第4話

 部屋にたどり着くと、アンはベッドに潜り込んだ。


 ナイトドレスにはすでに着替えている。侍女のシェラとメグたちは寝室の続き部屋に行っていて、一人だけだ。

 アンはシーツと毛布をたぐり寄せて、頭までかぶった。

 じきに眠気がやってきて、蝋燭の明かりがある中、寝てしまっていた。



 朝になって、目が覚めた。

 メグとシェラがいつも通り、起こしに来た。

「…アン様。朝ですよ、起きてください」

 メグが言ってくると、アンは伸びをしながら、起きあがる。 「おはようございます。あの、旦那様がお呼びになっています。何でも、王宮からの至急のお知らせがあるとかで」

 メグが引き続けて言うと、アンは驚きのあまり、一気に目が覚めた。

「王宮からの至急の知らせ?父様が呼んでいるなら、急がないと」

 すぐにベッドから出ると、室内履きもはかずに裸足で鏡台に向かう。

「お嬢様!先に顔をお洗いになってください。お化粧はそれからです」

 急いでシェラが注意をしてくる。

 それに顔をしかめながらも準備を始めたのであった。


 アンは顔を洗い、髪を櫛で梳かせると、簡単にバレッタといくつかのヘアピンでアップにする。

 いつもと違い、すぐにできる髪型にしたのである。

 ナイトドレスから、コルセットを下に着てきちんとしたドレスに変える。

「…王宮から、使いの方がいらしているかもしれないから。シェラ、お化粧と扇子をお願い」

 シェラに言うと、すぐにお化粧を始めた。

「…お嬢様。扇子はお祖母様が使われていた物にしましょうか?」

 メグに問われて、アンは振り返らずにええと答えた。

 祖母の代から使われている古い扇子をメグが棚から、丁寧に取り出してくる。

 お化粧を終えると、鳥と東国風の図柄の扇子を持ち、首には小さなオパールが散りばめられたネックレスをつけた。

 イヤリングは付けない。

 シンプルにすると、部屋を出て、父の待つ書斎へ向かった。 ドアをノックすると、父のガレスから返事があった。

「入りなさい」

 そう言われて、アンは書斎に入る。

「…父様。王宮から至急の知らせがあったと聞きました。もしや、早く後宮に来いと言われましたか?」

 書類に目を通していたガレスは視線を上にあげた。

「そんなところだ。皇太子殿下と大公陛下から、書状がそれぞれ届いている」

 厳しい表情でそう告げたガレスは二通の封筒を両手に持って、アンに見せる。

「…大公陛下からもですか。内容はどう書かれていましたか?」

 静かに問うと、ガレスは苦々しい表情になる。

「…隣国の王がヴェルナード公国の公女殿下を妃に欲しいと要望があったらしい。それを約束しないのだったら、こちらに攻め込むぞと言ってきたとある。そこで公女様を妃にする代わりに我がシンフォード家の娘を隣国、スルガ王国の王に嫁がせろと。だが、アンは皇太子殿下の妃になることが決まっている」

「では、妹のリサかエミリアを嫁がせるということになるのですね?」

 アンが質問すると、ガレスはため息をついた。

「そういうことになる。スルガの国王はもう二十を五つほど越した年になるが。まだ、正妃を迎えていないというし。年齢でいえば、リサあたりが妥当か」

「…そうですね。母様や兄様たちにもいわないといけません。後、大公陛下にもリサを妃にしたらどうか、お聞きになったらいいでしょう」

 冷静にいうが、ガレスの表情は晴れない。

 何かを考え込んでいる風である。

「父様、どうしましたか?」

 アンが気になって尋ねると、ガレスはうつむいて、眉間を指で揉んだ。

 疲れがにじみ出ているようでアンは密かに驚いた。

 普段であれば、威厳があふれんばかりの父が疲れた表情を見せるのは珍しかったからだ。

 アンが目を見開いていると、ガレスはやれやれと首を横に振った。

「アン、実はな。スルガ国の王に大公陛下はおまえを嫁がせたいと最初、言っておられた。だが、皇太子殿下が反対なさってな。隣国の妃にさせるくらいだったら、自分の妃にするとおっしゃってな。そして、おまえを側妃という形で後宮に迎えることになった」

 驚くべき内容を聞かされて、アンはたじろいだ。

 ガレスは皇太子からの書状を手渡してきた。

 それを受け取って、中の紙を取り出した。

 広げると、そこには短くこう書かれていた。

〈メアリアン嬢を後宮に至急、送り込むように。スルガ国の王が密偵を使って、我が妹、リナリアをさらおうとした。

 事は急を要する〉

 とあった。

 アンはそれを読んだ後、すぐに書斎を飛び出した。

 後を追いかけてきた父のガレスと共に大広間へ向かった。

 そして、そこには兄のエドワードが待ちかまえていた。

 エドワードは黙って、アンの手を取る。玄関口のドアを開けると、すでに馬車が用意されていて、アンはそれに乗り込んだ。

 そして、馬車は王宮へと出発した。

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