第50話 元婚約者Side その4



《ハイターSide》


 アレクがネログーマへ帰還してから、しばらく経ったある日のこと。

 アレクの元婚約者、ハイターは命からがら、デッドエンド村へと戻ってきた。


「や、っと……かえって……これたぁ……」


 サクツの街からここまで、かなりの距離があった。

 今の彼女には馬車に乗る金もなかったので、徒歩で帰るほかなかったのである。


 彼女は安全な道を選び、かなり遠回して、そしてやっと故郷へと戻ってきたのだ。


「もう……諦めよう。もう、アレクを頼るのは無理……だってもう、あいつは、ネログーマの副王なんだから」


 逃した魚は大きかった。が、もう手の届く場所にはいないのだ。

 大人しく、アレクを諦めるのがいいだろう。


「そうよ……アレクがいなくても、あたしにはあの道場がある。新築にしたばかりの、綺麗な家があるのよ」


 全てを失ったハイターにとって、家は彼女の唯一の宝物。

 彼女の精神的ともなっている、家。それを失ったら、もう今度こそおしまいである。


「……少し、疲れたな。家でゆっくり休もう。それから、どうするか考えよう」


 フラフラ歩きながら、ついに、ハイターは帰還を果たす。

 ピカピカで立派な我が家を見た時、じわり、と目に涙が浮かんだ。


 それほどまでに、全てを失ったハイターにとって家は、精神を支える柱的存在。

 だが。


 そのときである。

 ゴロゴロゴロゴロ……!


「な、なに? 空が急に曇り出したわ」


 空を仰ぎ見ると、暗雲が天を覆っていた。

 嫌な予感がして、ハイターは急いで家に入ろうとする。

 が。


 ピシャッ!

 ドゴォオオオオオオオオオオオオオン!


 ……なんと、ハイターの家に雷が落ちたのである。


「は? え……? は? なに、これ。どういうこと……?」


 雷はハイターの家に落ちる。

 屋根が軽々と吹き飛び、そして……


 ゴォオオオオオオオオオオオ!

 落雷によって火災が発生したのだ。


「い、いや! いやぁああああ! あたしの家がぁああああああああああ!」


 炎が一瞬にして家を包み込む。

 ハイターは慌てて家に近づこうとするも、その炎と煙に阻まれて中に入れなかった。


「なんだ、騒がしい」

「村長ぉ!」


 ハイターの元へやってきたのは、ここデッドエンド村の村長、ギルガメッシュだ。

 

「ねえお願い! 火を消すの手伝ってぇ! あたしの家が燃えちゃうのぉお!」


 涙を流しながらハイターが懇願する。

 しかし、ギルガメッシュは首を横に振るった。


「それはできぬな」

「はぁああ!? なんでよお! 村人が困ってるのよおぉ!? てつだいなさいよぉ! 助けなさいよぉ!」


 泣きながらそう言っても、ギルガメッシュは首を縦に振らない。


「おまえは我が村の人間じゃない」

「は? なに、それ。どういうこと?」


「おまえは、アレクがいたからこの村にいれただけだ」


 アレク。元婚約者。


「彼の婚約者だから、村においてやっていたのだ。だがおまえはアレクを追い出した。もう、おまえをこの村においておく義理はない」

「そ、そんな! ひどい! あ、あたしはアーサーの孫なのよ!?」

「そうだな。だが、アーサー氏本人じゃない」


 だから、村人と認めないということらしい。


「アレクが出て行ったあと、無理やり村をおいださないでやっただけでも、感謝してほしいくらいだな。アーサー氏の孫じゃなかったら、今頃叩き出しているところだ」


 ギルガメッシュからは、ハイターに対する明確な怒りと敵意を感じさせた。

 彼は、否、村人たちは怒っているのだ。アレクを追い出した、愚かなる女のことを。許してないのだ。


「そんな……おねがいよぉ、雷が偶然おちてぇ。このままじゃ、家が燃えちゃうよぉお」

「それも、自業自得だ。落雷は、おまえがアレクに酷いことをしたことで、天罰が降ったのだ」

「天罰ぅ?」

「うむ。古来より、神に無礼を働けば、天罰が降ると相場が決まっているだろう? 師の技を完全に継承し、アレクは剣の神となった。それゆえ、今、おまえに天罰が降ったのである」


 ……何を言ってるのか、さっぱりわからなかった。

 だが、これだけはわかる。


 アレクに、酷いことをした。だから、そのしっぺ返しを受けているのだと。

 そして……。


「それに、もう消化活動は必要ないだろ」


 す、とギルガメッシュが指差す。

 そこには、何もなかった。道場は、完全に燃えて、灰になったのである。


「あ、あびゃ、あば……ば……」


 変な声を上げながら、ハイターは仰向けに倒れる。

 今頃になって、ポタポタと雨が降り出した。


「アレクぅ……アレクぅごめんねぇ……あたしが、間違ってたよぉ……」


 彼女は心から反省し、謝罪の言葉をアレクに呟く。

 だが、今更謝っても、もう遅いのだった。


 

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