ブラッディ・ムーンは白熱電球に挫かれる

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

吸血種レイノート=ファンブルク


けたたましいアラート音、赤と橙に移り変わる部屋の色、刻一刻と近付いてくる大勢の足音と地鳴り。


「いったい何だ?」


加えて私はまだ記憶があやふやで、ついさっき眠りから目覚めたばかり。


寝床代わりの棺から這い出して、いかにも緊急事態ですって感じの周りの様子に顔をしかめる。


うるさい、それと喉が渇いた。


どれだけ眠っていたかは分からないが、十年や二十年程度で無いのは確かだ。


見覚えのない鉄の部屋、こんなだったかイマイチよく覚えていないガラス張りの棺桶、取っ手の無い不思議な扉。


全く分からん。


きっとそれだけ年月が経ったということなのだろう、これ以上考えたってどうせ分からないんだからさっさと放棄してしまおう。


そう思い、寝起きのストレッチをしていると、ある『懐かしい』香りが漂ってきた。


「……人間が居るな」


別に私はそれほど血を好むわけではないけれど、乾いた吸血種の鼻にはよく堪える。


どうやら連中はこちらに向かっているようだし、頭がハッキリするまでの暇潰しも兼ねて、ひとまずは朝食を摂るとしようか。


「それやってくるぞ、三、二、一……」


ドガァァァァァン!


カウントが終わると同時に、どうやって開けるか検討もつかない形の扉が跡形もなく吹き飛んだ。


「ヒュー」


そのあまりの派手さに感心していると、扉の向こうから続々と武装した人間の集団が入ってきた。


見たことの無い服装に、見たことの無い——恐らく——武器を持ち、統率の取れた動きで私の周りをを包囲した。


……いいねえ健気で、わざわざ食料になりに来てくれるのだから。


少々寝過ぎたとは言え私は時代を支配した吸血種、私に適うものなど同族を含めてもただの一人も存在しなかった。


そうだ、ようやく思い出してきた。


私は吸血種レイノート=ファンブルク、腕っ節だけでドン底から成り上がった最強無敵の超生物、誰もこの私の前では生きられない。


じゅるりと舌舐めずる、奴らの血肉があんまりにも美味そうだから、私はついみっともなく獣の本性をさらけ出してしまった。


「目標発見、制圧を開始する」


どうやら向こうはやる気だ、武器をこちらに向けて害意を滾らせる、戦いの火蓋は既に切って落とされ後は誰かがくたばるだけだ。


私は口元の端に笑みを浮かべたまま、生き物では反応できない速度で血の槍を形成射出、間もなく眼前には惨劇が巻き起こり……。


「……は?」


私は、私の目の前で起こった事を信じられず、受け入れられず、まるで時間の全てが一斉に凍りついてしまったかのような感覚に陥った。



訳が分からず、もう一度同じ技を繰り出そうとしたところで。


——パァン!


非常に空虚で、無機質で、慈悲の無い破裂音が鳴り響いた。


私は一瞬それが何なのか分からなかったが、遅れてやってくる強烈な痛みと、根元から千切れ飛ぶ己の右腕を見てようやく状況を理解する。


「ッ!?ぐ、ああああ!」


痛い痛い痛い!剥き出しになった筋肉に直接ヤスリがけをされているような不快感!痛みに鈍いはずの吸血種がこれほどの苦痛を味わうとは!


「対象に効果あり、一斉射撃準備」


何をされたのかは分からなかった!だが何かを飛ばしてきたことは確かだ!それならば血を自分の前に盾のように展開して守ればいいだけの話!


——能力発動。


吸血種の操る血とは不壊であり、創造的であり、また強い毒性を孕んでいる。


頭の中で思い描いた形を再現出来る、剣にも盾にも足場にも活用出来る。


扱うのに特殊な手順は必要なく、能力使用から顕現までのタイムラグは無いに等しい、それ故に我々はあらゆる生物の中で頂点に君臨しているのだ。


攻撃を弾きながら奴らの中心に飛び込む、思い描いていた理想はしかし容易く打ち砕かれた。


「がっ……!!」


右肩、脇腹、額、左膝、左頬、左腕、心臓、喉、ありとあらゆる箇所が瞬く間に撃ち抜かれる。


血の盾は意味がなかった、盾は盾としての役割を果たすことはなく、紙切れ同然に貫かれその向こうの私へと攻撃を到達させた。


嵐に揉まれるがごとく、襲いかかる衝撃に体の自由が効かなくなる、再生の速度が間に合い切れずにとてつもない勢いで追い詰められていく。


花火大会をゼロ距離から眺めているような眩しさと騒音、体を焼く熱に注がれる殺気。


「舐め……るな……ッ!!」


約立たずの盾など要らん!


痛みがなんだ、どうせ私は死なないのだ、正体不明の攻撃をどれだけ浴びせられようが知ったこっちゃない。


先程は見えなかった奴らの攻撃にも目が慣れてきた、奴らはあの手に持った黒い筒から無数の鉄塊を飛ばしてきているのだ。


ひとつひとつはとても小さい、だが恐るべきはその量、四方から撃ち込まれるアレの個数は尋常ではないとても正気だとは思えない。


血は防がれる、血は貫通される、だがこの力は使用者の望んだ姿へ形を変えられる。


ならば作用するのは奴らでなく、この私自身であれば良いのだ。


足元に能力を展開、奴らに見えないように体勢を整えて、顔の前で腕をクロスさせて少しでもそのダメージを減らす努力をして。


タイミングを見計らって自分を射出。


発射台のように組み上げられた血の工作は、迎え撃つ鉄の雨あられに負けないだけの推進力を生み出し、私を奴らの中心へと運んだ


「所詮お前達は人間!内側にさえ入り込んでしまえばいかに優れた装備を持っていようとも——」


ダンッ……


誰かが跳躍する音。


鳴り響いていた炸裂音は、それを機に突如としてなりを潜める。


クロスしていた腕を解き、気配のあった前方に視線を向けると、そこでは一人の人間がこちらに向かって飛び込んでくる最中であった。


両腰に一本づつ剣のような物を持ち、鞘に収めたままで手を添えて、真っ直ぐ私に向かってくる。


瞳の奥で焔が燃える、今まで受けた屈辱に心が灰になる、散り始めた火の粉はもはや留まる所を知らず全ては眼前の人間に。


切り伏せる……ッ!


