、家庭を壊す気はさらさらなかったし、妻のことを愛していた。だから、妻にバレてしまった時点で彼女にきっぱりと別れを告げた。程なくして部内の配置換えがあり、彼女の上司という立場も外れて自然と彼女との距離も遠ざかっていった。


 その後、彼女は結婚して出産と同時に退職したと風の噂で聞いた。私はその話を聞いたとき、心の底から安堵した。私の甘さから彼女を受け入れてしまったのに、妻にバレたらすぐに切り捨てるような冷酷で情け容赦ない自分に酷く罪悪感を感じていた。


 また、彼女も妻も傷つけてしまったことに対しても同様に罪悪感を持っていた。彼女が結婚をして幸せそうにしていることで、私の罪が軽減されたわけではないが、その知らせは私の心を少しだけ軽くした。今でも彼女がどこかで幸せに暮らしていることを願ってやまない。


 こうして、私は圭織に許されて、圭織の元に戻った。その後、多少ぎくしゃくしたものの、圭織は何事もなかったように私に接してくれた。圭織はあまり感情的になることがなく、一歩下がって亭主を立ててくれるような大人しいタイプの女性だった。


 圭織の心の内は分からないが、「許す」と言ってくれた彼女の言葉をそのまま受け取り、私はまた日常を取り戻した。


 圭織は唯一の私の帰る場所だった。


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2025年1月9日 17:00
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2025年1月11日 17:00

故郷~私の帰る場所~ 海乃マリー @invisible-world

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