第45話 聖剣をなおし、嫁化



 王都、鍛冶屋にて。

 私の相棒、ファルシオンが粉々になった状態で運び込まれてきた。


「こりゃ……わしにはどうにもできんじゃ」


 ガンコジーさんが壊れた剣を見て、ふるふると首を振る。


「そんな! 世界最高の鍛治師と呼ばれた兄貴でも直せないのかい?」


 ガンコジーさんの弟、イッコジーさんが青ざめた表情でいう。


「うむ。ここまで壊れてしまってわな。それに、神器を修復なんて、人には不可能じゃ。ドワーフであってもな」

「そんな……」


 ドワーフさんたちが私を見て、申し訳なさそうに言う。


「すまぬ、副王殿。わしにはどうにもできませぬじゃ」

「……わかりました」


 私は壊れた聖剣の柄を握る。

 ファル……今までありがとう。せめて、安らかにお眠り。


『あ……う……』

「ファル!? 生きてるのかい、ファル!」


 今微かに、聖剣からファルの声が聞こえた。

 そうだ、闘気オーラを纏っている以上、ファルはまだ生きてる。


「聖剣は生きておられるのですな?」

「はい。ガンコジーさん、聖剣……神器ついて、何か知ってることを教えてはいただけないでしょうか?」


 ガンコジーさんほどの高明な鍛治師なら、神器に関することを、何か知ってるかもしれない。


「そうは言っても、知ってることなんて少ないですじゃ。神器は生きてること。選ばれしものにしか使えぬこと」

「そうですか……」


「ううむ……む! そうじゃ! 思い出したぞ!」


 ガンコジーさんがポン、と手を鳴らす。


「神器使いは、壊れた神器を自分で直すことができた、という記述があったのじゃ!」

「神器を、自分で直せた?」


「うむ。大昔、神眼の勇者ミサカが使っていた聖剣エクスキャリバーは、戦いの最中壊れても、すぐに直ったという記述が確かあったのじゃ」


 聖剣が神器だと仮定すると、その神眼の勇者ってひとが、神器使い、つまり選ばれしもの。

 勇者は壊れた相棒を元通りにできた。


「具体的に、勇者はどうやって治したのか書いてありましたか?」

「そこまでは……。ただ、勇者が神器にてをかざすと、神器は白銀に輝き、みるみるうちに壊れた刃が元に戻ったと」


 ……なるほど。


「手がかりなしじゃないっすか! せっかく直せる可能性がでてきたのに……」


 ワンタくんが落ち込んでいる。

 自分のことのように考えてくれるだなんて。優しい子だ。


「大丈夫です。今ので、神器の治し方がわかりました」

「ほ、ほんとっすか!? す、すげえ……ガンコジーさんにもわからない、治し方を思いついちゃうなんて!」


 一方ガンコジーさんが訪ねてくる。


「ど、どどど、どうやって修復するのですか!? ぜひ、ご教授いただきたい!」


 ずさ! とガンコジーさんが私の前で土下座する。


「す、すげえ。プライドの高い兄貴が、人に頭を下げるなんて。あのおっさん、何者なんだ……?」


 イッコジーさんが目を丸くしてる。

 頭を上げるようにと私は促しながら、言う。


「神器修復には、闘気オーラをこめる必要があるようです」

「は? 闘気オーラ? それで直るのですか?」


「はい。神眼の勇者の記述から推察するに、勇者は聖剣に白色闘気を流していたのだと思われます」


 そうだ。

 壊れた骨や体組織を、白色闘気で直せるのだ。


 神器は人間のように、生きてる。ならば、神器の修復も、人間の体を治すように、白色闘気でできるのではないか?


「実際にやってみます」


 私はファルシオンの柄を握る。

 そして、闘気をこめる。


「ぴくりともしないっすね」

「ならば、もっと込める」


 ごぉお!


「うわぷ! す、すげええ! なんすか!? この尋常じゃない闘気量! これが、副王様の全開!?」

「そんなわけないでござる」


 水蓮が腕を組みながら言う。


「アレク殿の本気は、こんなものじゃないでござるよ!」


 私が闘気を少し強めに流したとき、刃がかたかた、と微振動していた。

 ならば、もっと、もっとだ。闘気を込めろ。


 カッ!

 ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!


