雨の日、君は。

原作

今日は、土砂降りの雨だ。

風も吹いていて、頬に雨が激しく当たる。

――でも、私にとっては好都合。

鉄柵を乗り越え、下を見る。

いま、ここにいるのは私、雨瀧明穂あまたきあきほ 独り。

誰もいない。まあそうだろう。

こんな激しい雨の日に外に出るなんて

普通はしない。

この世界とももうお別れ。

別に嬉しくも、悲しくも、悔しくもない。

ただただ疲れたから、別れるだけ。

一回深く深呼吸して辺りを見回す。

立ち並ぶ住宅、ビル、公園――全てが、見慣れた光景。

雨が降るこの街には今、色がない。

世界は今、死んでいる。

ここに私が生きる意味は――ない。

覚悟を決める。

足を半歩前へ。

鉄柵を掴んでいた手を離そうとする。

――さよなら。

世界へ、飛び込もうとした。

世界がゆっくり進む。

これから、私は、死ねる。


「待て!」


なにか声が聞こえる。

私には関係ない。

だって私に友達なんて居ないもん。

だから、この行為を止める必要も無い。

安心して空気に身を任せようとした。

鉄柵から手を離す。

私がこれから見る景色はこのつまらない世界の

スローモーションだと思っていた。

――それは、違った。

私が一秒後見ていたのは、ある一人の男子の顔だった。


「なんでお前、こんなことしようとしてんの……?」

「――史悠」


名前を天方史悠あまかたしゆう

私と正反対の人。

イケメンで、頭良くて、運動も出来る、人生の勝ち組。


「……なんで!」


あとちょっとだったのに!

あと、あと少し遅れていればっ――!

……私と史悠は幼馴染。

家が近所で、小中高ずっと一緒。


「幼馴染が自殺しようとしてんなら誰だって止めんだろ? お前、本当にどうしちゃったんだよ」


史悠は、良い奴だ。

優しいし、正義感も強い。

だから私を気にかけてくれたんだろう。


「史悠には関係ないでしょ? なんで私が死んじゃいけないの?亅


史悠が一旦言葉につまる。

そして、悔しそうな……少しだけ羨ましそうな顔をして、長い、長い間を置いてから一言。


「……どうせ死ぬなら俺と一緒に青春しねえ?亅


――何それ。

今度は私が言葉につまる番だった。

なんで?

史悠ともなれば青春なんてとっくに楽しんでると思った。

そんな史悠が、今更?

なんでだろう。

彼の心を探ろうとして、君をじっと見つめる。

横から土砂降りの雨が吹くにもかかわらず、

史悠は私を凛とした瞳で見つめる。

――なんか、かっこいい。

ふと心のどこかで思った。

今更だけど、史悠が人気な理由がわかった気がする。

みんなが君に憧れるのは、顔でもなくて、頭でもなくて、心なんじゃないかな。

今の君は、色のない世界にたった1つだけ光る、輝かしい太陽のようだ。

そんな君が――羨ましい。

頭を一度下げて、ゆっくりこの心を確かめた。

そして、頭を上げる。


「史悠、私……」


バタッ。

目の前にいたはずの人がいない。

あるのは、無機質な空だけ。

――え?  ねぇ、どこに行ったの?

衝動的に下を見る。

あったのは、君の倒れる姿。


「……史悠、史悠!亅


いきなりのことに頭が回らない。

こういった時はどうするんだっけ?

あ、そうそう先生を呼ぶんだよね。

保健室ってどこにあったっけ?

もう、分からない。

フラフラとした足取りで屋上のドアへ向かう。

雨で濡れたドアノブはなかなかまわらない。

やっと空いたドアをおしのけ、

廊下を走る。

滑って、なかなか進めない。

曲がり角に差しかかる。

そこに居たのは先生。

――そのまま突っ込むしか、無いよね。

というわけで私は先生と軽く衝突した。


「もう、何してくれて……ってあなたなんでびしょ濡れなの? 顔色もすごく悪い。一体どうしたの?亅


先生の質問全てに答えてる余裕なんてない。


「あの、先生、屋上で一人男子生徒が倒れたんです! 何とかしてくださいっ! おねがいしま……亅


ここから先のことは、全く私の記憶に無い。



とにかく、私は我に返ったとき、

夕焼けが照らす教室にいた。

たった一人で。


「史悠、どしたんだろ。大丈夫かな…亅


一人、ぼそっとつぶやく。

沈みかけてる天に君の無事だけを、願った。



今日は昨日の雨が嘘みたいに感じるような、快晴。

この太陽が、私の心まで晴らしてくれたらいいのに。

私と史悠は隣のクラス。

昨日のこともあって、何かあってはすぐ横を向いてしまう。

――だいじょうぶ、かな……。

今日私は彼の姿を見ていない。

いつもおんなじ電車なのに、ね。


――学校が終わった。

やることなんてない。

部活になんて入れない。

誰にも私は望まれていない。

――帰ろう。

でも、やっぱり君のことだけが気ががりだ。

とその時だった。


「明穂!」


……私?

