受胎告知
私の通っていた女子高に彼女が転校してきたのは、二年生の三学期、冬の寒い日のことだった。
すこし亜麻色がかったロング・ヘアーに、透き通るような白い肌。
背は低めで、どことなく猫を思わせた。
担任の指示で校内を案内していると、彼女がふいに顔を近づけて「仲良くしましょうね」と、私に言った。
彼女は、私以外のクラスメイトとは、打ち解けようとしなかったが、不思議と嫌われることはなかった。
転校してきてから、ずっと私の側を離れない彼女について、クラスメイトがいろいろと尋ねて来た。
私は当たり障りのない範囲で、彼女のことを教えてあげた。
どんなお菓子が好きなのか。
よく聞く音楽は何のか、等々。
彼女の家は母子家庭だった。
家は高層マンションの最上階で、高そうな調度品に囲まれて、彼女は暮らしていた。
彼女は、家事などは一切手伝わず、母親にすべて任せていた。
マンションへ遊びに行き、彼女の母親の様子をながめていると、お姫様に使える侍女のようだった。
また、それはおかしな話だったが、ときおり、ふたりが恋人同士に見えるときもあった。
裕福ならば、お手伝いさんを雇えばいいのにと思ったが、部外者を拒む何かが、その家には満ちていた。
彼女がぐずるので、はじめてマンションに泊まったときは驚いた。
一緒におふろに入ろうと彼女が言うので、嫌々ながら服を脱いでいると、彼女は自分では、なにもしようとしなかった。
仕方がないので、私が彼女の服を脱がすと、透き通った、白い肌があらわになった。
脱がせ終わると、彼女は鼻歌をうたいながら、私の手を引き、浴室へ誘った。
彼女は中に入っても、バスチェアに腰をかけたまま、なにもしない。
私も彼女の背中を眺めるばかりで、何もしないでいると、彼女が小さく、くしゃみをした。
かぜをひかせるわけにもいかないので、私は彼女の体にお湯をかけ、その体を洗った。
彼女が文句を言うので、体の隅々まで泡立てた。
このようなことを、毎日母親にやってもらっているとのことだった。
一緒に寝ましょうと、一度言ったら聞かない彼女が駄々をこねたので、仕方なく大きなベッドに二人で入った。
彼女の体から、むせかえるような甘い匂いがした。
三年生の文化祭で、私と彼女のクラスは、劇をやることになった。
クラスメイトの投票で、彼女がお姫様、私が王子さまを演じることに決まった。
劇のクライマックスで、ふたりは口づけを交わすことになっていたが、もちろん本当にするわけではなく、彼女の持っている扇で、ふたりの顔を隠すことになっていた。
いま思えば、私の運命はその時に決まってしまった。
それまでも、彼女が私に体を密着させ、口づけを求めるしぐさをたびたびしていたが、私はそれを拒んで来た。
しかし、劇で王子を演じているうちに、冷静さを失ってしまったのだろう。
私は彼女の薄い唇に、自分の唇をつい重ねてしまった。
唇を重ねて以来、彼女の私に対する束縛が厳しくなった。
他に行きたい大学があったが、ぐずる彼女に負けて、私は同じ女子大に進学した。
彼女が大学近くのマンションを借りたので、そこに私が住まわせてもらう形で、彼女との共同生活がはじまった。
彼女の母親は、一度だけマンションにやって来て、悲しみとも嫉妬ともちがう、形容のしがたい表情で私を見つめた。
「先に手を出したのはあなたでしょう。それなのにひどいじゃない」
けんかになると、彼女は必ずそう言い、私を困らせた。
そして、困惑している私をベッドに連れて行き、私の首に手を回すのだった。
大学を卒業すると、彼女は働く必要がなかったので、移り住んだマンションに引きこもった。
彼女は私にも、働く必要はないと言ったが、私はそれをどうにか断り、定時に帰れる企業に就職した。
帰宅すると、彼女の世話が待っていた。
そのような暮らしにも慣れ、彼女への愛情が深まる中、その日は突然やってきた。
朝起きると、となりで寝ているはずの彼女が、マンションから姿を消していた。
彼女の行くところと言えば、母親のマンションしか思い浮かばなかった。
何か怒らせたかなと思いながら、電話をかけると、彼女の母親が出て、「そう」とだけ言って、黙り込んでしまった。
しばらくしてようやく、「じきに帰って来るわ。あなたはそのマンションで待っていてちょうだい」と、返答があった。
広いマンションで彼女を待つ日々の中、体調不良が続くようになった。
あまりに吐き気がひどいので、病院に行ったところ、医師から妊娠を告げられた。
私は男性と関係を持ったことがなかったので、そのようなことはありえなかったが、徐々に大きくなるお腹を見て、妊娠を認めるしかなかった。
父親の名前が言えない私に対して、両親は冷たく、会社は居づらくなって辞めてしまった。
それから私は、彼女の母親の援助で生活を送った。
「失踪届を出して来たわ。七年経ったら、遺言にもとづいて、あの子の遺産はあなたのものよ」
見舞いに来た彼女の母親が、大きくなった私のお腹を、愛おしそうにさすりながら言った。
さする手を見ながら、私はたずねた。
「何もかもご存じのような口ぶりですね?」
「それはそうよ。あなたと同じ経験を私もしたのだから。あなたは珠のようにかわいい女の子を産むわ。その子をうんと甘やかして育てるの。そして、その子が恋をする年頃になったら、その恋人にバトンを渡すの‥‥‥」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます