日夏 橙子編
第一章
トーク1『……見た?』
【自立】
他人に支配されたり、助けを受けることなく、自分の力だけで物事を行うこと
0.5秒くらい時間をおいてスマホは答えをくれる。
今月もう通信制限来てたんだっけ……。
「スマホばっかりいじってないで勉強しなさい」
母の小言が浮かんでしまう。
自立というのは、なかなか難しいクエストらしい。
そんなわたしのため息は朝の騒がしい教室にかき消されていく。
家からは歩きで20分くらい。それでも家から一番近かった。
自転車に乗れたなら、もうちょっと朝寝られると思うんだけど、地面に足がつかないのは落ち着かないし、転ぶと痛いし、わたしにはちょっとハードすぎる。乗り物はレースゲームの中だけで十分。
でも、教室にエアコンがついてるのはいいことだと思う。中学の校舎は色々ボロくって、夏はヘルモードだったから。
「まったく最近の若者と来たら、朝っぱらからスマホばかり。なんとも空虚な青春ですな、ププ」
自立って何すればいいんだろう……。
「ちょっ、無視て。じょ、冗談じゃないっすか、マジにしないでくださいよ、ヤダナーモー……」
さっきから傍で騒いでいるのは、わたしの数少ない友達、灰原
それにしてもよくしゃべるなぁ……。
わたしはそんなに大きくない方なんだけど、灰原はさらに頭一つくらいちっちゃい。でも、しゃべる量はわたしの5倍。朝なんて声出ないだろうに、本当よくやると思う。
もしかしたら、灰原なら知ってるかな?
「灰原、じ、じ、「自立」って何だと思う?」
「なんだよ、急に」
「いいから」
「……そんなの分かりゃ苦労しないっての」
灰原の、どこで売ってるかわからない丸メガネの奥が少し、寂しそうに見えた。
「……大丈夫?」
「あ、やっぱ今の無し!忘れろくださいっ!」
別に隠さなくてもいいのに……。
「朝から仲いいね」
ふわっと鼻に入ってくるシャンプーの匂い。
みかん、ともちょっと違うような……。でも、全然しつこくない太陽みたいな匂い。
朝日を受けてきらきらと光る綺麗な茶髪。
わたしがクラスで二番目に話す女の子、
と言っても、この人はみんなに対してそうなんだけど。
「おはよっ、天野さん、灰原さん」
「お、オハヨゴザイマス……」
隅で縮こまっている一番話す
この子はわたし以外に対してはこうなんだから。
「あっそうだ。クラスAinなんだけど」
そう言ってスマホを見せてくる日夏さん。
ピコンピコン!
日夏さんのAINは通知でやたらにぎやかだ。
「あと天野さんたちだけなんだよね」
「そう、ですか……」
「えっと……、入らない?」
「……なんで?」
「ちょっ、おまっ……、拙者たち陰の者が持ってないものナンバーワン!拒否権でござるっ!」
横で灰原が何か言っている。よく分からないけど、「インノモノ」って大変なんだな……。
でもみんなが入っているから、わたしも入らなきゃいけないというのは、それも少し違うと思う。嫌なわけじゃないけど、なんか窮屈。
なにより、スマホが通知だらけになるのは遠慮したい。ゲーム中もあんな感じなら、私はスマホを投げ捨ててしまうかもしれない。それはだいぶ困る。今度スマホを壊したら、わたしは家にいられないかもしれない。
「あー……、ごめんごめん。天野さんたち無しで盛り上がるの、なんか申し訳なくって」
そういって本当に申し訳なさそうに笑う日夏さん。
この人はすごく器用だと思う。
わたしが提出物出すのに遅れたときでも、嫌な顔一つせずに待ってくれる(というか、こういう集め物はだいたい日夏さんがやってる気がする)。それどころか、なくしたプリントを一緒に探してくれたこともある。まぁ、それはわたしのカバンの奥からくしゃくしゃの状態でサルベージされたんだけど。
「大丈夫大丈夫、読めればOKだよ」
なんてあの人は笑ってた。
わたしだったら嬉しくないときに笑えない。こんなに話下手なヤツにわざわざ話しかけるんだから尚更だ。
「日夏さん……」
「何?」
「自立って……、何だと、思いますか?」
「うわっ、難しいこと聞くなぁ。うーん、そうだなぁ……、心配かけないこと、かな?」
「心配……?」
「ほら、私たちってまだ子供じゃない?学費とか、食費とか、きっとまだたくさん家族に心配かけちゃうと思うんだ。そこから抜け出して、ようやくステップ1って感じかな」
いつもの柔らかい雰囲気で日夏さんはそう答えた。でもそれを話す日夏さんの目はどこか、厳しい感じがした。そのギャップがなぜか頭にこびりついて、話を飲み込むのに時間がかかってしまう。
「なーんてね」
「……ありがとう、ございます」
授業料代わりに、わたしはスマホの通知地獄を受け入れることにした。
『ありがとね』
自分の机に戻った日夏さんから個別Ainが来た。別に気にしなくていいのに。
だって
「……日夏燈子、身長158cm、誕生日7月7日、新学期テストの順位14位、嫌いなもの調査中……」
また始まった……。
灰原はたまにこうなる。あれだけ周りが怖い怖いと言うくせに、色々知りたがる。中学の時の部活とか、誰と仲悪いとか。よくやると思う。
いや、むしろ「怖いから」、なのかもだけど……。
「そんな大事?き、き、嫌いなものって」
「無論、画竜点睛ってやつでござる!」
「なに?それ?」
「何って言われましても……、故事成語?」
「……は?」
灰原は時々呪文みたいなことを言う。ガリョーテンセーとかコジセーゴとか、私より国語の点数良いからって自慢は良くないと思う。意外かもだけど、わたしは昔から国語が嫌いなんだ。
「とにかくっ!人は嫌いが八割!なのに日夏氏はここ半月の観察でも、これのぽっちも見つからぬ!」
「そ、そ、そろそろ石神先生来るよ」
「……絶対あるよ、ああいうタイプは」
「何が」
「裏」
「そんなわけないじゃん」と言い返したかったけど、なぜか言葉が出てこなかった。
頭の中に一瞬「あの人」がちらついてしまったから。でも、もし明日から日夏さんが挨拶してくれなくなったらと思うと、それはそれで淋しい気がした。
「はぁ……、めんどくさ……」
校舎はずれの女子トイレ。
二つある個室の片方には、入学してから1年、まるではがされる気配のない「故障中」の紙。
落ち着きたいときにぴったりなわたしの特等席。
今週までのアプリのイベントを消化しようと思っていた私が見たのは、洗面所に向かって、それはそれは大きなため息をつく日夏さんだった。
「あれお願い、これお願いって。あたしは一人しかいませんっての。はぁ……、シフトどうしよ……」
色々大変なんだなぁ……。
わたしもイベント早く回さないと……。
決意と共にそっと個室に入る。途中鏡に映った日夏さんと目が合った気がするけど、こっちも急ぎだから。
アプリを立ち上げて、ゲームを始める。
「そんなヒマあったら、勉強しなよ」
心の中の「あの人」がささやく。
でも、しょうがないじゃない。文句は周回前提な仕様にした運営に言ってほしい。 それにこういうのはトップにならきゃ面白くない。
ドンドンドン!
ドアを叩く音がする。
でも、イヤホンを持ってきてから安心。わたしにしては準備がいい。
……Ainが来た。わたしは超能力とかそういう厨二的なのはゲームの中だけだと思ってる。でも、なぜか今回のメッセの送り主は見なくても分かる気がした。
『……見た?』
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