教室の入口からそんな声が聞こえた。

私の呼び名は「雨瀧さん」。

私をこの名で呼ぶ人なんて、1人しか――。

顔をドアへと向ける。

――もちろん、それは史悠だった。

無事で、よかったな。

と思うのと同時に、一つの事実に気づく。

彼は、学年の人気者。私は、嫌われ者。

もし、私が近づいたら彼は――。

――私は君に近づいていい人間では、ないんだ。

咄嗟にバックを掴んで駆け出した。

――君がいない方のドアへと。


「明穂!?」


後ろから史悠の声が聞こえる。

これが、正解。そう、最適解。

私と関わったら史悠が嫌われ者になっちゃう。

史悠にそんな思い、して欲しくないの。

一筋の涙が夕日に照らされる。

――明日から、史悠との関わりをなくそう。

これが二人にとっての、最適解なはず。



次の朝、私は眠い目をこすりながらいつもより一本早い電車に乗った。

辺りを見回す。

当然ながら君はいなかった。

――これでいいんだ。


「次は比奈、比奈です。お降りの方は――」


今日も、一日が始まる。



「おはようございます」


してもどうせ返してくれない挨拶をする。

ほーら、ね。

みんな気まずそうに目をそらす。

私は虐められてるとかじゃなく、友達が居ない。

誰にも愛されてない。

それが私。

――今日はいつもと違う。

いつもみんなは気まずそうに目を逸らすだけ。

だけど今日は。

――陰口、言われてる。

よく、耳を澄ました。


「ねえ、あいつさ、天方君に話しかけられて無視とかありえないよね。」

「ほんとそれ! しかも呼び捨てで読んでるって噂マジ? 引くんだけど〜」


ああ、そういうことか。

史悠が、私に話しかけてきたから。

私が、史悠と関わってしまったから。

――ああ、もういいや。

全てが面倒くさい。

ふらふらと教室を出る。

行くあてもなく校内をさまよう。

――気がついたら、そこは屋上だった。

今日はこの間とは、違う。

雨は降ってないし、私は死のうとは思ってない。

ここに、君もいないしね。

ただ、逃げたかっただけだから。

――帰ろ。

あそこは地獄だけれど、私はそこに行くしかないんだ。

その時だった。

ガチャっ。

ドアの開く音。

まさか、ね。

ドアの方を向く。


「「え」」


声が合う。

――史悠と。

なんで、いるの。

関わらないって決めたのに。

もう近づかないって決めたのに。


「ここ俺のお気に入りの場所なんだ。ほら、空がきれいだろ?」

「……」


何も、答えられない。


「ねえ、なんで私に関わろうとするの?」

「ん?」

「だって、私以外にもいい子いっぱいいるじゃん」


史悠が少しの間を置く。


「そういえばっ、この前の返事、まだ聞かせてもらってない」


あ。そうだった。私はまだ決められていない。


「――っ」

「どうする?」


立場、逆転。

今度は私が黙る番だった。

私の前で得意げに微笑む君は、今超絶カッコイイ。

――私も、なれるかな。

ずっと、変わりたいって思ってた。

このままじゃダメってわかってた。

君に近づいたら、私、変われるのかな。

私は、欲張り。

掴めるチャンスは、掴む!


