ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い

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第1話:帰省

 

「ねえ・・・みんな」


「僕さ・・・・・・元の世界に帰ろうと思ってるんだ」


とある世界。


長い旅路の果てに魔王を打倒した勇者パーティーは各々ボロボロになりながらも足取りは軽く、達成した喜びを仲間と分かちあいながら国に帰る途中だった。


国に帰ってから何をしようと各々やりたい事を口に出していたそんな中。


仲間の一人である男が漏らした言葉により賑わっていた雰囲気が重たい雰囲気に変わる。


男の名前は渡繋(わたり けい)。


くせっ毛のある髪で、元々黒髪だったが前髪の一部が赤くメッシュとなっており、童顔という訳ではないが33歳にしては柔和な顔立ちもあいまって少々若く見える。


繋の言葉に仲間たちは、・・・え?と驚きの言葉が出た。


歩みを止め後ろに置いて行かれている状態でポツンと佇んでいる繋を仲間たちは目を向ける。


余りの衝撃で仲間達は言葉を発せず少しの沈黙が場を支配した。


「どうしていきなり・・・」


痺れを切らし、そして初めに切り出したのは彼の育ての親である老エルフだった。


老エルフの名前はヒョードル・ニコラウス。


本人は200歳過ぎの老エルフと言うが、見た目は人間で言うと50代近くであり、浅黒い肌の美丈夫だった。


「・・・元の世界でやりたいことがあって」


その言葉を聞いたヒョードルはハッとする。


やりたい事とは恐らく死に別れた両親の事だろうとヒョードルは気づく。


繋は前々からヒョードルにだけ両親の墓を建てたいと言っていた事を思い出し、ヒョードルは何も言わずに沈黙する。


「・・・本当に帰るのか?・・・それにどうやって」


次に切り出したのはパーティのリーダーである勇者だった。


勇者の名前はスヴィグル・ハーキュリー。


顎下に綺麗に揃えた髭は歴戦の英傑らしく、体は厚みがあり引き締まった体の色んな所に傷跡が残っている。


繋より4歳年上だが魔王討伐のパーティを組んでから9年間苦楽を共にした戦友であり親友だった。


「うん。帰るよ・・・・・・女神さまの力で元に居た世界へ送ってもらえるみたい」


スヴィグルは消え入りそうな声でそうか・・・。と声を絞り出した。


「また・・・。こっちにも遊びに帰って来るよ」


何の確証も無いことは分かっている上で繋は小さい声で返す。


「そんな・・・っ! そんな・・・簡単にあっちこっち世界に行けないわよ」


爆発しそうになる感情を抑えるかのように、震える声で何とか言葉を発したのは魔族の女性だった。


彼女の名前はスノトラ。


見た目は20代後半で身長は168cmとパーティ内では小柄で、燃えるような真っ赤な髪をハーフアップしていて、すらりとした身体に紫色に輝く瞳が特徴的な女性だった。繋の魔法使いとしての師であり、共に魔法の道を切磋琢磨した仲であり、兄妹のような関係だった。


「・・・・・・」


スノトラの言葉に、繋は魔王討伐直前に女神と会話をした内容を脳裏に思い出す。


スノトラの言う通りに簡単に世界の行き来など出来ない。


その言葉に繋は目を瞑り口を噤む。


「まあまあ! 可能性は0じゃないってこった! そんな悲観することじゃねえって!」


「なあ。元の世界に戻ってやりたいこと事ってなんだ?」


半獣人の戦士が繋の肩を組み、柔らかい声で問いかけた。


戦士の名前はベオウルフ。


ツーブロックの髪の横から生えているのは人間のような耳ではなく狼のような耳が生えており、半獣人特有の大きな体躯の男性だった。


パーティの中では一番年若く、繋とは10歳近くも離れてはいたがスノトラと同じように繋の事を兄弟のように思っている。


「うん・・・・」


実は。と繋は静かに語りだす。


「元いた世界の両親の墓を建てに行きたいんだ」


繋はこちらの世界に来るきっかけとなった出来事を思い出す。


彼が中学生だった頃。夏休み中両親と県外に旅行に出かけていた。


その帰り道で交通事故に遭ったのだ。


確かあれは車同士の衝突事故だった。


その時は夜遅く真っ暗な海岸通りの道路を走っていた。


夜の海に月明かりが映っていた。


自分は車の窓を開けて夏風が頬を撫でるのを楽しんでいた。


生温い空気を肺いっぱいに吸い込んだあの時の夏を繋は懐かしく感じる。


とても楽しい日で終わるのだと思っていたが、家へ帰る前に親と些細な喧嘩を起こしてしまった。


その時の車内の雰囲気を繋は思い出す。


でも。


それでも帰ったら寝て、次の日を迎えれば両親とは何て来ない顔で仲直りをして、いつも通りの・・・。


何時も通りの変わらない日々を過ごすんだと思っていた。


(そう・・・思っていたんだ)


車に揺られながら帰路に着く途中、突然大きな揺れが起きた。


そのあと直ぐに親の叫ぶ声が繋の耳を突き刺した。


繋はびっくりして窓の外に向けていた顔をフロントに向けた。


(その時の両親の表情が脳裏に焼き付いて離れない・・・)


