女子高生×学校×雨
私、
高校の同じクラスの
対して私は、髪はいつもポニーテールでまとめていて、容姿も中の下ぐらい。教室の隅で友達と静かに話をしている、地味な生徒の一人だった。
何より内気だった私は話しかけるのが苦手で、高校生活が始まって半年が終わろうとしているのに、未だに彼と会話らしい会話をしたことがない。席替えで近くになったこともないから簡単な応答でさえも皆無なのだ。
とはいえチャンスがないわけじゃない。私が所属するソフトテニス部と、豊川君の陸上部は部室が隣同士で、彼が帰る姿を目撃することは何度もあった。絶好の機会があるにも関わらず、いざ声をかけようと思った途端に言葉が出なくなるのだから、困ったものだ。
できることといったら、グラウンドを走っている豊川君を横目に打ち込みの練習をするだけ。もちろん教室でも本を読むフリして、こっそり眺めたりしている。
――やだ。これじゃまるで私、ストーカーみたいじゃん。
あーあ、やっぱり見ているだけじゃなくて、少しでいいから話をしてみたいなぁ。
どうやって声をかけたら良いのだろう。私なんかに急に声をかけられたら、きっと彼はビックリしてしまう。寧ろ名前を覚えてくれてるかさえ疑問だ。
「はぁ~……」
自転車を引きながら帰宅の途につく私は、大きな溜め息を吐いた。今日はスマッシュ練習ですっかり疲れてしまい、自転車を漕ぐ気力がない。朝一緒に来る友達は部活が違うから、帰りはいつもほぼ一人だった。
薄ら赤く染まりつつある空を呆然と眺めながら、私は豊川君と話すキッカケを模索した。
世間的に定番なのは〝今日は良い天気ですね〟だけど、部活で今更そんな会話は変だ。それに「そうだね」で終わってしまう気がする。
天気で考えるなら、例えば明日の天気予報が全然違う結果だったら多少は会話が弾むだろうか。「天気外れたね」「気象予報士、嘘ばっかだね」……うん、気象予報士さんには悪いけど、それなら「どの局の予報見てる?」とか続けられそう。
ならもっと面白く、もし私だけが天気が外れると知っていたら?
明日の天気が『快晴』であれば傘なんて誰も持ってこない。特に完璧主義者の豊川君なら、天気予報は絶対に見ているはずだから尚更だ。でも私は知っているのだから準備できる。そうなれば会話は一気に盛り上がるはず。
上手くいけば相合い傘、なぁんてことも――。
「――って、それは欲張りすぎか」
「へぇ、人間は面白いこと考えるね。普通にしゃべればいいのに」
……え、誰か返事をした?
驚いて辺りを見渡すけど、誰の姿もない。
「空耳か……」
「空耳じゃないよ。ここだよ、ここ」
再びさっきと同じ声がして振り返ると、自転車のサドルの上に見知らぬ男の子が立っていた。突然姿が現れたのにもだけど、何よりサドルに立っていることに驚いた。いやいや、バランス感覚どうなってるの――じゃなくて、そんなとこ立ったら危ないから!
「ちょっ、君ダメだよサドルに立っちゃ! 早く降りなさいな」
「うーん、立ってるんじゃなくて浮いてるんだけど……ま、いっか。それにしても、いい色の乗りものだね。ジテンシャっていうんでしょ? コレ」
不思議な男の子は軽やかに地面に舞い降りた。
浮いてるって言った? いや、きっと聞き間違えだろう。
見た感じ小学校高学年くらいの男の子は、とても珍しい姿をしていた。キラキラの金髪と青い目。鼻筋の通った綺麗な顔は、肌が絹のように透き通っている。とても日本人とは思えないけど、日本語が上手いからハーフかな。左耳につけている青い石のイヤリングが印象的だった。
着ている服も青と白を基調とし、何より目を引くのは彼が羽織っているマント。まるで空をそのまま切り取って作ったような、不思議な生地でできたものだった。青い石の付いた杖も持ってるし、アニメのキャラクターのコスプレ?
唯一分かるのは、彼はとても青好きだということ。現に彼が〝いい色〟と言った私の自転車も、濃い青の塗装がされたものだ。
「君、近所の子? お家に帰らなくて大丈夫なの?」
高校は田舎のド真ん中にあり、周りは田んぼに囲まれているから民家は少し歩かないと見ることはできない。それにしたってこんな時間にこの子一人で、一体何をしているのだろうか。
「平気さ。そんなことより、さっきの考え面白そうだから、叶えてみようと思わない?」
男の子は帰ろうとするどころか、変なことを言いだした。
さっきの考えって、もしも天気が外れると知ってたら……ってやつ? 嘘、私もしかして声に出してしゃべってた!? 変な人と思われるじゃん!
