昔、あの人は龍だった

ヨコ

第1話

叔父さんは昔、龍だったらしい。

叔父さんっていうのはわたしのお母さんの弟のことだ。


らしいっていうのは、今はもう証拠がないから分かんないってやつ。空も飛べないし、鱗も爪も見たことない。


どこからどう見たってふつうの人間のおじさん。おじさんって言っても見た目は若い。お母さんとは年が離れてて、三十代の叔父さんはたまに会うと、大きくなったねえ、ってにこにこしながらいつも笑ってる。


このあいだは中学の卒業式が終わって家に帰ると、お邪魔してます、って言いながらリビングから出迎えてくれた。


話がそれちゃったけど、じゃあお母さんも龍だったのでは?って思うじゃん。でも血が繋がってないんだって。

つまりお母さんと叔父さんは義理の姉弟、なんでそうなったかっていうのは必要ないから説明は省く。とりあえず今はね。


わたしが小さい頃は色んな話を聞かせてくれた。龍の姿で空を飛んでいた頃の景色、今よりずっと地上が騒がしくなかった頃の光景、それっていつのこと?わたしがそう尋ねると、うーんとね、ずっと前。


ってそれしか叔父さんは言わなかった。今は飛ばないの?うん、飛ばない。何で?そういう約束だったから。叔父さんが飛ばなくなった(飛べなくなった?)理由は訊いてもよく分からなかった。


叔父さんが体験してきたという話、例えば水を求めて一心不乱で砂漠の上を駆け抜けた話、夜の星空を背負いながら一睡もしないで寒い大地を飛び越えた話、それはぜんぶ魅力的で。


わたしは頭に叔父さんが話す光景を思い浮かべてワクワクしながらいつも話を聞いていた。わたしが大きくなるにつれて叔父さんは昔の話をしなくなっていった。

わたしも何となく、自分から話をせがむことはしなくなった。


いつだってニコニコしている叔父さんは、今ではわたしの学校生活の話を聞きたがる。昔と違って、聞き手と話し手が逆転してる。


今考えるとあれは、わたしを退屈させないおとぎ話だったんだろうなって。

そう思うんだけど。


別れ際に叔父さんが手を振るとき、たまに人差し指の爪が光を反射して七色に見えること。

空を仰いだ叔父さんが、天気予報よりも正確に明日の天気を言い当てること。


たぶん、わたししか知らない。

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昔、あの人は龍だった ヨコ @yoko_kko

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