第34話 人の恋路を善意で舗装すること

 アリアは夢を見ていた。

 純日本家屋に、春の陽気すら感じさせる新緑。

 縁側には、師と自分。

 空気を楽しむがごとく、ゆったりとお茶を飲んでいた。


「自由にやっているようだな」


 師の声色もゆったりとしていた。どこか気遣うようなものにも感じた。アリアは少しだけ考えてから、口を開いた。


「自由の定義の話ですか?」

「そんなもの楽しんでるかどうかだろう」

「じゃあそこそこ自由ですよ」

「そこそこか」

「そこそこです」


 口に含んだ茶菓子は香りはよく分からないなんか甘いやつだった。


「そういえば教えは忘れておらんだろうな?」

「舐められたら殺せ?」

「それはそうだが、それじゃない」

「じゃあ――」


 近くのスズメが飛び立った。スズメは一定の高度で上昇を止めると、顔を別の鳥に変え、さらに高く上昇していった。身体の色も橙や黒に変えていき、大きさも規則性なんてなく変じていく。空は蒼く、眩しかった。光が強くなり、世界が白み、溢れるくらいに白光が全てを満たした。




 夢の終わりは突然である。始まりだってそうなのだから、そういうものなのだろう。

 目を開いたアリアは、窓から差す朝日に耐えかねて再度目を閉じた。寝返りをうって、扉側に身体の向きを変えようとしたが、懐にいる猫に気づいて止めた。うっすら目を開けると、実に気持ちよさそうに寝ている猫が見えた。

 口元に寄せて額のあたりを吸うと、お日様の匂いがした。少しすると、鼻の辺りにザラザラとした触感が起こった。猫丸の舌だ。猫の舌は毛づくろいのために、表面が突起がいっぱいあってブラシのようになっている。猫同士で毛づくろいをし合うコミニュケーションが猫にはあるが、人間にはちょっと痛い。抑制しようと、アリアは猫丸をぐっと抱き寄せた。液体のような柔らかい毛玉的感触と共に、喉を鳴らす猫丸の振動が直に伝わる。

 背中の方から、「ぐっ」と痛みを堪えるような声が聞こえた。

 何のことだろうと、猫丸を抱えて反対側に寝返りをうつと、アリアの視界に、心臓の辺りを押さえて身を屈めるリリアナが映った。


「可愛すぎるものを見ると心臓が痛む持病が……」

「ええ……」


 リリアナはこれはキュン死だと説明した。『死んでないけどなぁ』と、生死にちょっと造詣があるアリアは思ったが、つっこまないことにした。

 アリアは猫丸を抱えたまま、上半身だけ身体を起こすと、聞くべきことを聞いた。


「ところで何の用でしょう?」


 その一言で、リリアナは立ち直った。


「そうだった。私はもう仕事に行くから、適当な時に出ていいよって言いに来たんだった」

「あぁ、それはどうも」


 猫丸はアリアの首筋辺りで、ずっと己の首筋をこすり続けていた。とにかく嬉しそうだった。


「でも出ていくと、猫丸ちゃん寂しがっちゃいそうかも……」


 アリアもそれは気掛かりだった。そもそも猫丸もお泊り中で、知らない人間ばかりに囲まれていて落ち着かないことも多いだろう。


「お嬢様にはいつ?」

「それが分かんなくて……」

「うーん」


 アリアは少し考えた。


「じゃあ数日分の宿泊料払うからそれまでいてもいいですか?」

「えっ」


 リリアナは目を輝かせた。

 何やかんや説明したり軽めの自己紹介などをした後、決定事項になった。


「じゃあ、私仕事行ってくるね! アリアちゃん!」


 リリアナは起きた時より元気になった。

 そしてリリアナが帰宅した際に、お土産としてクレープを持って帰ってきたことにより、アリアも元気になった。


(クレープの人だったんだ)


 アリアは目を見開いた。思わぬ出会いだった。


「――もし厄介なこと言うクレーマーみたいな人いたら言ってください」

「いないこともないけど、大丈夫。オフィーリア様の名前出せば何とかなるから」

「そうですか。でも何かあったら言ってください。一切の希望を捨てさせてやります」


 アリアはクレープを見つめた。


(守護らねば……)


