第9話 巫女さん……?妙だな
――人が居た。長い階段と、その先にある圧倒的な存在感を放つ鳥居を背景にするかのように。
少女と出会った場所から数十分くらい歩いた場所に、白衣に
ちなみに、ここに至るまで誰一人としてここの住民とは遭遇していない。
やはり皆、夜も遅い事に加えあまり出歩く理由が無いのだろう。
「ちょっとあの人に聞いてみよう、もしかしたら何か知ってるかもだし」
思えば、巫女さんと生で話すのは俺的人生史上初めてかもしれない。
巫女さんと言えば、礼儀正しい神聖な存在ってイメージがあるけど――実際はどうなのだろうか。
どうしよう、そう考えると少し怖いな……もし失礼なんてものをかましてしまったらこの神社に宿る神様とやらに罰せられるかもしれ――――いや、やめよう。
あまりマイナスな事は考えない方が良いに決まってる、うむ。
「はい!」
少女の大変気持ちのいい元気な返事を聞いた俺は、巫女さんの方へとその足を進める。
第一声はコチラから――。
「すみません、ちょっと聞きたい事があるのですが……」
俺は相手の返事に期待を馳せながら、最初にそう断りを入れて言葉を発す。
完璧だ……。見てますか神様、ファーストコンタクトは誰が聞いても文句なしですよ!!
「はい?なんでしょうか」
こちらの言葉に気付いてくれた巫女さんが、その背中にかかっている長い黒髪を翻しながら優しい微笑みを向けて聞き返してくる。
おっとりとしたような、その微笑みに負けず劣らずの優しい風貌をしていて、思わず見惚れそうになってしまったが――俺は直にそれを掻き消し問いかける。
「この子なんですけど、実は記憶を失くしちゃってるみたいでして……何か知っていたりする事ありませんか?」
俺は傍にいる少女に視線を向けながら巫女さんにそう説明をする。
すると、巫女さんは「どれどれ~」と言いながら少女の顔に視線を向けた。
その瞬間だった。
「――――!!」
何かに気づいたのかハッとした表情を浮かべて、巫女さんが急いで少女の前まで歩を進めると、視線を合わせる為なのか屈みこむ。
「この翠色の瞳……まさか……」
巫女さんが、小声でなにやら呟く。
瞳の色?あぁ、外人さんみたいだよね、分かる。
「……あれ?お姉さん、何処かで会った事がありますか?」
近くで巫女さんの顔を視認したからか否か、記憶を失くしている筈の少女の口からそんな言葉が飛び出してきた。
「え!?まさか、思い出したのか!?知り合いなのか!?」
何というラッキーだ。
もし、二人が知り合いだったとするのなら――この巫女さんは確実に手掛かりになる事を知っているはずだ。
いやはや、何という偶然である。
――しかし、そんな期待とは裏腹に現実は無常だ。
「知り合い……では、無いかもしれないですね」
“かもしれない”
なんて、断言しない所に俺は少し違和感を覚えたが――恐らく、少しだけ見たような記憶があるような気がする……的な感じなのだろう。
という事は、悲しいかな。
情報は得られなさそうである。
なんて思っていたが――続けざまに、巫女さんが確認をするかのように口を開く。
「本当に記憶がないんですか?何か思ったり、願ったりしてた記憶とかも」
巫女さんの口から発せられたのは、まるで何かを知っているかのような。
この子が何者なのかを知っているかのような――そんな風に感じさせる不自然なほどに具体的な質問。
「………………そう言われてみれば、何かしたいというか、成し得たいというか――そんな事を思っていたような記憶はあります。でもそれ以外は…………」
随分と具体的な質問の内容に、少女は難し気な表情を浮かべながら答えた。
その光景を見て、俺は思わず確信を得たかのようにして告げる。
「何か知っているんですか……?」
俺は隙をついてそう質問を繰り出すと、巫女さんは何処か考える様な表情を見せ――次第に、言葉を発す。
「…………この子の名前は、
名前!!まさか、何も情報が得られないと思っていたけど……やっぱり、この人はこの子の事を知っているんだ。
――だが、そんな事を思ったのも束の間。
更なる情報に期待を寄せたが、巫女さんが発したのは予想外なものだった。
「現状、私の口から言える事はこれ以上ないです」
「……え?」
これ以上言える事は無い。
その言葉は俺には何故か、巫女さんはこの少女の存在――その核心を掴んでいる。
そんな表現に感じた。
「貴方、お見受けした所この地玖神島の住民というわけではありませんよね。お名前と、宿泊状況等を教えてくださいませんか?」
巫女さんが俺の方に視線を向け、口を開く。
見ただけで俺がこの旅行客だと分かったのか……まさか、この島の住民を全員覚えているのか?
