7月12日(金)

 ゆっくりと意識が浮上した。しかし瞼はまだ開いていない。

 いつの間にか眠っていたようだ。涙は止まっているが、泣き過ぎたせいか頭が痛い。

 ようやく、目を薄く開けた。起きてからどれくらいの時間が経っていただろうか。気分は落ち着いていたが、胸にぽっかりと穴が空いたような虚無感は拭えない。水がいっぱいに入ったコップのようだ。いま少しでも動かせば、少しの振動でも、またあの感情が溢れて表に出てしまう。こぼれないように、動かさないように努めるのに精いっぱいだ。

 起き上がるのは無理だ。とはいってもこのまま横たわっているわけにはいかない。生理現象すら面倒に感じる。身体と精神が離れればいいのに。

 しばらくそのまま時間が流れ、ようやく起き上がる。ふらふらと歩き、静かにドアを開ける。家の中が暗く静かで、もう親が寝た後だと分かった。時計は見ていないが深夜だ。トイレを済ませ、キッチンに行く。冷蔵庫に『ハルキへ。晩ご飯入ってます。体調が良くなかったら病院に行ってね』と書かれた付箋が貼ってあった。きっと母さんは僕を起こしてくれた。冷蔵庫を開けるとラップがかかった晩ご飯が入っていた。

 電子レンジで温めている間に、コップに水道水を入れ、口をつける。枯渇した身体に冷たい水が流れていく。僕の弁当箱が洗われていた。洗った記憶がないから、母さんが洗ってくれたのだろう。

 電子レンジが鳴る。温まったおかずを取り出しテーブルに置く。テーブルの隅に置いたままになっている白い袋が目に入った。お腹は空いていた。しかし食べる気にならない。それでも食べようとしているのは、食べた形跡を残したいからだ。家族に心配をかけたくない。胃に何も入っていないのに、何故こんなに身体が重いのか。温かいおかずを少しずつ咀嚼して飲み込んでいく。お腹は満たされていく。最後に水を飲み込んだ。


 部屋に戻る。帰ってきてそのまま眠ったため、制服が皺になっている。ネクタイだけ外して椅子の背にかけた。今日までの宿題をやっていないことを思い出す。風呂に入ってないことを思い出す。

 今日も普通に学校が、ある。分かっているのに、ベッドに身体を投げ出した。仰向けになり手の甲で目の前を覆う。

 こんな状態で行けるのか?

 行ったところで、いつもの自分でいられる?

 いつもの自分を、演じられる気がしない。

 ほんの数十秒の思考ののち。

 寝返りを打つ。

 もう、眠ろう。

 考えるのを止めた。

 朝に、何か変わるかもしれない。根拠のないそれに縋る。

 目が慣れてきて、暗闇の中僕の部屋が見えた。殺風景な部屋だと自分でも思う。物欲がないため学校で使うものがほとんどだった。鞄だって父さんのおさがりだ。本棚もそこまで大きくない。本も基本的に学校や街の図書館で借りたものを読んでいるので、棚はなかなか埋まらなかった。

 嫌いだ。自分の部屋が嫌いだ。

 何もなくて、僕みたいだ。

 なら、彼女じゃなくて僕が消えた方が良かったんだ。何も残っていない彼女の痕跡を探しても、僕の部屋には何もない。

 何も見たくなくて強制的に視界を遮断した。目の前が暗闇で染まる。しかしその闇は僕の意識をすぐに連れ去ってはくれなかった。

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