第5話
スマホを片手に、坂本は勢いよく玄関の扉を蹴り開けてリビングへと入ってくる。
ほんとこの仕事は忙しないな!緩急つけろ!
なんてことを思いながらも、カバンを担ぐ俺は慌てて立ち上がる。
脱走は何が何でも見過ごせない。
「田辺。時間は」
「17時52分14秒です」
「坂本。現場の状況は」
「黒い車が警察車両に衝突し、岡本さんを乗せて逃がしたようです!跡をつけようにもエンジン部分をいかれたようで、車が動かなかったらしいです!」
「なるほどな。とりあえず坂本は周防さんのところに戻っててくれ」
「はい!」
通路に出て部下に指示を出す俺は、田辺を隣に置いてエレベーターに乗り込む。
状況を簡潔に説明してくれる坂本は本当にいい部下だ。
ボーナスを与えてやろうか。
「車は裏に止めてますので、下にいる警察官呼びますか?」
「いや、俺が運転するから走ろう。岡本さんを引き渡した警察官と連絡がついたら言ってくれ」
「あ、はい!」
ポケットからスマホを取り出す田辺は液晶版に指を滑らせる。
「車取ってくるからそこで待っとけ」
エレベーターの扉が開かれるや否や、スマホに意識を集中させる田辺に命令を出す。
そして自分のポケットに手を当て、車の鍵があることを確認して走り出した。
マンションの裏にはポツンとシルバーの車が待ち伏せている。リモコンで鍵を開け、運転席に座ってエンジンを付ける。
「遅いですよ」
田辺が待っているであろうマンションの入口前に移動し、扉を開いてやると返ってくるのは貶しの言葉。
「早いだろ」
液晶板を操作しながら助手席に座る田辺が扉を閉めると同時にアクセルを踏む。
そして助手席の窓を開け、
「これ付けろ」
「あ、はい!」
赤色に点滅するランプを押し付けるように渡し、装着したことを確認してサイレン音を鳴り響かせた。
「場所は?」
「えーっと……はい、できました。このナビに従ってください」
「了解」
スマホと連動させているのだろう。
カーナビゲーションに紫色に引かれた線があり、丁寧に右折左折を伝えてくれる。
「場所がわかるってことは連絡が取れたんだな?」
「はい」
「口頭でのやり口ではないんだな」
「僕もしようと思ったんですけど交通整理が忙しいらしいです。事故は事故。1つの道路を塞いでますから致し方ありません」
「なるほど。とりあえず現場の状況を簡潔に教えてくれ」
「えーっと、先ほど坂本さんも言った通り、黒い車に衝突されました。その車のナンバーは『ち 0893』だそうです。そして、その車の持ち主を調べると『森岡宗谷』。始めに行ったコンビニの店長です」
「……あの人が?」
「はい。顔写真の確認もしたらしく、間違いないと」
確かに仲が良さそうには見えたが、まさかそこまでとはな……。
岡本の共犯だったとしても、どちらともが黙っていれば店長――森岡がバレることはなかったはずだ。
現場との距離が数百メートルになった頃。
連絡が届いたのか、田辺は口を開いた。
「その車は突然として現れたそうです」
「突然?ずっと付いてきていたわけじゃなくてか?」
「はい」
突然となると、出くわしたから助けたというニュアンスになるのだが。
ナビを見るに、車が衝突したのは交差点。
エンジンに大きな被害が出て走れなくなった。即ち正面衝突ということになるが……。
もし、これが出くわしたから起こった事件なのだとしたら、森岡の車にも何らかの不備があるはず。
それこそエンジンに支障が出るはずだ。
でも、森岡の車は岡本を連れ去った。
ということは、計算された犯行が濃厚なのだが、それをするとなるとGPSでもない限り……。
ふと、脳裏に青色の看板が目立つコンビニでの出来事が過った。
『にしても久しぶりだな岡本。元気にしてたか?もしかしてお前がなんかしたのか?』
そう言って、森岡は岡本の肩を組んだ。
肩を組んだ……。肩……を……――
「――そん時じゃねーか!!」
『目的地です』というナビの声とともに急ブレーキを踏んだ俺は大声を出す。
「な、なんすか!」
「GPSだよ!GPS!」
「違いますよ!なんでキューブレーキ踏むんですか!」
「なにが違うんだよ!」
珍しく声を荒げる田辺はシートベルトをしっかりと握り、見開いた目をこちらに向けてくる。
それとは別に、自分の過ちに焦っている俺は身振り手振りで教えようとするのだが、当然伝わらない。
「僕のこと殺す気ですか!?やめてください!僕まだ死にたくないです!」
「してないって!GPSだったんだよ!森岡が綺麗に車に衝突できた理由は!」
「GPSでどうや――あー。GPSが付いているから先読みができたんですね。それでフロントドアに当てたって感じですか?」
「……いきなり素に戻るなよ……」
ポンッとシートベルトから離した手を叩く田辺は自己解決する。
そしてシートベルトを外し、ドアを開いて外に出る。
続くように俺もシートベルトを外し、歩道には人だかりがあるのを見ながら警察車両の方へと向かった。
「うーわ。深くいってんな」
ヘッドライトが割れ、辺りに破片が散らばり、ボンネットがベコベコに凹んでいる。
これじゃあ確かに追いかけようにも追いかけられない。
……というか、よくこれで無事だったな。
「あ、田辺さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。お体は大丈夫ですか?」
「なんとか……」
