キミコヒ

なめこ

プロローグ

トーク0『ねぇね』

【姉妹】


姉と妹。女のきょうだい。兄弟



 わたし、天野准あまのじゅんはきっとゲームでいうところのR《レア》くらいの性能じゃないかと思う。「准」という名前だってなんだか二番目みたいだ。

 特に会話のパラメータは壊滅的。話したいことはあるのに、昔から言葉がつっかえてうまく出てこない。そのせいでからかわれたことだって一度や二度じゃない。


「今日幼稚園行かない?じゃあ、アタシもいっかな」

 着かけの制服をほっぽり出し、「ねぇね」は私の隣に座った。

 天野寧々、わたしのお姉ちゃん。

 「ねね」と「ねぇね」なんてダジャレみたいだけど、昔からそう呼んでいるんだから仕方ない。なんでも赤ちゃんの私から初めて出てきた言葉は「ねぇね」だったらしい。それが父にはずいぶんショックだったみたいだけど、実際そうなんだから仕方ない。

「ほら、ポッチャモンやろっ」

 コントローラーを渡して、わたしの隣に座るねぇね。

 活発そうなポニーテールに、不釣り合いなくらいの白い肌。学校に行く日も放課後はすぐに帰ってきてくれるから。

「あーあ、早く大人になりたいなぁ。そしたら、一日中准と遊んだって怒られないのに」

「じゃあ、そ、そ、そのときは、わたしがおよめさんになってあげるっ」

「マジ!?約束なっ!」


 約束は嫌いだ。できることならわざわざ口に出したりしないから。


 高校入試の合格祝いのパーティー。

 テーブルの上のごちそうは、忙しくてこんなときにしか帰ってこれない父用。

 昔から偏食だったわたしは、スマホをいじりながらケーキの時間を待っていた。

「一口でも食べなさい」

 そういってオードブルの付け合わせのレタスを押し付けてくる母。

 野菜は嫌い。青臭いから。母もそれは嫌というほど知ってるから、すぐ諦めるだろう。

「准」

 今回はなかなか諦めてくれない。

「た、た、食べてっ」

 隣に座っているねぇねに耳打ちする。

「アタシ結婚するから」

 まるで用意していたように、ねぇねは言った。

「食べてってば……」

 何か聞こえたけど、気のせいだろう。

「言ってくれればよかったのに」

「言うタイミング分かんなくってさ」

 ねぇねと母が何か話してる。

 ……一応主役わたしなんだけどな。

 でも、ようやく母が私のことを思い出したみたい。

「准も。なんかないの?」

「ねぇねは……、い、い、いなくならないよね?」

「4月には家出てくよ?ああ、アタシのベッド使っていいから」

 楽しみにしていたはずのケーキはなぜか味がしなくて、わたしの数少ない食べられるものが一つ減った。


 その日、わたしの人生から「ねぇね」がいなくなった。


 浅い眠りをぶち壊すようなスマホのアラーム。

 少しの頭痛の中、わたしはゆっくりと瞼を開く。

 目の前の少し埃をかぶったベッドが嫌にでも目についてしまう。

 諸事情あって、今少し広くなったわたしの部屋にはベッドが二つある。正直捨ててほしいけど、母は「たまに帰ってくるでしょ」と処分をめんどくさがった。冗談じゃない。

 いつのまにか枕にしていたらしいゲームのコントローラーには、よだれがべっちょりついている。

 スマホの時計は6時53分。

 早くゲームのイベント回さないと……、スタミナがもったいない。

 焦るわたしの手がうっかりAinの通知を押してしまった。……最悪。昨日通知来たときに消せばよかった。

 家族Ainには「あの人」からいつものように写真が来ていた。

 レストランで旦那さんと2人、楽しそうに笑ってる。

 本当に楽しそうだ。

 昔はわたしが食べられそうなものがある店にしか行かなかったのに。

 本当に楽しそうだ。

 わたしがそこにいないのに。

 なら、わたしだっていらない。

 あなたなんていなくっても、生きていけるんだから。後で泣いて謝ってももう遅い。

 なんで気づかなかったんだろう。そう考えると急に気持ちが軽くなった。

 そうと決まったら何から始めようか。まずは、えっと……。

「准!遅刻したらゲーム捨てるよ!」

 一階から聞こえる母の言葉が現実になってしまわない内に、学校に走る。

 それが自立を決意したわたしの最初のクエストだった。



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