女ゴブリン、檻の中
明鏡止水
第1話 かわいいゴブリン拾っちゃった、なら良かったけど。
「おいっ! 聞いたかよ!」
「なにが、新しいダンジョンなら行かねぇーよ。
こわいもん」
「あらかた誰かがトラップにかかってからレベル上げに行くのセコい! やめろ。そうじゃなくて、ゴブリンの個体の捕獲に成功したってヤツ!」
「マジか! あいつら小さくてすばしっこいのにっ」
ゴブリン。
女戦士には時にセクハラ行為でトラウマを植え付け、男戦士には数でもってして棍棒で滅多打ちにしてくる。町一つ滅ぼされてもおかしくない、この世では中級の怪物だ。
人間よりは小柄で、まばらに生えた髪と剥き出した牙が醜悪な様相で特徴だ。
「知ってると思うけど……。オレの親父、昔ゴブリン五十体相手にして、その時の腰のケガのせいで、いまだに杖が手放せねえよ……」
ゴブリン捕獲の情報を手に入れた男が言う。
その男の親友は、鎮痛な面持ちで相手を見やる。
「復讐してえなぁ……」
男の目がギラギラと輝く。
親友は男の重い気持ちを汲み取り言った。
「その個体のところへ行ってみよう」
✴︎
「なんでだよ……」
父に深傷をおわせた種族、ゴブリンの個体を前に男が言う。親友も驚いていた。
てっきり街の小柄な老人くらいのゴブリンが牙を剥き出しながらよだれを撒き散らし、檻にしがみついて敵意を露わにしていると思ったら。
想像より半分の大きさの檻の中にいたのは。
ゴブリンにしては鮮やかで豊かな金髪を太い三つ編みにし。萎れてしまった何色かの花を髪の随所に差した、小柄な瞳の蒼い。
珍しい個体だった。肌の色も人間に近く、陶器を思わせ。着ている布はきちんと襟や袖がある。裾の処理もしてあるようだが、捕らえられた際に汚れたり、破れたりしてしまったようだ。
形の良い唇は薔薇色で、透明なクリームを塗り込んだかのように照り輝いているが、そのすぐ隣の頬に大きな黄色いアザがあった。ところどころ見られる服の破れた場所からも、青や紫のアザが見られた。
「どう……」
どうする……?
親友が男に聞こうとした。
二人は戦士の役職だったので、退治したいと言えばこのゴブリンの個体を「退治」できる。
「メス、だよな……」親友が、おずおずと男の様子を伺いながら問う。
「それがどうした」
男の戦士が剣を抜く!
親友は止められない。なぜなら。
「メスなら、こいつら、一回で5、6匹は生む! 中級モンスターがモンスターマウスやモンスターラビット並みにどんどん増えてく! おそろしいだろ!
親父もそれで囲まれて滅多打ちにされたんだ!」
男が剣を構える。
檻の中の個体はぴいいぃ!! と小鳥のような声で鳴く。やはり珍しい個体のようだ。姿形だけでなく声までも高く鳥のように囀る。
おそらく、女王蜂のような存在か、それに準ずるもの。姫のような生まれだろう。
特別な個体。おそらく一生で生むゴブリンの子の数とその個体値は高いだろう。それくらい、このメスのゴブリンは。
「始末しなくちゃ」
男が剣を檻の中へ勢いよく差し込む!
すると、
「こまるなぁ」という声と剣が弾かれるのが同時だった。
少年の、黒騎士が立っていた。
「コイツは苦労して手懐けた、ぼくのかわいいかわいい餌だよ」
「なんで邪魔をするんだ!」
男剣士が剣を檻と黒剣士両方に向けながら言う。
「そいつが万が一逃げてみろ!! 将来、町の2つや3つ、それどころじゃない、冒険する全ての人間の妨げになる!」
「そうだよ」
黒剣士は嬉しそうに言う。
親友の剣士は狼狽えたが、いつでも男剣士の助太刀に入れるよう構える。
「君たち、このぼろぼろのお姫様の価値がわからない? ……餌だよ。単純に姫を取り返そうとする下級ゴブリン。普段洞窟に篭り武具を作ったり、訓練している働きゴブリン。より上の、女王を守る親衛ゴブリン、全部だ。全部は『次』の代の『姫』を取り返しにやってくる」
「「なッ」」
そんなの200体くらい、巣の中の全てが放出されるのと同じことではないか。
「どうするんだ! そんなことにでもなったら、この街、いや、ここに通じる途中の町はもう襲撃されているかもしれない!」
「そこはレベルの高い冒険者達でもう固めてあるよ。ここまでは来れない」
黒剣士は顔を麗しのゴブリン姫の近くに近づける。
シャアァ!!!!!
口が裂けて、先ほどの様相とは似ても似つかないほど凶悪な顔になる。放たれた唾は、なんと鉄の檻を溶解させた。
「おや、こいつは大変だ。すぐに檻の材質を変えないと……」
黒剣士は顎元に手をやり考え事をする。
親友の剣士は冷静に男戦士に語りかける。
「行こう、オレたちも、討伐に参加しよう……」
しかし、苦悩している男剣士はその場を動けない。
「あのメスのゴブリン、あいつさえ、あいつさえ……」
「確かにここで先にあの個体を始末してしまえば、いいのだろう。だが、もう襲撃は起きている可能性がある。それはあのメスの特別な個体の気を感じ取ってのことかもしれないが、……目の前の剣士の言う通り。残酷にも『餌』にできるんだ……」
「餌、餌か……」
男剣士が項垂れる。
くくく、っと笑って。
「そうだな」
と、これまた残酷に答える。
一瞬でも、かわいそうだなんで、哀れだなんて、思ってはいけない。
戦場に、駆け出した。
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