「なら良かったです」
苦笑を浮かべる警察官の体は、確かに傷1つない。
どうやら自分自身も運が良かったと思っているらしく、どことなく雰囲気が落ち着いていた。
「1つ聞きたいんですけど、ぶつかったのってフロントドアですか?」
「おぉ。よく分かったね。突然前に出てきたんだよ」
「なるほど。ということは、GPSが付いていたということで間違いはありませんね」
「GPS?」
「はい。岡本さんの服にGPSが付いてた可能性があったんです。ですが、ほぼ確定になりました」
「なるほど……。田辺さんってかなり頭きれますよね」
「ですかね」
「ですよ」
俺が考えたんだけどな?なんて言葉は雰囲気によって押しつぶされ、腕を組みながら遠目に見やる。
でもまぁ、この事実が分かったとしても岡本たちがどこに行ったのかは検討もつかん。
「どうします?この件」
なんて、こちらを振り返ってくる田辺は相変わらずの真顔。
「見過ごすわけにもいかねぇからなぁ……」
この事件の発端は俺の不注意。
逮捕するときにでも服の中を調べとくべきだった。
それにまぁ、俺達が抱えてる事件の延長線だし、無視できるわけがない。
「とりあえず、防犯カメラでその車探すか」
「あ、はい!」
ポケットからスマホを取り出し、調査部にでも連絡するのだろう。
田辺は下から上に指を滑らせながら言葉を紡ぐ。
「どっちの方向に行きました?」
「南です」
「では南を重点的に探しますね」
そう口にした田辺は口元を隠しながら通話を始めた。
探すっつったって、捕まるということを先んじて読んでいたあの店長のことだからな。
どうせどっかで車変えてるだろう。
「あ、ではよろしくお願いします。はい、はい。お疲れ様です」
赤色に光るボタンを押し、ポケットにスマホを片付ける田辺はこちらへと歩いてくる。
「僕たちも車に乗って探しますか」
「だな」
衝突された警察官も、到着した事故捜査車の方へと向かっていく。
なにか一言伝えようと思ったのだが、尻目に見てくるのに気づき、一礼だけして車に乗る。
「行くってこと伝えなくていいんですか?」
「察してるっぽいから大丈夫だろ。んなことより目凝らしとけよ」
「言われなくても分かってます」
エンジンを付け、サイレンは鳴らさずに車を走らせる。
誰かを追いかけているわけでもないし、緊急走行する状況でもないのだから徐行をするのは当然。
「やっと一息付けますね」
シートベルトを装着する田辺は、小さく息を吐きながら言葉を零す。
「流石に気を張り詰めすぎたな。48にこれはキツイわ」
「そうには見えませんけどね」
「そうか?頭フル活動なんだけどな」
「よく頑張ってますね。偉いです」
「……何様だお前」
その言葉を最後に、警察車両の中には静寂が訪れる。
緊張感はほぐれど、警戒心は解かない。
俺は俺なりの、警察としてのモットーを持っている。
それはいかなる時でも警戒心を解かないということだ。
当たり前の事かもしれない。だが、少しの油断でも、隙を突かれた一瞬で崩れ落ちてしまうものだ。
ちなみにソースは俺だ。昔の経験談から、部下にもしっかりとこのことを伝えている。
「黒い車体はいますけど、ナンバーが当てはまる車はないですね」
「まぁ変えてる可能性だってあるしな。小道とか入ってみるか」
「休憩でもいいですけどね。晩御飯も兼ねて」
「晩御飯なぁ。アンパンでも買いに行くか?」
「かの有名な牛乳アンパンですか?僕、あれやったことないんですよね」
「お?ならやるか?あれ割と雰囲気出て楽しいぞ」
「じゃあ早速コンビニに――」
ほんわかとした会話になり、これからの予定が決まりそうになったときだった。
田辺のポケットにあるスマホがなりバイブを鳴らし始めたのだ。
ほぐれていた緊張感も一瞬にしてもとに戻り、ハンドルを力強く握る俺は、スマホを耳元に持っていく田辺を横目に見やる。
『田辺さん!晩御飯いりますか!?』
元気の良い言葉が電話越しに聞こえてくる。
なんてタイムリーな言葉なんだと思う反面、牛乳アンパンを楽しめなかったという悲しさも出てくる。
こちらに目を向けてくる田辺に、ひとつ頷いた俺は、ウインカーを鳴らして車をUターンさせる。
「ではお願いします」
『分かりました!いつぐらいに帰ってきますか?その時間に合わせて作りますけど』
「えーっと、20分ぐらいですかね」
『では今から作り始めますね!』
「ありがとうございます」
若干耳元からスマホを離してお礼を言う田辺は、すぐに通話終了ボタンを押した。
やっぱこいつ、坂本への態度悪いよな。部下同士なんだから仲良くしてくれよほんと。
「坂本はいいお嫁さんになりそうだな?田辺」
上司として、部下の仲を取り持つために呟いた言葉なのだが、どうやら田辺はあまり乗り気じゃないようだ。
「ですかね。でもまぁ、気は使えていいですよね」
なんて淡々と言葉を口にする田辺に、俺は思わず苦笑してしまう。
「お前らほんと仲良くしてくれよ?上司として心配だわ」
「してますよ?僕なりに」
「ならいいんだが……」
相変わらず田辺は真顔。そして抑揚のない声。
正直こいつがなにを考えているかはさっぱりだが、本人がこう言ってるんだ。特に問題はないだろう。
そう考える俺は、一応辺りを見渡しながらもマンションへと戻るのだった。
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