「史悠! 私、青春したい! お願いしますっ!」


思いっきり頭を下げた私を史悠は驚いたような

大きな目で見た。

そのあと、盛大に吹き出した。


「なんで笑うの!?」

「え、内緒」


私は頬を膨らませ、史悠を軽く睨む。


「あ、そいえばさ、史悠が私に話しかけたーってことですっごい噂が広まってるっぽいんだよ。何とかして?」

「ん、了解!」


よし、これで何とかなるだろう。


「じゃあ、史悠またね。」

「じゃあな。」


ガチャっ。

屋上のドアを開けて先に帰ろうとする。


「おい、明穂。今日俺放送担当だから! 昼の放送楽しみにしとけよ?」


ニヤッと史悠が笑う。

――何を考えているんだか。


「りょーかい!」


私は教室へと帰った。




「あ、あいつ戻ってきた。」


チクリ。

心無い言葉に少し、心が痛む。

でも、私にはもう、味方がいる。

ひとりじゃ、ないから。

ちらっと横へ目を向ける。

それだけで元気になれた気がした。




「ふう〜っ!」


午前の授業やっと終わった〜!

私は勉強が全く出来ない。

まあ、これでも生きていけてるから問題ないだろう。

この後、お昼。


「皆さん、こんにちは!」


史悠の声が響く。

そうだった。今日、放送だったね。

耳を史悠の声へと傾ける。

お昼の放送は、基本的に自由だ。

歌を流している人もいるし、

クイズ出してる人とかもいる。

――史悠は何やるんだろ?


「今日はある重大な発表がありまーす!」


教室がざわっと沸く。

え? なんだろ? 期待しかない〜!

様々な反応の人がいる。

ちなみに私は内心疑惑でいっぱいだ。


「なんと俺に〜っ」


クラスが静まる。

物音のひとつもない。

ごくり、とつばを飲む。


「彼女が出来ました〜っ」


教室がシーンと静まりかえる。

そして――


「ええーーーーーーーっ!!!!!!!!」


(私も含めた)クラスメイトの絶叫がこだまする。

え? まじ? あいつが?

うそでしょー!私天方君狙ってたのにーっ!

色々な声で教室が満たされる。

――主に驚きが。

そんなみんなとは裏腹に私は今、怒っている。

ということは、わたしは遊びだったんですね?

陰で笑ってたのだろうか。

と自暴自棄になったところで、ひとこと。


「みんなが気になってる相手は~っ

雨瀧 明穂さんでーす!」


ん?

アイテハアマタキアキホサンデス?

クラスメイトの視線が一斉にこっちへ向く。


「雨瀧さん!?」

「え! 付き合ってたの? いつから?」

「うそでしょ!?」


自分が質問攻めを受けるなんて

思ってもみなかったよ!


「ごめんなさい……私も詳細わかんなくって……」

「とかいってー! 照れてるだけでしょ?」


たぶん今私は人生でいちばん注目を浴びている。


「えーっと……」


私が答えに窮した時、史悠が続ける。


「と、いうことで、今日放送を終わりにします!

明穂は放課後屋上へくること!」


そうしてお昼の放送は終わった。


昼休み、私はいつもこっそり外へ出かけるのだが、

今日は捕まり、教卓の前の机へと座らされた。

気分は蛇に睨まれるカエル。


「それで、雨瀧さん?」

「は、はひ。」

「天方君とはどんな関係なの〜?」


頭をあげるとそこには

目をハートの形にしたクラス女子。


「え、えっと…」

「てか、明穂ちゃん超カワイイよねっ!

あ、明穂ちゃんって呼んでいい?」

「あ、はひゃ?」

「え、ちょ〜カワイイ〜!」


すごく、質問攻め。

でも、なんだか嫌な感じはしない。

――むしろ、好き。

くすっと笑う。


「みなさん、よろしくお願いしますっ!」

「いまさら?」


みんなに笑顔を向ける。

始めて、この教室へ入れた気がした。




「終わったあ! 帰れるー!」


午後の授業終わったよーっ!

あとは帰るだけ。

上機嫌で支度をする。


「ん?」


なんか、クラスのみんなの視線がこっちに

向いてるような……。

前の女の子に聞く。


「ごめん、私なんかした?」

「んーと、まさか忘れた……?」

「何がー?」

「えっと、これから天方君と会う約束」


ん?

