第7話 答え

ドンッと扉を閉める俺と田辺は、黒い車の方へと向かう。

辺りには夜間に開くスナックバーだったり居酒屋だったりと、かなりの店が並んでいる。


「お疲れ様です!」


黒い車の前に立つ警察官が綺麗な敬礼を披露する。


「お疲れ様です」

「お疲れ様」


敬礼する田辺を横目に、流すように挨拶をした俺は、こちらに向く防犯カメラに目を向ける。


「あの防犯カメラに車は写ってないのか?」

「壊されてまして……」

「ここが壊されていて、入口の防犯カメラが壊されてない?」

「そうなんですよ。まるで誘き出されているような気がして……」

「んなわけねーだろ。あの防犯カメラに気づかなかっただけだ」

「……ですかね」


怯える警官をよそに、隣にある机へと視線を下ろす。


「んで、車内にあったものがこれか?」

「はい。こちらの服はリアシートにあり、写真と資料はグローブボックスにありました」

「なるほどな」


机の上にある服は、確かに岡本が着ていたスーツ。

ここで着替えたということに間違いないだろう。


そして次に俺は写真に視線を落とした。

写真に写っているのは沙苗さん。

青と白の制服を着ているのを見るに、バイト中に撮ったものだろう。


手袋を付け、写真を手にとって裏にある日付を確認する。


「いつのものでした?」

「7月14日だよ。んなことよりも今重要なのはこっちの資料だ」

「それには僕も同意見です」


丁寧にファイルに入れてあるファイルと写真を取り替える俺は、ファイル越しに資料に目を通す。


紙の1番上には精神科という文字があり、その下には『前田沙苗様』と書かれてある。

『精神科』という文字に首を傾げるが、次の言葉で全ての紐が解けた。


「解離性同一性障害?ってなんですか?」

「いわば多重人格だよ」

「多重……人格……?」

「おい田辺。至急この資料を調べろ」

「あ、はい!」


久しぶりに聞く田辺の戸惑いの声とともに、俺は考えに浸る。

もしこの資料が正しいものなら全ての証拠に辻褄が合う。


2人暮らしなのにベッドがひとつしかなかったということ。なのにタンスや洗濯かごが2つあったということ。

そして、あの家にある指紋が沙苗さんだけということにも。


なぜ学歴を消していたのかも、なぜ前田という苗字を使っていたのかも、なぜ交換日記を始めたのかも、全ての証拠に辻褄が合う。


耳にスマホを当てたままの田辺が叫ぶように言ってくる。


「その資料は本物です!」

「……そうか」


ため息を吐くように言葉を零した俺は、資料を置いて首筋を掻く。


確かにこれは殺人だ。

心の中にいる他人――せなさんが沙苗さんを刺したというのなら。


でも、せなさんは実現しない人。

肉体を得て生まれてこなかった人格。


……多分、それが殺害動機だろう。

せなさんは体が欲しかった。

体を持っている沙苗さんが妬ましかった。

だからそれを、奪おうとした。


あくまで考察でしかない。

真相なんてわからない。


「自殺だ。前田沙苗は自殺した。岡本と森岡の件は調査を続けてくれ」


そんな言葉を口にして、事件の幕が閉じた。

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