「
今の言葉の意味が処理しきれないまま俺は名前と、現在の状況を伝える。
いや、きっと俺が深く考えすぎているだけであって、言葉通り言える事がないのかもしれない。
「滞在期間は?」
「一応8月の21にまでは居るつもりですが……」
そう答えると、巫女さんは少し考えるそぶりを見せたかと思えば、ゆっくりと口を開き始める。
「
さっきまでの優しい微笑みを持った巫女さんは完全に消え、今その表情には己の使命を全うする武士が如き表情が宿っている。
何故そんな表情をするのかさえ、俺には分からない。
「お願い……?」
俺は困惑しつつも、発せられる言葉を待つ。
――そうして一拍を置いて、巫女さんの口がゆっくりと開かれる。
「貴方には、この子と共にいてあげて欲しいんです」
その発言に、俺は正直言って理解が追い付かなかった。
この子と共に――つまりそれは、親元に返す事無く俺が一緒に居るという事のはずで――――って!!
「いやいやどういう意味ですかそれ、まだこの子について知ってるんじゃないんですか?教えてくださいよ!!」
全く理解しきれない現状に、俺の脳が困惑で埋め尽くされたせいかつい声を荒げてしまった。
ただ、そんな現状でも一つだけかろうじてわかるのは、この人は絶対に何かを知っているという事。
ならば何故、それを今教えず口ごもるんだと思うのは当然だ。
「無責任、勝手だと思う気持ちは分かります。ですがどうか、共に居てあげてください」
こちらの言葉が通じているのか不安にさせる返答が相手から返ってくる。
「いや居る居ないだとか、そういう話じゃなくてですね。この子についての情報を知りたいんですよ。なのにいきなり一緒に居ろってどういう意味なんですか。この子の家族だって――」
だが、俺のこの言葉は地雷だった。
「――家族は、いないんです」
その最悪の一言が、巫女さんの口からゆっくりと告げられる。
家族が居ないという事実――それは、新たに得られた確かな情報であった。
しかし、それと同時に――少女にとっては、辛い事実であるのに変わりないだろう。
「えっ!?」
しかし、俺のそんな考えとは裏腹に、単純な驚きだけの声が隣から発せられた。
こういう時、悲しみのあまり言葉を失ったりするのかもしれないが、少女はそれらを通り越して驚愕といった表情になっている……んだと思う。
「だから今はただ、この子と一緒に居てあげてください。貴方は随分と好かれているようなので」
巫女さんが優しい口調で諭すようにして言うと、微笑みながら少女――もとい、
「貴方は、それでもいいですか?」
と、優しい口調で確認を取る。
それに対し、数秒の間考え込んでいる様子を見せてから、彼女は口を開く。
「……私にとっては、正直願ってもないお話ですけど……お兄さんの方はどうなんですか……?」
「俺は……勿論大丈夫だと思うけど……」
最早、これは俺一人で判断出来るような話ではない。
そして第一、俺達がこの島から帰るとなったら、この少女の事はどうすればいいのだろうか?それまでに記憶が戻る保証なんて、何処にも無いだろう。
考えれば考える程、心配事が増えていく。
しかし、巫女さんはそんな様子の俺を見透かしたのか――。
「心配しなくとも大丈夫です。貴方が心優しき方であったとすれば、私の予想では……お帰りになられる頃には、全て分かる時が来るはずですので」
なんて言葉を告げた。
「それってどういう――――」
「少し調べ物を致しますので、私はここで失礼しますね。それでは、また」
「えっ?ちょッ!!」
俺の言葉を遮るように、無理やり巫女さんが話を切り上げると、神社の方へと足早に向かって消えてしまった。
一体全体、何がどうなっているのか分からないし、理解が追い付かないけど……この子、一旦引き取るしか選択肢は無いのか……。
俺は空を仰ぎながら、そんな事を思うのだった。
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