 あむっとむと、香ばしい生地の香りと、まろやかなクリームが迎えた。時間経過の分、少しぬるくなってたり生地が水分でゆるくなってたりするところはあるものの、元々の美味力でアリアの味覚を圧倒した。

 アリアの中で、リリアナは稀代の菓子職人に昇格? しつつあった。

 夕飯をごちそうになり、自室に戻った辺りで、アリアはぐでーっと溶けるようにだれた。単純にやることがなく、暇だった。あらゆる全てが待ち状態だった。

 そんな時、部屋にリリアナが訪ねてきた。


「アリアちゃん、アリアちゃん」


 見かねたか察したか、リリアナはアリアに一つの提案を行った。


「良かったら私と一緒に働いてみない?」


 接客のお誘いだった。


「うーん」

「賄いもあるけど」

「やります」


 急な出来立てクレープチャンスに、ワクワクが急上昇した。




 ◇◆◇




 翌日、甘味の誘惑によりアリアはきっちり朝早く起きた。

 どことなくウキウキしている。

 急ぎ気味で支度を終えると、店に向かった。

 店に着くと、エプロン風の制服を着て接客することになった。接客係の先輩にあれこれ教わると、すぐに覚えた。アリアには前世で接客経験があって、それがかなり流用できた。商品の値段的に、客層も良いのでこれならすぐに実践に移っていいだろうと、カウンターに立つことになった。リリアナは奥で調理をしているため、先輩のウエイトレスがアリアを見守っている。


「へい、らっしゃい」

「……アリアちゃん?」


 目の前の客は面食らったような顔をしていた。横で見守る先輩の顔は焦っていた。

 次の客。


「しゃっせー」

「アリアちゃん?」


 目の前の客は「へ?」みたいな顔をしていた。先輩の顔は焦って――。

 次の客。


「いっらしゃいませ」

「そうそれ!」


 先輩の顔は嬉しそうだった。全力でホッとしていた。

 普通に接客し始めたアリアの評判は良かった。可愛いは正義だった。接客スマイルを使いこなしていた。賄いで食べた甘味も美味で気分も良かった。二日目になると、色々慣れてきて接客が自由になってきた。


「おすすめは全部です、まいどあり」

「え、いやまだ何も」

「チップもおすすめです、ありがとうございます」

「いやあの」


 こんなこともちょくちょく、他にも――、


「知ってましたか」

「え?」

「ゴブリンは酒が好きだけど、酒に弱いということを」

「知らないが。というか何だその手は」


 本当かどうか分からないウンチクを披露してチップを要求していた。色んな意味で人を見てやっていたので、問題は起こらなかった。観察力や洞察力の無駄遣いだった。とはいえ、もちろん意味なくやってはいない。


(なんか大丈夫そう)


 アリアは店員をやることで客層をしっかりと理解した。変なのが交じってる様子もなかった。太腿の仕込みナイフの出番もなかった。

 用は済んだが、仕事は終わらない。行列は途切れず、忙しさは続いていく。

 そして、これだけ人がいると知った顔にも会うというもので、


「あの、これを――」


 王子の護衛をしていた一人、顔しか憶えてないが一枚の紙を渡された。さっと確認すると、王子からの言付けだった。何でも、この後に用があるとのこと。

 手渡してきた護衛の顔は、少し申し訳無さそうな顔をしていた。


(はてさてどっちかな)