「はは、声には出てないよ」
焦っている私を尻目に男の子はそう言った。そして彼は続けた。
「僕は天気のことを考えてる人の声が聞こえるんだ。で、その中から面白そうなやつを気まぐれに叶えてあげてるってわけ」
「叶えるって……君、いったい何者?」
男の子はニヤリと笑った。
そして次の瞬間、私は目を疑った。
緩やかな風が吹いたかと思うと、まるで手品みたいにふわりと男の子の体が浮いたのだ。やっぱりさっきのは聞き間違いじゃなかったんだ。
「僕はメネル、空の事情を管理する番人さ」
「そ、空の番人? 私、疲れて夢でも見てるのかな」
「夢じゃないよ。もし君が本当にさっきの願いを叶えたいなら、明日の天気を変えてあげる。どうする、僕と契約する?」
メネルといった男の子はその小さくて白い手を差し出し、私を誘った。
何だか怖いけど、絶対にこれは夢だし、それなら最後まで付き合ってみたいという好奇心が沸いたのだ。
――そして私は、メネル君の手を取った。
気がつくと、まるで天空に浮いているような不思議な空間にいた。でも足にはちゃんと地に着いている感覚がある。透明な四角い空間を空に浮かべて、その中に立っているみたい。
数歩ほど離れた先には、アンティーク調のテーブルと椅子が並んでいる。そして更に向こうに、王様が座るような立派な椅子も置かれていた。
何だかすごい場所に来たと思っていると、私の横を誰かが通り過ぎた。王座の背もたれに羽織っていたマントを無造作に掛けて、そこに座ったのはメネル君だった。
「突っ立ってないで、そこに座りなよ」と足を組んでメネル君は言った。私は慌てて目の前にあるアンティーク調の椅子に腰掛けた。テーブルの上には一枚の紙と、羽根付きのペンが置かれている。
「契約書さ。天気を変えたいんだったら、それにサインして」
「契約書?」
紙を見ると確かにそこには『契約書』とあり、その下に内容が書かれていた。
(一)本書にサインをした時点で、天気変更の契約成立になります。その場合、それ以降のキャンセル等は一切認められません。
(二)天気変更に伴い報酬をいただきます。契約成立の瞬間に譲渡されますので、ご注意ください。
(三)契約後、空の番人についての記憶は全て抹消されます。
内容はこの3つだった。
えーっと、色々聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいのかな。
「いいよ、今なら質問に答えてあげる」
まだ何も言っていないのにメネル君はそう答えた。そうだ、彼には私の考えが聞こえるんだった。
「この2番目の〝報酬〟っていうのは……?」
「あぁ、それね。手数料だよ、天気は予め精霊たちが計画的に決めてるんだ。それを変えるんだから手数料くらい貰わなきゃ」
何それ、聞いてない。それならここに来る前で先に言ってほしかった。
……って、もしかしてこれも聞こえる?
「聞こえてるよ、何でタダだと思ったのさ。『君の一番好きな食べもの』が報酬だ」
「なーんだ、それだけ?」
「そうだよ。でもここから出たら、君はその食べものを一生口にすることはできなくなるよ。僕が貰うんだから」
〝一生口にすることはできなくなる〟
メネル君のこの言葉が、私の胸に重くのし掛かった。
私の一番好きな食べものは、家の近くにあるケーキ屋のロールケーキだ。生クリームがたっぷり入っているのにしつこくなくて、スポンジもフワフワでどんどん食べれてしまう。あれが二度と食べられなくなるなんて考えたくもなかった。
でもこれは夢なんだからきっと大丈夫。私の希望で天気なんて変わるわけないし、空の番人なんているわけない。最後まで付き合って目が覚めれば、ロールケーキだって食べられるはず。
私はそう自分に言い聞かせて落ち着いた。
「……それで、他に聞きたいことは?」
メネル君は面白くなさそうな顔をして問いかけてきた。夢だと信じている私に納得できないようだ。それにしても変にリアルな夢。
「えっと、3番目に〝記憶は全て抹消〟ってあるけど、天気を変えるって依頼したことも忘れたら意味ないんじゃない?」
「それは大丈夫。僕に会ったこと、ここで見たことは忘れるけど、天気が変わるってことだけは覚えてるから。明日の計画は晴れだけど、君が帰る頃に雨を降らせばいいんだろう? そうするように調整してあげるさ」
へぇ、そこまで融通利かせてくれるんだ。それなら朝の天気予報の時点では晴れだけど、私だけは雨になることを知ってるから傘を持っていける。帰る頃なら部活が中止になる心配もない。
