ある不動産屋から聞いた話

 そのマンションの一室で寝ていると、楽し気な音楽で目を覚ます。


 真っ暗なはずの部屋なのに、その部分だけはスポットライトを浴びているように明るい。

 その明かりの中で、男の小人がマンボのリズムに合わせて踊っている。彼の後ろでは、黒くて人の形をしたものたちが、それぞれの楽器を演奏しているのだった。


 踊っている小人は実に楽しそうだ。

 この小人は、もともと、この部屋に住んでいた住人であったが、風呂場で足を滑らせて事故死した。

 自殺したわけでも、殺されたわけでもないので、その部屋は事故物件ではない。


 男に妻子はいなかったが、仕事で成功しており、何不自由なく、その部屋で生活していた。

 未練があったわけでも、だれかを恨んでいたわけでも、長い苦しみの果てに死んだわけでもない

 それでも、男はその部屋に夜な夜な楽隊をひきいて現れ、楽し気に踊るのである。


 男は怖い存在ではなかった。

 しかし、寝ている人間からすれば、明るいし、うるさいしで、邪魔な存在であった。

 そのため、部屋は広くて、立地条件もよいのだが、しばらくすると、みな、部屋を引き払ってしまうのだった。



「強い恨みや未練のある者だけが、幽霊になって現れると言うのも、よくよく考えればおかしな話ですがね」

と不動産屋が、ため息交じりに言った。

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