奥さんが実家(異世界)に帰ってしまったんだが、どうしよう?
日記は、異世界とやらから、男の安アパートに突然やってきた、エルフと呼ばれる種族の女性とのなれそめから始まっていた。
ふたりは同棲をしているうちに互いを意識しはじめ、やがて結婚をしたらしい。夫婦の楽しい日々が、誤字脱字だらけの汚い筆跡で、長々と書かれていた。
しかし、そんな結婚生活は続かず、ある日、男が靴下を脱ぎっぱなしにして、洗濯機に入れなかったことから口論となり、そのエルフとやらの女性は、異世界へ帰ってしまったとのことだった。
日記は、ひどい走り書きの文章で終わっていた。読み解くと、だいたい、次のような主旨であった。
「異世界に行ったら、二度と、この世界には帰って来られないらしいけれど、そんなことは構うものか。僕は異世界へ行く。なぜなら、妻を愛しているから。僕は向こうで妻と楽しく暮らすから、家族や職場の皆さん、心配しないでください。さようなら」
刑事は机の上の日記を閉じると、天井からぶら下がっているロープを見た。
そのロープの下の畳は、黒く変色し、異臭を放っていた。
しばらくすると玄関のドアが開いて、部下が、飛び交う羽虫を手で払いのけながら、報告にやってきた。
「アパートのとなりの住人に確認したところ、ときおり、男が、だれかに話しかける声を聞いたことはあるそうですが、相手の声を聞いたことはないそうです。また、近隣へ聞き込みを行いましたが、男がだれかと歩いている姿を目撃した者はいません」
「ほかの者が、関係者に電話で確認を取ったが、家族とうまく行っておらず、会社でも孤立しがちだったそうだ。……まあ、なんにせよ、事件性はないな」
抑揚のない口調で答えたのち、刑事は玄関に向かって歩きはじめた。
「飯に行こう。きのう、競馬で勝ったから、おごってやるよ」
その言葉に、部下が「ありがとうございます」と言いながら、刑事のために玄関のドアを開けた。
無人になると部屋の中は、虫の羽音に支配された。
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