これが本当なら、豊川君と話せるチャンスかもしれないけど……残念だなぁ。でもロールケーキが食べられなくなるのは嫌だし。っていうか私、ロールケーキが好きだって言ったっけ? あ、思考が聞こえるからいいのか。
「分かった、ここにサインすればいいのね」
「ま、君がいいならすればいいさ」
不安な気持ちを押し切って、私は契約書にサインをした。
すると契約書は光を放って浮き上がり、メネル君に吸い込まれるように飛んでいった。彼はそれを軽快につまんでサインを確認すると不敵に微笑んだ。
「契約成立。ご依頼、確かに承りました。では報酬をいただきます」
メネル君がそう言うと、彼を始めとする目に映るもの全てがぼんやりと滲んでいき、私は深い眠りに就くように意識を失った。
◇
今朝はいつもより早く目が覚めた。定番で見る情報番組の天気予報は快晴。洗濯物はよく乾き、お出かけ日和で傘の心配もないとのこと。でも私は無性に傘を持っていきたい衝動に駆られた。それも念のための折りたたみではなく、普通の大きい傘だ。
当然出かける前にお母さんが「傘なんていらないよ!」としつこく言っていたけれど、絶対に持っていくのだと押し切った。そしていつもより早く家を出て、自転車ではなくバスで学校へ向かったのだ。何でだろう、自分でもよく分からない。
今日もカッコいい豊川君。教科書越しにチラチラ見ながら授業を受け、流れるように一日を過ごして終礼。部活は先輩と練習試合をして、いつもの時間に帰宅の号令が出た。
……今から、雨が降る。全く根拠はないのに何故か私はそう断言できた。そして、それはとても大切なことに思えた。
すると早速、帰宅する運動部員がまばらに散らばっているグラウンドの土の上に、ポツポツと小さなシミができたかと思った途端に大粒の雨が降ってきたのだ。
「わーっ! 嘘だろ、聞いてないぞ!?」
「ちょっと~、今日晴れるって言ってなかったー? マジ最悪なんだけどぉ!」
皆が文句を言いながら、カバンを傘代わりに頭の上に乗せて一目散に走り出す様子を、部室の前で淡々と傘を差しながら眺めていた。
その時、隣の陸上部の部室の扉が開いて、中から豊川君が出てきた。
「……あ」
「あ」
私を見て声を上げた豊川君につられて、私も声を上げた。彼は止めどなく降り注ぐ雨空を見上げると、小さく溜め息を吐いた。
「天気予報外れてるじゃないか。宇藤すごいな、何で雨降るって分かったの?」
わっ、豊川君が話しかけてくれてる! 名前覚えててくれたんだ。
「え、あ、ううん。自分でもよく分からなくて。豊川君も今から帰り?」
「そうなんだけど……あ。宇藤って方面どっちだっけ? 俺バスなんだけど、途中まででいいから入れてってくんない?」
嘘っ、相合い傘!? 話せただけでも嬉しいのに、相合い傘なんて夢みたい。しかも豊川君が乗ってるバスは、私が今日乗ってきたのと同じ方面であることが判明。こんな奇跡ってあるんだと胸が躍った。
それからは二人でバス停まで歩き、同じバスに乗って色々話をした。今まで話さなかったのが不思議なくらい、豊川君とは話がよく合った。そうしたら彼も同じことを思ってくれたみたいで、明日からは教室でも話そうってことになったのだ。
一歩だけかも知れないけど、私の恋が前進したような気がして嬉しかった。
これは雨に感謝しなくては。
嬉しい気分で帰ったその日の夜、1つだけ悲しいことがあった。
お母さんが夕食のデザートで、私のお気に入りのロールケーキを買ってきてくれたのに、食べようとすると酷い吐き気を催すのだ。
その日は体調が悪いのだと諦めて寝たのだけれど、翌朝もそれ以降も私はロールケーキを口にすることができなくなってしまった。
あんなに好きだったロールケーキ、どうして急に食べられなくなったんだろう。
まるで豊川君と引き換えに失ってしまったみたいだ。
***
「はい、
あの子から貰ったスイーツを精霊と共に頬張りながら、僕は地上を眺めていた。
うーん。フワフワなスポンジに、たっぷりの生クリーム。まるで雲みたいだ。
このロールケーキ、控えめな甘さでいくらでもいけちゃう気がするなぁ。
「上手くいったんだ。良かったじゃない、宇藤早月さん」
楽しそうに笑う彼女を見ながら、僕は満足げにもう一口ケーキを頬張った。
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