【長期連載】異世界ねこ物語

猫海士ゲル

プロローグ

第1話 戦国猫と機械兵団

 岩の上から丘陵きゅうりょうを見下ろす。

 木々に覆われるけもの道をゴブリン・タイプのロボットがぞろぞろ歩いていた。


「やっぱり警戒されてるなぁ」

 俺の視力で見えているわけじゃない。源次郎げんじろう千里眼せんりがんで捉えた映像が脳内で再生されているのだ。


翔太しょうたどのが推察した通りにござるな」

 横に並び立つのは戦国武将を彷彿とさせる甲冑。牛革と鉄で構成された重厚な装いで、視線を向けてくるは……猫!


 兜の中に収まるのはドングリ眼に白い髭をピンと伸ばした肉食系哺乳類の猛獣。

 尻尾以外は甲冑に隠れているが、彼らは全身毛むくじゃらのもふもふ生物だ。

 長い後ろ足で人間のように立ち、人間のような仕草で動き回る。


 手に肉球はあるものの本物の猫より指が長く、やはり人間のようにモノを掴む。おにぎりを美味そうにむしゃむしゃ食べる姿は、愛おしささえ感じた。


 源次郎の身長は俺よりやや小さいが、猫の中では大きな体型だ。

 毛並みは、いわゆる『キジトラ』だ。他にも白猫、黒猫、トラジマと、そして三毛猫もいた。


「あれはゴブリン……つまり、小さい鬼だ。チビだからって侮らないように。中身は機械仕掛けの兵器だから戦闘力は高いはずだ」


 頻繁に町へ襲撃をかけてくる兵団を猫たちは「トンガリ耳」と呼んでいた。エルフの姿を模したロボットの戦闘集団だ。

 猫たちの返り討ちにより破壊された機械生命体を目にして驚愕した俺だが、それ以上に気になったのは西洋の伝統的な物語に登場するような『正式な』エルフではなかったことだ。

 それは日本のアニメで有名になった、耳がやたらと長い『ナイフ・イヤー・エルフ』だった。


 猫たちは言った。

 こいつらは三年前に町外れの高台へ突如出現した『機械城』に住む魔王配下の連中だと。嫌な予感に心がざわめいた。


拙者せっしゃは、あやつらも初めてみました。あれもカラクリにござるか」

 源次郎は顎に手をあてながら「ふーむ」と嘆息たんそくする。


 町の襲撃はエルフが担当しているのか、他の連中はやって来なかった。源次郎ら猫たちは他のタイプを見たことがなかった。


 けれど俺は薄々感づいていた。ロボットの外見は様々いたわけだ。

 共通しているのは『異世界ファンタジー』に出てくるようなキャラばかりだということ。

 つい一時間ほど前も、草むらに身を潜めていたドワーフ・タイプを討ち取った。

 顎髭を生やした『小さいおじさん』が鎌を手に草むらから飛び出してきたが、俺の脇にいたブチ猫サムライが胴体を輪切りにした。

 これらを創った魔王なる人物に、やはり『あの人』を連想せずにいられなかった。


「そうさ、あれも命を持たないカラクリ人形だ。だから気にせず叩き壊してしまおう」


 俺は懐から『金切りノコ』ブレードを取り出すと天へ掲げる。

 木製の持ち手から青白い輝きとともにギザギザの両刃が伸びている。薄くて細い金属のやいばだ。

 大きめのカッターナイフにも見えるが、あらゆる金属を叩き切る魔法の短剣だ。

 源次郎が神々こうごうしいしいものを見るように仰ぐと「御意ぎょい」と自らも日本刀を抜いた。


 岩下がんかに参集する猫サムライたちも銘々が刀を抜く。


「えいえいおー!」


 茶トラ、サビ猫、銀猫、等々総勢百匹が勝鬨かちどきをあげた。

 大柄なシャム猫が法螺貝ほらがいを吹き鳴らす。勇壮な音が木々の間を木霊する。


 さあ、いくさだ。


 皆と一緒に野路を一直線に駆け下りる。

 猫サムライたちは二本足で、しかも重厚な鎧を纏いながらも足が早い。屈強凄まじい体力だ。かつての俺なら追いつくことすら出来なかっただろう。


 だが、この世界には魔法がある。


「スピードアップ」

 呪文を唱え勢いを増して先頭を走った。


 一気に敵の目前へ出る。

 間髪入れず、「ジャンプ」ロケット花火のように高く跳び上がると、そのまま一気に敵陣へ急降下。陣頭指揮を執っていたリーダー格を金切りノコ・ブレードで切り裂いた。


 どんっ、という爆発音とともにゴブリンは黒煙を吐きながら倒れた。


「お見事!」

 後ろについた源次郎から賞賛があがった。


 しかし安堵するのは早い。敵は混乱しながらも襲い掛かってきた。


「てやぁっ!」

 源次郎の日本刀が、ロボの腹を真っ二つにする。倒れる向こう陰から、さらに一体が剣を手に襲い掛かる。脇の黒猫がそれを討ち取る。


 はげしい太刀音に混じって音が鼓膜に響いた。

 視界に捉えたそれは、まるでスズメバチの奇襲だ。とめどなく乱れ飛んでくる石鏃いしやじりを数匹の猫サムライたちが魔法障壁しょうへきを張って防いだ。


 石鏃の一部が爆発した。どうやら爆薬を仕込んである。

 障壁が欠けて負傷する者が出た。


 しかし猫たちは怯まない。

 甲冑鎧の出で立ちはダテじゃない。俺が大河ドラマでみた戦国武将たちの気迫そのままだった。


「翔太殿ッ!」

 群衆で乱れる視界のはしにギラリ光る剣先を見た。俺へ向けて真っ直ぐに突き刺さってくる。咄嗟のことで躰の反応が遅れる。


 ゴブリンのにやける顔。

 こいつら表情があるのか、と命の危険とは別のことに気が向く。


  「あ、」


 ここは命のやりとりをする殺戮現場だと、今さら気づいた。

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