第9話 最終決戦②

 アリアドネは微笑んでこう言った。

「わたくしのなかに、あなたの好きだった人の魂の母なる一部がいる。わたくしたち精霊は、亡くなった人の魂を生の糧としますから。でも、あなたの今、好きな人は他にいますね」


 水の精霊の言葉に、ジンは気持ちがシャンとなった。(この精霊は、自分の愚かな「計算」をわかってくれてるのだな)と。


「では、槍にその姿を変えてほしいです」


 アリアドネに頼むと、彼女は氷を思わせる聖なる槍にその姿を変化させた。


 あとは、己の速さ。


 幼い頃にエルフの郷から逃れたジンは、多少の魔法の知識や剣術、槍術は親から習っていても、「巨大な敵との接近戦」など経験したことがない。


 この身を風のように速くして、火山の女神に接近するだけなのだが。

 恐ろしい炎を巨大な口から放出させるラキアスになかなか近づけない。

 


 炎を避けるんじゃない。消すのだ!


 水の精霊も力を貸してくれてる今なら。



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「九百年の寿命」を捧げるか、「一千年の寿命」を捧げるか。直前まで迷っていた。

 でも、リーナが可愛いやきもちを焼いたから。


 あれには参った。


 まだこの子とは、何の思い出も作れてないのに。

 

 恋の始まり、なんてそんなものだ。

 

 あの子を「恋の相手」とこれまで意識してたかというと微妙だった。幼児でむつきをしてた頃から知ってるんだから。ただ、「大人」の目で成長を見守ってきた。


 でも、あの子は今、自分に淡い恋をしてくれてるんだ!!!


 変な話だけれど、すごく嬉しかった。

 自分がエルフだとわかっててなお、こんなふうにやきもちを焼くなんて。



 だから、およそ五十年から百年は、自分はまだ生きていたい。


 エルフの本来の寿命は、千五百年程度と言われている。


 計算高いと言われたら、確かにそうだ。

 精霊に九百年の寿命を捧げて、「五十年から百年」の残りの寿命を、まだ若いあの子と過ごしたい、なんて。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 ジンの中の強い想いが、空気を凍らせていく。吹雪にラキアスの炎が競り負けた。


 その一瞬の隙をついて、ラキアスに近づいた。

 額のその目に向けて、聖なる槍を刺した。ラキアスは尻尾をうねらせ、翼をばたつかせて苦しんでいる。


 ジンは吹雪の風を産む。コツが掴めてきてる。水の精霊の力添えのおかげなのか、ジン自身の潜在能力が覚醒したのか。

 

 吹雪を氷の刃に変化させて、ラキアスの首に大きな切り傷をつけた。


 ラキアスは残った二つの目で、ジンをギロリとにらんだ。


 黄金色の目を恐ろしいと感じたが、ジンはひるまない。ラキアスをにらみ返す。


 ラキアスはなぜか、満足したように笑うと、黒髪の女性の姿に戻る。


 ジンが渾身でつけた首の切り傷は、とっくにラキアスの自己修復で塞がっていた。しかし、第三の目は見えていないようだ。


「わらわは何百年か、この目が治るまで眠ることにするよ。お前は本当に面白い。五百年前にお前を生かしておいて、いい暇つぶしができた」


 ラキアスは幸せそうに言った。その姿が薄れていく。



 ジンは脱力していて立てない。火山活動は、ラキアスが倒れてもなお、活発だった。大規模でなくても、ちょっとした噴火が起こりそうだ。


「リーナ、そうだ、リーナを」


 聖霊の馬と待たせてるあの子だけは救わなければ。


 ジンはアリアドネに、最後の助力を頼んだ。彼女が姿を変えたユニコーンに乗って、走り出す。

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