 面倒事だからか、それともしょうもないからなのか。

 夕方になる前には早くも在庫切れになり、閉店することになった。

 アリアは、寄る所があると言って一人になった。

 待ち合わせ場所に行くと、物陰からローブのフードを深くかぶった王子、エリオットが出てきた。


「呼び出して、すまない――」


 謝罪からだった。


「で、どうしたんです」

「そ、その……」


 エリオットはもじもじと言いづらそうにしていた。

 そのまま助け舟を出さずに放って置くと、限界が来たのかエリオットが口を開いた。


「……彼女と仲が良いみたいだからさ」

「彼女?」

「リ、リリィのことなんだが」

「ああでも、まだ会ってそんなに日が経ってないですけど」

「そうなのか……」


 アリアは首を傾げた。話が見えない。


「そいや、愛称で呼んでるんですね」

「ち、違うんだ! リリィとは学友であって――」

「何が」

「あ、いやっ、そうじゃないんだ」

「――はい」


 エリオットは咳払いを二度挟むと、


「リリィに贈り物をと思って」

「はい」

「その、君はリリィと仲が良いみたいだから、どんな物が良いか聞いてくれないかと思って」

「はぁ」

「僕は部屋いっぱいを埋め尽くすような花の山が良いと思ったんだが、皆には相手が求めるものを贈るべきだと言われてね。そしたら、君がリリィと一緒にいると聞いて」


 リリアナには、通勤時に、陰から見守っている護衛のような存在がいた。アリアは何だかよく分からないけど害意はないし、知った気配であったため大丈夫かと判断して干渉していなかった。


「それで君に聞いてみた方が良いんじゃないかって助言されたんだ」

「なるほど」


 アリアは理解した。色々と察した。


「おすすめは実用的なものですね」

「うっ、やっぱりそう言うのか……」

「もう言われた後なんですか?」

「僕は彼女の元に残るものが良いんだけど」

「思い出だって残りますよ」


 アリアは『そもそも花だって枯れるだろう』とは、言わなかった。優しさだった。


「それはそうなんだけど……」

「けど?」

「うーん」


 エリオットには事情というものがあった。エリオットは己の我儘を通すような性格ではない。むしろ余計に他人のことを慮ってしまう性格である。そんなエリオットが王族、それも次期王であるという身の上で、己の淡い恋心を成就させていいとは考えていなかった。だから己の感情の思い出、区切りをつけるために一つの結果として贈り物をしたかった。それだけだった。


「じゃあアクセサリーとかどうですか」

「でも宝石は駄目だって言われて」

「何でなんでしょう」

「高額なものは止めておいた方がいいとか、いつ付ければいいのかとか。そういう風に言われたよ」

「ふむふむ」


 アリアはエリオットの周囲にいる人の良さに涙が出る想いだった。人が良い人間には、人が良い人間が集まるらしい。


「でもだったら高額じゃなきゃいいんじゃないですか」

「でもせっかくなら良い物が……」


 アリアはひらめいた。


「割安なお店知ってますよ」

「え? 本当かい?」

「ええ。しかも質が良い。全力の接客だって披露してくれます。首が取れるくらい頭下げてくれますよ」

「こ、怖くないかな?」

「演出ですよ演出。親しみやすくするためですよ。ターゲット層が広いんですよ、ええ」


 エリオットの目が希望で輝いた。


「それに、アクセサリーだったら実用的だと思いますよ」


 アリアは貴族と庶民の暮らしのどちらも知っている。貴族のお茶会がどういうものかを知っていて、リリアナの暮らしもその性格も知っている。今回の件において、アリアという存在は世界で一番助言するに相応しい人間になっていた。


「貴族の学友さんとお茶会するとか言ってたんで、装いとして多少のアクセサリーは必要だと思います。しかし、庶民の身分で用意出来るものには限界があります。変に安物なんて身に付けていけば軽んじられますし」

「たしかに……」

「まあとは言っても、高価なものでは『庶民がいきがりやがって』と嫌悪を抱かれることだってあるでしょう。つまり、控えめだけど上品なものを贈るのです。当人はとんでもなく感謝すること間違いなしです」

「おお、それはすごい!」


 エリオットは興奮でふんすふんすし始めた。

 それをよそに、アリアは自分が詐欺師になれる気がした。別に何も騙してはいないが、そんなことを思った。相手の問題を露わにし、解決する手段を提示する。恣意的に上手くやればお金の船にだって入れるかもしれない。


(どうでもいいこと考えてたら、なんか肉まんとか食べたくなってきた)


 もしかしたらリリアナが気付いたら作ってるかもしれない。アリアはふとひらめいた。


(あの子が王子とくっついたら国中に美味しいものが増えるのでは)


 アリアは首を振った。


(さすがに自分に良いように考えすぎか)


 己の願望のために他人に責務を押し付けることを当然とする精神性はなかった。


(まあでもたまたまそういうことになったのであればやぶさかでは――)


 その場合は仕方がない。これも人助けだ。仕方ない。

 エリオットが希望日を言うと、決まった。


「じゃあ、さっそく明日で――」

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