第7話 食材探しと魔道具
プレシャスに案内されて森の中へと入った。
「魔物は現れないよね。元の世界は比較的安全で戦闘経験はないのよ。それにまだ攻撃魔法や防御魔法も作っていない」
運動神経は人並み以上にあったけれど、素手で凶暴な魔物は無理のはず。
「森には弱い魔物が生息していますが、わたしが倒しますので安心してください」
私の前を歩いているプレシャスが答えてくれる。モフモフとフワフワの毛並みは色の変化を見せて、異世界に来ているのを改めて認識する。でもイロハ様の世界を楽しみたい気持ちも大きくなっていた。
「最初のうちは魔物退治をプレシャスに任せたいけれど、ひとりでこの森を歩ける程度にはなりたいから、ハンターギルドに登録したいと思っている。ところでプレシャスは強いの? 使い魔について知らないのよ」
すなおに聞いた。
「使い魔の強さは種族や個体で異なります。イロハ様の使い魔ですから、わたしは強いです。序列5番目のわたしは、普通の魔物や使い魔に遅れはとりません」
誇らしげにプレシャスが教えてくれた。
「プレシャスがとても心強くて安心した。森で食材を見つけるけれど、私には食材がどれか分からない」
食材の好き嫌いはないけれど、毎日の食事だから口に合う食材をみつけたい。
「わたしが食材を見つけますので、アイ様は好きな食材を採ってください」
「見つけてくれると助かる。木々で薄暗いから魔法を使うね。輝きオパール」
宝石魔図鑑をださなくても呪文が成功した。魔法を唱えたと同時に宝石魔図鑑があらわれて、ハートシェイプのルースに明かりが灯る。魔法を継続した状態で宝石魔図鑑をしまっても平気なので、意外と自由に魔法が使える。
「この木の実は食べられますので、味見して気に入れば採ってください」
すぐにプレシャスが食材をみつけてくれた。私の背丈よりも高い木で、赤い木の実はサクランボを想像させた。さっそく採ってみて口の中へ入れた。
「甘さの中に少しだけ酸っぱさがあるけれど、みずみずしいから果物として充分おいしい。ひとつひとつは小さいから、いくつでも食べられそう」
中に小さな種が入っていて、見た目も味もサクランボだった。この世界の食材は私の知っている食材が多いのかもしれない。
「気に入ったようで何よりです」
プレシャスの口調は、ほっとしたように感じた。私の好みが分からないから、食材探しに不安があったのかもしれない。
「プレシャスのおかげで、おいしい食材が見つかった。ありがとう」
目の前にいるプレシャスの体をなでた。猫のようなモフモフとフワフワに暖かさが私の手に伝わってくる。プレシャスも心なしかうれしそうな態度にみえた。
「アイ様が喜んでくれてよかったです。まだまだ食材はあります」
うれしそうな声で答えてくれる。
「つぎの食材もお願いね」
サクランボは今日と明日食べる分を採ってから、移動を始めた。
運よく小麦が手に入ったので、これでパンや麺を作れる。当分の間は森で食材がそろうけれど、早めにリガーネッタの街で買い物をしてみたい。
食事についてプレシャスへ疑問があったので聞いた。
「ところでプレシャスは食事をどうしているの?」
「不要です。イロハ様の魔力が源ですが、何かを食べても支障はありません」
「これから一緒に暮らすから、食事も一緒にしたい。きっと楽しいよ」
「分かりました。アイ様の料理を楽しみにしています」
私たちが食べるよりも多めに食材を確保できたので家へ戻った。森の中では魔物に遭遇しなかったので、夕方前には家へ到着した。
ひとり暮らしが役立つとは思わなかった。料理は食べられる味には作れるので、プレシャスが気に入ってくれるとうれしい。
キッチンに入ると見慣れない道具があって、プレシャスに使い方を聞いた。見た目は異なるけれど、イメージは水道やコンロに冷蔵庫だった。
「便利な道具だけれど、この世界には一般的にあるものなの?」
「魔物から入手できる魔石を使った道具で、魔道具と呼ばれています。それぞれ水の魔道具、火の魔道具、氷の魔道具となります。高価な品物で王族や貴族、裕福な商人など一部の人間しか所有していません」
「魔道具を持っている人間は非常に少ないのね」
「その通りです。ただし、ここまでの高性能な魔道具はほとんどないでしょう」
イロハ様の溺愛ぶりにおどろきながらも、便利な魔道具には感謝の言葉しかなかった。魔石や魔道具の詳細を聞きたいけれど、いまは早く料理を作りたい。
「いろいろと知りたいけれど、いまはおいしい料理を作るね」
氷の魔道具は箱形状で、その中には新鮮な野菜などが入っていたので、さっそく使うことにした。ほかには森で採ってきた食材を使う。
カレーライスに使えそうな香辛料もあったので、ここでの料理になれたらあとで挑戦してみたい。ふだんと異なる環境だったけれど無事に料理が完成した。
「料理が完成したから、暖かいうちに一緒に食べようね」
リビングにあるテーブルへ料理を並べていく。
「初めて見る料理ですが、興味があります」
「調味料が異なるから、元の世界と似た香辛料で作ってみたよ。メイン料理はキノコを使ったスープで、いくつかの野菜はサラダにしてみた。デザートは採れたてのサクランボよ。元の世界に近い味だと思うけれど、口に合わなかったら言ってね」
プレシャス用に足の長い椅子を用意して、目の前にプレシャスが座ると私も椅子へ腰を下ろす。プレシャスは料理に口をつけずに私のほうを見ているから、きっと私が食べ始めるのを待っているみたい。
「体が暖まって美味しいよ。プレシャスも食べてね」
私がキノコのスープへ口をつけると、プレシャスもスープをこぼさないできれいに食べ始めた。器用にキノコを口の中へ入れてサラダもおいしそうに食べてくれた。私の視線に気づいたみたい。
「人間の料理を初めて食べましたが、アイ様の料理は食材の味が生きていておいしいです。他の料理も食べてみたいです」
プレシャスが喜んでくれて、料理を作った甲斐があった。
「気に入ってくれてよかった。食材や調味料をそろえて他の料理も作るね」
久しぶりに会話の弾んだ楽しい食事で、今までひとり暮らしだったから誰かと一緒なのはうれしかった。
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