そうだった………。


「すみません、忘れてました……。ありがとっ!」


私はバックを持って急いで教室を出る。

――外は、雨だった。


「これだと、史悠いない、かな」


お礼言いたかったんだけど、雨だとさすがに居ないよね。

私は下駄箱へと歩を進めた。




「おはようございますっ」


何だろう。凄く、暗い。


「皆、どうしたの?」

「天方君、意識不明、だって。」


え。

なんで。

元気だったのに。

どうして、


「――どうして、史悠なの…?」


つぶやく。

周囲は私を放ってくれた。


「ごめん、ちょっと、行ってくる」


独り言のようにぽそりとひとこと。

フラフラとした足取りで教室を出る。


「ここ俺のお気に入りの場所なんだ。ほら、空がきれいだろ?」


君の言葉を思い出す。

どうせ、行く所もない。

――屋上、行こっかな。

屋上を目指して、進む。

いるはずのない君のところまで。



「ガチャっ」


ドアの開く音。

いつの間にここまで来てたんだろう。


「空が、きれいだな。」


青空をひとりで見つめる。


「カサっ」


紙が風に吹かれる音。

これ、なんの音だろう。

周囲を見渡す。


「あっ」


1切れ、ずぶ濡れの紙が置いてある。

――あそこはこの前、史悠がいた場所。

なんだか興味をそそられてずぶ濡れの紙に

吸い寄せられるように近付く。


「これって――」


そこにあったのは二つ折りの紙。

そして――


『明穂へ』


表に、私の名前。

うそ。こんなことってある?

ピラッ。

紙を開ける。

そこには、こんな事が綴られていた。


『この手紙を、今明穂が見ていますか?

そうであることを願う。

今、俺は雨の中、明穂を待っている。

来ないかもしれないけどね。

俺はこの後倒れるかもしれない。

だけど、心配しないで。

俺はまた明穂の前で笑うから。 史悠』


なに、これ。

このちょっと雑だけど愛嬌のある字は見慣れた彼のもの。

史悠がこれを書いたことは、間違いない。

この紙を大切にしまう。

今は、待つしか、ない。

不安でいっぱいの私と裏腹に

太陽は眩しく輝いている。


教室に帰って無言で席に座る。


「あ、あの明穂ちゃん?」


話しかけてきてくれたのは、前の席の女の子。


「え? どうしたの?」

「天方君の入院してるとこ、教えよっか?」


そっか……。

今更だけど史悠が意識不明だという事実に気づく。

お見舞いぐらい、したいな。


「ありがとう! お願い!」

「了解!」


私は早速今日の放課後お見舞いに行くことにした。



「えーっと、ここだね!」


方向音痴な私。

スマホを使って何とか病室の前まで辿り着きました。

一応ノックしておく。


「失礼します」


ドアを開けて病室へ入る。

病室にある色は花だけで、なんだか寂しかった。

次の瞬間。


「バアッ!」

「ひゃーーーーっ!」


え? 何? とにかくパニック!

恐る恐る後ろを振り向くとそこには史悠の姿。

なんだ、良かった。

回復したのか。


「体調大丈夫?」


私は恐る恐る史悠に聞く。

その瞬間、史悠の笑顔が少しだけ、強ばった。


「う、うん。大丈夫。それよりさ、俺あと一日で退院できるんだ。だから俺が退院したら、青春思いっきり楽しもう?」


史悠がいつにも増して早口だ。

――どうしたんだろう。

とにかく、史悠を安心させる為、私は微笑む。


「早く、元気になってね?」


史悠は何故か寂しそうな笑顔で笑った。


一日後、史悠は退院した。

そしてなんと学校は今日から夏休み。

家で課題の多さに打ちのめされていると、


「ピーンポーン」


家のチャイムが鳴った。


「はーい」


ガチャっ

ドアを開ける。

そこに居たのは――


「え、史悠? どしたの?」


てっきり宅配便か何かだと思っていた

自分が恥ずかしい。


「ん?だって言ったろ?『青春する』って。勉強なんて青春じゃないっ! ということで、行くぞ!」


と、私はなんの準備もできてないまま連れ出されてしまった。

――色んなことをした。

ショッピングや、海に行ったり、

最後はふたりで夕日を見ながらアイスを食べた。


「ねえ明穂。――俺がいなくなってもずっと、笑ってて」

「? ――分かった」


史悠の笑顔を見たのはこれで最後。

次の日は、雨だった。

史悠はその日、息を引き取った。


――なんで。

連絡が来たとき信じられなかった。

「雨滅病」? 雨に濡れると死ぬ病気?

そんなので史悠が死んでたまるか。

私には手紙が渡された。

それには一言。


『愛してる』


今、とにかく君が恋しい。

会いたい。君の笑顔が見たい。

今更、君が好きだと気づいた私は馬鹿だ。

君と昨日一緒に食べたアイスの味が

たまらなく愛しい。

この思い出を胸に君の分まで生きる。

天に、つぶやく。


「私も、愛してるよ。ありがとう、史悠」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る