おっさん剣聖、獣の国でスローライフを送る~弟子に婚約者と道場を奪われ追放された俺、獣人国王女に拾われ剣術の先生となる。実は俺が世界最強の剣士だったと判明するが、泣いて謝っても今更戻る気はない

茨木野

第1話 最強の剣聖、婚約破棄される


「ごめんなさい、【アレク】。あなたとの婚約を破棄させて欲しいの」


 早朝、新しく建て直した道場の掃除をしていたとき、私の目の前で婚約者が、そういった。


「……どういうことだい? 理由を、教えて欲しい」


 婚約者の女性、【ハイター】に、私は尋ねる。


「アレク。わたし……真実の愛に目覚めたの!」


    ★


 ここは精霊がいて、魔物がいて、魔法が実在する世界。

 そんなファンタジー世界に転生したのは、38年前のこと。


 私は日本の一般家庭に生まれた。

 普通に学校を卒業して、普通に会社に入り、普通に社会の歯車として働いていた。


 だがある日、トラックにひかれそうになってる子供を目撃。

 私はとっさに体が動き、その子を突き飛ばし、助けることに成功した。


 しかし私は彼を助けたことでトラックにひかれて、死んでしまう。

 意識を失うその瞬間、私が聞いたのだ。


『ごめんね、君は死ぬ定めじゃ無かったんだ。ぼくの手違いで死んでしまった。お詫びに、第二の人生をプレゼントするよ』


 そして気づけば、私は前世の記憶を取り戻していた。

【アレク・サンダー】。それが、この世界での私の名前。

 どうやら私は異世界転生をしたようだった。


 記憶を取り戻したのはアレクが3歳のとき。

 アレクはデッドエンドと呼ばれる辺境の村で、農夫婦の息子として生まれた。


 しかし私が3歳のときに村を魔物が襲った。

 その際に、私の両親は魔物に食われて死んでしまう。


 孤児となってしまった私を不憫に思ったのか、私を引き取ってくれる人が現れた。

 この村唯一の剣術道場の師範代、【アーサー・ペンドラゴ】氏。 


 子供のいないアーサー師匠は私を家に置いて、本当の子供のように育ててくれた。

 私は師匠への恩を返すため、彼のもとで剣を学んだ。


 ここが辺境の地であるせいか、道場には人が全く訪れない。

 たまに門をくぐる人もいるのだが、すぐに根を上げて出ていってしまう。


 後継者不足に頭を悩ませていたアーサー師匠のため、私は道場を継ぐ決心をし、彼のもとでひたすらに鍛錬を繰り返した。

 彼の剣を後世に残すことが、私にできる唯一の恩返しだと思ったからだ。


 しかし私には、どうやら剣の才能が、無かったらしい。

 いくら鍛錬を重ねても、私の剣術は、師匠の剣に遠く及ばないのだ。


 正直、心が何度も折れそうになったが、それでも私は諦めず頑張った。

 15になり、村の同世代の子らが都会へ出ていくのを横目に、私は道場に残ってひたすら鍛錬を続けた。


 それから10年後。やっと、師匠に一本入れることができた。

 試合のあと、師匠は倒れてしまった。医者からは、もう長くはないと診察されてしまった。


『アレク。おまえに二つ頼みがある。一つは道場。もう一つは、孫娘のことだ』


 どうやら師匠には都会に出ていった娘がいたそうだ。

 その娘の子供、つまり孫が今度、都会から田舎に戻ってくるらしい。


『ハイターと結婚し、この道場を守っていってくれ』


 それが、師匠の遺言になった。

 その後、村にハイターが帰ってきた。


 ハイターは15歳と、かなり若かった。

 一方私はそのとき35歳。20も歳が離れていた。


 ハイターは最初から不満そうだった。

 祖父の決めた婚約者が、こんなおっさんなのだ。

 気持ちは理解できる。


 ハイターの親、つまり師匠の娘は他界してしまったそうだ。

 他に頼れる人もおらず、唯一の肉親である師匠の元へ帰ってきたとのこと。


 師匠も死んでしまい、天涯孤独になってしまったハイターに、私は同情した。

 私はハイターの婚約者として、できる限り、彼女に優しくした。


 それから3年が経過。

 私は38、ハイターは18になった。


 私が師範代となってから、少しずつ、門回生が増えていった。

 金にも少し余裕が出てきた。


 ハイターがある日、道場を新しくしたいとわがままを言ってきた。

 私は彼女のわがままを受け入れて、道場とそして家を新しくした。


 そして、新居、新道場が完成した朝に、ハイターはいったのだ。


「真実の愛に目覚めた」と。


    ★


 話は冒頭に戻る。

 道場には私とハイターの二人がいた。


「真実の愛……。つまり、他に好きな人ができたということかい?」

「そうなのよ。ごめんね、アレク」


 ハイターからの突然の申し出に驚きつつも、私は内心で納得していた。

 それはそうだ。


 彼女は若く美しい。一方で、私は元孤児のおっさん。

 こんなのと結婚しろと言われても、はいそうですかと納得できるわけがない。


 それにハイターはこの村に来てから今までずっと、私に対して塩対応を続けていた。


 彼女とはキスはおろか、ハグも、夜の関係も持ったことはない。

 彼女が私のことを愛していないことは明白だった。


 だから他に男ができたと彼女が言ってきても、驚きはすれど、意外では無かった。

 ああ、やはりな、という気持ちが先立ってしまう。


「……お相手は?」

「おれっすよぉ、おっさーん!」


 道場に入ってきたのは、色黒金髪の青年。


「【マオトッコ】」

「ちーっす! おっさん。悪いねぇ、ハイターちゃんはおれが美味しくいただいちゃいました!」