「うぉおお! なんとうことじゃ! 感じる……副王殿の体から、圧倒的なプレッシャーを!」

「き、綺麗っす!」「こんな綺麗な闘気、初めて見たっ!」


 闘気をみえぬドワーフさんたち、そして護衛の剣士くんたちが、驚いてる。

 私は目の前のファルにありったけの闘気を流し込む。


 すると……

 折れた刃が宙に浮かび、そして一つの形を成していく。

 いける! もっと、もっと闘気を!


 カッ!


 一際まばゆい光が部屋を包み込む。

 そして……光は唐突に消えた。


「! ファル!」

「うぉおおお! すごい、すごいですぞ副王殿! 聖剣が、元に戻っておられるのじゃ!」


 私の手には美しい刀身の、見事な剣が握られていた。

 その美しさよりも、私は……私は、ファルが、元通りになってくれたことのほうが、嬉しかった……


「ファル、良かった。ありがとうございます、ガンコジーさん。あなたのおかげで、大事な相棒を治すことができました」

「何をおっしゃる! 直せたのはあなた様のお力があってことではありませぬか!」


「いえ、あなたのアドバイスがなければ、直す方法をそもそも思いつきませんでした。感謝しても、しきれません」

「ううむ、なんと謙虚なお方だ。偉大なる剣士は、心もちも偉大ということだろうか」


 と、そのときだった。


「そうじゃ!」

「え?」


 ぱぁ! と聖剣が、またも強く輝く。

 光る刀身がぐんぐんと伸び、それは……


 一人の、女の子へと変化した。


「我のあれくは、すごいのじゃー!」

「…………ふぁ、ファル?」


 つるん、ぺたん、とした長い髪の女の子が、目の前にいた。

 しかも、全裸だった。


「だ、誰よあんたぁああああ!?」


 スカーレット姫が慌てて近づいて、女の子の肩を揺する。


「われは創造神ノアールが生み出し三大聖剣が一つ! 空の大聖剣ファルシオン、じゃ!」


 空の大聖剣……そんなあだ名が彼女にあったのか。

 というか、いや、いや。


「ふぁ、ファル? あなた、その姿……」

「あれくぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡」


 ファルは私に抱きついてきた。全裸幼女に抱きつかれてたこと、そして相棒が人間になったこと、驚きの連続にさすがの私も戸惑ってしまう。


「あれくぅ♡ああ愛しのあれくぅ〜♡たすけてくれてありがとじゃぁ。もうかっこいい! 好き好き好き〜♡」


 これは、どういうことだろうか?

 ファルは今までずっと剣の姿をしていた。喋ることはできても、しかし、人間になることはできなかったはず。


「おそらく、大量の闘気を浴びて、剣が進化したのでしょうな」


 とガンコジーさんが神妙な顔で呟く。


「剣が進化なんてするのですか?」

「ええ。わしの師より聞いたことですが、神器は使い手の力量が上がると、姿を変えると」

「なるほど……」


 力量があがる、つまり、まとう闘気の量があがると解釈するならば、合点がいく。

 聖剣は、使い手が強くなること(込める闘気量が増えること)で、進化できる。だから、ファルも進化したと。


「副王様って最初からすごい闘気量もってたのに、進化しなかったのってなんでっすかね?」

「あまり闘気をこめすぎたら、ファルが壊れてしまうと思って手を抜いていたのです」


 今までは遠慮していた。

 でも、今回は全力でファルに闘気を込めた。結果、進化に必要な闘気オーラ量を超えて進化した、ということだろう。


「ああ、素晴らしい。なんと力強く、なんと莫大な量の闘気! やはり、あれくこそが我の運命の使い手だったんじゃ!」


 むぎゅー、とファルが私の体に抱きつく。

 ……この次の展開が、私には容易に想像できた。


「わが愛しの使い手、あれくよ! 我を、おまえの女にしておくれ!」


 ……こうして壊れたファルを元通りにすることができた。

 そしてまた若い女の子にプロポーズされたのだった。そんなに、こんなおじさんがいいのでしょうか……


 まあ、それはそれとして。

 ファルを売っただけでなく、壊した、ハイターには、今回のことでかなりの憤りを覚えた。


 絶対に、ハイターは許さない。あまり感情的になるのはよくないとは思っていても、だ。


 恩師から受け継いだ大事な剣を、粗末に扱ったのだ。許す道理がどこにある?

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