繋が覚えてる記憶はそこまでだった。


あの時、繋達家族は地震による衝突事故に遭い車ごと海に放り出されたのだ。


そして、家族3人とも死ぬはずだった。 

その筈だった。


たまたまその日は世界と世界の境界線が何故か緩んでおり、繋だけが何故か海の底では無く世界の狭間に落ちたのだった。


運よく急死を免れた繋だったが、それでも身体のあちこちには大きな傷を負っていた。


そのまま死にかけていた所を、空間の断裂を感じ取り世界の狭間に向かった女神が偶々繋を見つけたのだ。


本来あまり人と関わらないようにしていた女神だったのだが、その時はたまたま不憫と思ったのか哀れに思ったのか、女神の気まぐれで少年が回復するまで女神は少年の面倒を見た。


そして無事回復したあと、長い付き合いであるヒョードルに繋を預けたのだ。


ちなみに余談だが、ヒョードルに預けた後は干渉せず見守るだけの予定だったらしいが、繋を看病している中で思いの他情が移ったのか度々会いに行くレベルで繋を女神はそれなりに大事にしていた。


あまりに理由を付けて繋の様子を見にくる女神を見てヒョードルは、まるで兄妹ですね。と笑って言っていた事があった。


話は戻る。


繋はヒョードル以外に自分の過去を初めて話した。 


しばしの沈黙の後。


「それは・・・」


「帰らないといけないじゃない・・・」


言葉を溜めてスノトラはそう言った。


スノトラの言葉にスヴィグルもベオウルフも同じように頷く。


名残惜しんでくれる仲間達に繋は、ありがとうと嬉しいような悲しいような、そんな表情で感謝の言葉を言う。


そして繋は仲間達に、きっとまた会えるよと、寂しいのは無し!別に死ぬ訳じゃないんだから!と場の雰囲気を少しでも変えるために、明るく言おうとした。


・・・が。


「みんなと離れるのは寂しいなあ・・・」


繋はまったく意識してない言葉を出す。


それは、思いのほか、ぎこちなくて、悲しそうな声で、繋はポロリと本音を出してしまった。


あっ、と繋は咄嗟に口を片手で覆う。 


だが、その言葉に俯いていた4人はバッと顔を上げ、繋を中心に集まる。


そして各々、繋に言葉をかけ始める。


「はあ、本当にまったく・・・。気を付けて帰るんだぞ」


ヒョードルはため息をつきながらも、繋の頭を撫でながら優しく言う。


「せっかく魔王を討伐したってのに・・・。本当にお前ってやつは、どうせ気を使って言わなかったんだろうけどよぉ・・・やっと長い旅が終われて喜んでたのに、今度は寂しくなって感情がぐちゃぐちゃだぜ」


スヴィグルは腕を組み、困ったように笑いながら言うと、でも、まあと続けた。


「戻って来れたら、魔王討伐前に約束してた俺の故郷に案内してやる」


「だから、約束しろ」


「あっちでも、ちゃんと自分を大切にしろよ」


でも、少しやっぱり不満だとスヴィグルは言って、繋のおでこに少し強めにデコピンをした。 


次にスノトラが繋に言葉をかける。


「大丈夫よ・・・うん。大丈夫」


最初の大丈夫は繋に向けて。


2度目の大丈夫は自分に向けて。


「何年かけても、あんたを迎えに行ける魔法を開発するわ」


「だから。あんたは気長にあっちで過ごしてなさい」


スノトラは目を潤ませながら繋にそう宣言した。


「違う世界でもよ」


繋の肩をポンっと軽く叩く。


「俺たちは兄弟だよな!」


ベオウルフはニッと笑って言う。


「うん。・・・うん」と繋は滲む涙をこらえながら嬉しそうに頷く。


仲間達も互いの寂しさを紛らわすために、自分たちの心を納得させるかのように、何度も何度も短い言葉で言葉を交わす。


「はーー!! よし! 湿っぽいのに取り合えず止めた! 止め!」


「王国に帰ったら沢山祝おうぜ! 次の日お互い笑って見送れるようにな!」


スヴィグルは寂しさを吹き飛ばすかのように大きな声で言う。


それに対し「そうだそうだ!」と繋を除いた4人は意気込む。


王国に帰ったら沢山おいしいものでも食べて、酒でも飲んで目一杯楽しんでやる!とスヴィグル宣言しながら、スヴィグルは繋の手を引く。


そんな様子に程々にねと繋は嗜めつつも嬉しそうな顔で言った。


地球に帰る間際の幸福な時間を仲間達は感じながら5人は国へ向かった。



しかし。



繋はもう1つ重要なことを仲間に内緒にしていたことがある。


両親の墓を建てる為に元いた世界に帰るにあたって、女神から忠告を受けていたのだ。


時は少し遡り、魔王と戦う直前。


「本当に帰るのか?」


「うん。僕の心残りだから」


女神は眉間に皺をよせる。


「・・・そうか」


「やっぱり帰るのは難しい?」


やっぱり個人的な理由で世界の行き来は出来ないと繋が思っていたところ。


「元のいた世界に送り返すこと自体は問題はない」


「それにお前を無事に地球へ送るには星の流れ的に今のタイミングが良い」


女神は、だが、しかし。と続ける。


「お前を何度も危険な目に遭わせたくない」


真剣な眼差しで女神が言う。


危険って、大袈裟だなあと繋は戸惑う。だって地球には魔王や魔獣や怪物のような日常を脅かすような生物は居ないのだから。 


そんな繋の心を読み取ったのか女神は告げる。


その言葉に繋は衝撃を受ける。


だって想像すらしていなかったのだ。


まさか。


自分の元いた世界の人類が。


「お前の居た世界は殆どの人類が死人になっているんだ」


そう。ゾンビ化しているなんて。



2025/1/21 加筆・修正 3900文字→4050文字





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