 私をバカにしてくる、このマオトッコという青年は、この道場の門下生のひとりだ。


 門下生とはいうものの、彼が真面目に鍛錬に打ち込んでいる姿は一度も見たことがない。

 何のために道場に入ったのか気になっていたが、そうか。


 ハイターに会うために通っていたのだな。


「ごめんね、アレク。わたし、人に決められた結婚なんて嫌なの。恋をして、好きな人と結ばれたいの」


 ふぅ……。

 まあ、仕方がないか。


「わかったよ、ハイター」

「え?」


 ハイターは目を丸くしていた。


「マオトッコ。ハイターを頼みますね」

「え、あ、アレク? いいの?」


「ああ。私は君の気持ちを尊重するよ。君に振られてもしかたない。君に好かれる努力をしてこなかった、私が悪いのだから」


 師匠から託された道場を守るために、私は必死だった。

 でもそのせいで、託されたもう一つのもの……ハイターのことを蔑ろにしてしまった。


 言ってしまえば、今回の婚約破棄、私にも原因があったのだ。


「おいおっさん! 正直にいっていいんだぜえ? 自分の女を取られて悔しい、ってよお!」


 マオトッコが嘲笑を浮かべるも、私は静かに首を横にふる。


「いや、悔しくはないさ。マオトッコ」

「はぁ!? なんでだよ。もっと悔しがれよ!」


 ……どうしてマオトッコは怒っているのだろうか。

 自分の望み通りの展開だろうに。


「……では、私はこれで失礼するよ」


 私は踵を返して道場から出て行こうとする。


「え!? アレク? どこにいくの!」


 ハイターは私に尋ねてくる。


「村を、出ようと思う」

「え!? な、なんでよ!」


「私がここにいたら、君たち夫婦がやりにくいだろう? それに、この道場は師匠の孫娘である、君のものだ」


 この道場は師匠のものだ。

 私が師範代をやれていたのは、その孫娘と結婚するから。


 しかしその婚約は破棄されてしまった。

 私には、この道場を引き継ぐ権利はない。


「ま、待って! アレク!」


 ハイターは私を呼び止めてくる。


「道場に出ていかれたら困るわ! 門下生たちに、誰が剣を教えるのよ!」


 ……確かにその通りだ。

 現在、この道場には四人の女の子たちが所属してる。


 みな、遠くからわざわざこの辺境にまで通ってきてくれているのだ。


「彼女らには手紙を出しておくよ。その後、道場をやめるか続けるかは、彼女らに判断を任せる」


「いやでも……」


 不安げなハイター。

 マオトッコが言う。


「ぎゃっははあ! だーいじょうぶだってぇ! 道場はおれがなんとかすっからよぉ!」


 ……マオトッコが剣をまともに握っているところを見たことがない。

 どう考えても、門下生の彼女らに剣は教えられないだろう。


 まあ、とはいえだ。

 門下生たちは私の目から見ても、みんな凄腕の剣士たちだ。


 正直、もう彼女らに教えることは何もないのだが。

 どういうわけか、熱心に道場に通ってくるのだ。


 いきなり私が辞めたら驚くだろう。

 だが、彼女らはもう十分に強いのだ。教えることもない。


 私がいなくてもやっていけるだろう。


「で、でもマオトッコ。あなた剣教えられないでしょ? アレクがいたほうが」

「あんなおっさんいても目障りだよ!」


 ……やはり私はこの場にふさわしくないようだ。


「そいうわけだ、ハイター。さようならだ」


 私は踵を返し出ていく。


「アレク……」


 私の手を、ハイターが掴む。

 ……ハイターは優しい子だ。私のこれからのことを、心配してくれているのだろう。


「出ていくなら、おじいさま剣、置いてって」

「…………」


 私の腰には、師匠から受け継いだ剣がさしてある。

 ああ、そうだよな。そうだ。


 この剣も師匠のものなのだから、私が持っていってはいけないいな。

 ……てっきり、私のことを心配して、それでも残ってといってくれると思ったのだが。


「…………」


 私は師匠の剣を鞘ごとはずして、剣をじっと見やる。

 ……師匠の剣。進化聖剣エクスキャリバー。


 ごめんよ、キャリバー。

 ここでお別れだ。


『ま、ますたー! そんな! わしも連れてっておくれ!』


 剣から声が聞こえてくる。

 そう、この世界には意思を持つ剣というのが普通に存在するのだ。


 キャリバーもその剣の一本だ。

 新しい使い手と仲良くするんだぞ。


『いやじゃ! わしはこんなチャラそうな男に、使われたくない! わしはお前様と一緒がいい!』


 ……わがままを言わないでおくれよ。

 剣の所有権は向こうにあるんだから。


「アレク。さっさと渡しなさいよ」


 別れを惜しむ私たちをよそに、ハイターが私に手を伸ばしてきた。


「すまないな。ほら。キャリバー、新しいマスターだよ。ご挨拶しなさい」

『いやじゃー! マスターと一緒がいいのじゃあ!』


 しかしハイターは私に、キミ悪そうな顔を向ける。


「バカみたい。剣があいさつなんてするわけないでしょ?」

「ぎゃはは! おっさんついにボケたかぁ?」


 ……ん?

 どういうことだ。キャリバーの声が聞こえてないのか?


「でてくならさっさと出てってよ」

「……そうだね。長居してわるかった。じゃあね、三人とも。達者で」


 ハイター、マオトッコ、そしてキャリバーに別れを告げる。

 私は道場を後にしたのだった。

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