自由なろくでなし達の実践的な青春批判

湊川つくも

第一章 ろくでなしは平穏を望む

第1話


 ――僕は間違いをおかした。


 なにをどう間違えたのか、今になってもよく分からないけれど、何かしら選択を間違えたのは確からしかった。


 目の前にはいっそ恐ろしいほど端正な顔が一〇センチとない距離に近づき、仰け反る僕の背中にはもはや退路がない。背中から伝わるひんやりとした壁の感覚と、僕を押さえ込むように伸ばされた両腕。

 そして、獲物を仕留めようとする狩人のような彼女の笑みが、否が応でも理解させてくる。


 ――逃れる術はもうないと。


「捕まえたよ、優人くん?」


 蠱惑的な声が僕の脳内をかけ巡る。


 その声は麻薬のようで、僕の頭はほとんど麻痺してしまっていたけれど、それでも生き残った思考の残滓が湧き上がる疑問を口から吐き出した。


「ど、どうして名前を……」


 彼女とは初対面のはずだった。少なくとも僕には覚えがなかったし、そもそも僕は今日この高校に転校してきたばかりだ。

 知り合いなんて一人もいない。


 クラスメイトにこそ簡単な自己紹介はしたけれど、こんな根暗でつまらない人間を覚えている奇特な人はそういないだろう。


 ならどうして、彼女は僕を知っているのか?


 その疑問が余計に脳内をかき乱してくる。


「ふふっ、知っているとも――」


 彼女は微笑み、鷹揚に頷く。


 そして――


「君は私の婚約者フィアンセなのだからね」


 僕に人生で最大の混乱をもたらした。

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