間合いと間合いが縮まって、肉体が完全なる迎撃体勢に移行する。


かつてないほど時間がゆっくりになる、極限まで高められた集中力、過去未来全てを合わせてもこの一瞬には届くまい最高の一撃。


吸血種の維持とプライドを載せた全身全霊の技を、ただのちっぽけな一人の人間に放とうとして。


殲景 朧影打ちせんけい おぼろかげうち


——ブゥン。


私はを見た。


「——」


それまで胸の奥にあった地獄の業火は、目の前のあまりに美しい光景に消え去った。


月下に照らされる桜吹雪のようなその斬撃は、私のいかなる防御をも打ち払い、私のいかなる攻撃をも無に帰す。


放たれた紫電は首、胴体、両手首、両肩、両脚それぞれを一呼吸のうちに切り裂いた。


ドサドサドサッ!


バラバラに散らばる私の肉体、剣を鞘に納めながら男が呟いた。


「微塵切り、いっちょ上がりですわ」


チャキンッ——。


その音はまるで振り下ろされた断頭台の刃のように、抗う者の居なくなった鉄部屋に響き渡った。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


——見えなかった。


クソッ!あいつの攻撃が私には見えなかった!


防げなかった、届かなかった、真正面から打ち負かされた、ただの劣った惨めで矮小な人間如きに、よもやこの私が。


「全く、空気が読めないにも程がありますわ、お前みたいなのはとっくに駆逐された生き物なんです、今更現代に蘇られてもいい迷惑ってハナシ」


眼球が血走る、奴の侮蔑の表情に憎悪が沸きあがる、だがこの体は言うことを聞いてくれない。


「あぁ不思議なんでしょう?なんで再生しないんだーって、惨めだねえ、能力にかまけて楽ばっかしてきたお前みたいなクソッタレ蝙蝠は


舐めてた人間の技術を前に手も足も出ずひとり寂しくくたばっていくんだ、滑稽すぎて涙出るわ」


顔の上に乗せられた足、グリグリと踏み付けにされるが私には抵抗するための手も足もない。


体が再生しない、その予兆すらない、なんとか打開しようと試みているが、奴が私を殺し切るまでに何とかなるとは到底思えやしない。


「隊長、命令通り捕獲致しますか?」


奴の部下と思しき人物が声を上げる。


「ん?あーいらんいらん


どーせ捕まえたって逃げ出すか、暴れるか、職員に怪我でもさせたら僕の心が苦しくて仕方ない、二次被害が出る前にここで始末させてもらうわ


上には混戦激戦の末やむなく殺害に至りましたとでも言っとけばいい、責任は自分が取るんで」


「了解しました」


奴らはこうして会話をしているが、付け入る隙なんてものは何処にもない。


何をするにしても見抜かれる、通用しない、不意打ちなんてものは絶対に成功しないことが理解出来る、せめてあと少し時間があるならば……。


「さて……」


カチャ。


男は先程私を傷つけた鉄の筒、あれよりも小さく片手で持てるサイズの物を取り出し頭に向けた。


吸血種は不老不死だが死なないわけではない、生きている以上は必ず殺す事が出来る。


自分な知る限り方法はひとつたけだが、彼らが私の知らない手段を知っている可能性は大いにある。


「それじゃ目覚めて早々で悪いけど、このまんま永遠の眠りに就いてもらいますわ」


時間が足りない、猶予が欲しい、せめてあと少し準備を整えられたなら……ッ!


「さようなら」


パァン——。


こめかみに突き刺さる注射針の様なもの、そこから薬剤が流し込まれるのを感じる、そして次の瞬間私はこの世から……


……いや、消えていない!


「なにっ!?」


馬鹿めトドメの一撃は成立しなかったのだ!


——ツキが回ってきた。


血は使用者の望んだ姿に形を変える、それは血の持つ『性質』であっても例外では無い。


首だけになっても力は使える、奴らに通じなくとも建物に対してなら。


「まずい、離れろ……ッ!!」


直後、爆発。


壁や床に己の血を纏わせて、性質変化を加え炸裂させる、それはまるで雷鳴のように轟き、対象をいとも容易く破壊した。


立ち込める黒煙に紛れて、血で作った腕を使い崩れ去った壁の向こう側に自分の首を放り出す。


ブワッ!


風を受けて外に飛び出し、再生しつつある体を捻って体勢を整える。


そして開けた視界に写ったのは。


地上数百メートルに位置する巨大な建物と、遥か下方に栄える栄華の街並み。


ガラス張りの四角い建物、空中に走る無数の道路、そこを通過する人の乗った四角い箱、途方もないほど広大なテリトリー。


見た事のない、想像のできない、己の理解と発想を遥かに逸脱した光景に息を飲む、憎悪も興奮も今だけは熱を失う。


「なんだ、これは」


人間は、人間はいったい、私の眠っている間に何者になってしまったのだ!


——ダンッ。


「逃がさんよ」


ショックを受けている暇は無い、あの頭のイカれた男が、人間の身でありながら外に飛び出してきたからだ。


「あいつ、獲物の事しか見えていないのか……!?」

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