どれだけ悪役令嬢と隠しキャラのカップリングが好きなんだよとツッコミ入れながら書いたのだけど、書いてみたら悪役令嬢がトンカツを作って二人で食べてるだけの話になった話

三角ケイ

第1話

 その日。ミニョンがそろそろ夕食を用意しようかと思って席を立ったと同時に玄関のベルが鳴った。


 表に出てみると、そこには旅装姿の青年が一人立っていた。


「はい、どなたで……えっ!?もしかしてユーリック?どうしてここが……?」


 記憶にあるユーリックよりも窶れ果てた姿になっている彼にミニョンは目を見開いて驚いた。


 銀色の髪は艶を無くしボサボサ髪になっている。紫色の瞳は血走り、目の下には隈がある。


 少し痩けた頬と髭が伸びっぱなしになっている顔にホコリまみれのローブ姿は胡散臭く見える。


 この姿の彼が英雄魔導士だとは誰も気付かないだろうとミニョンは思った。


「やっと見つけた。ミニョン。僕は君が無実だと知っている。だから僕と一緒に……」


「あのね、ユーリック!私……」


 ユーリックが言い終わらない内にミニョンが何かを言おうとしたとき、ク〜、キュルキュルキュル……と、二人のお腹が同時に鳴った。


 二人の顔は一瞬で赤く染まり、自分のお腹の音を恥じらい合った。


「ごっ、ごめん!ずっと食欲が無くて今日は朝も昼も食べてなかったから……」


 我が身を構わず、一心不乱に自分を探していたのだろうと一目でわかるユーリックの姿にミニョンの胸はキュンと高鳴ったが、それに気が付かないふりをして彼女も彼に謝った。


「私もごめんね。大事な話をしようと言うときに。……あの、良かったら先に一緒に夕食を食べましょうよ。話はそれからで」


 ユーリックを食事に誘ったものの、今から夕食作りを始めようとしていたところであったミニョンは、食事を作っている間にホコリまみれの彼にお風呂に入ってもらえばいいと考えた。


 君が普段使っている浴室に入るなんて恋人か夫になったみたいで恥ずかしいけど凄く嬉しムニャムニャ……やっぱりダメだよ!と狼狽え断ろうとするユーリックをミニョンは汚れたままでいるのは衛生的に良くないからと理詰めで説き伏せ、問答無用で風呂場に押し込んでから台所に向かっていった。






「あら?随分と早いわね。湯船は使わずにシャワーだけで済ませちゃったの?もっとゆっくり入ってくれば良かったのに……。はい、お水をどうぞ。水分補給は大事よ。着ていた服とローブは今、洗濯しているからね」


 湯上がりのユーリックは艶やかさが戻った銀髪を後ろで一つに結い、髭も剃り、ミニョンが着替えにと差し出した彼女の服を丁重に断って、持参していたらしい自前のシャツとズボンに着替えて浴室から出てきた。


 エプロン姿のミニョンはユーリックに水の入ったコップを差し出した後、台所に戻り、赤い色が塗られた蓋付きのボウルと竹細工のザルを調理台の下の引き出しから取り出した。


 ザルを横に置き、赤い蓋付きボウルの蓋を外したミニョンは、ユーリックが入浴している間に四分の一にカットしていたキャベツをボウルに入れ、蓋をしてから右手を蓋の上に乗せ、自分の魔力を流しながら、《スライサー、千切りキャベツを作って》と唱えた。


 ミニョンが唱えるとボウルの中のキャベツは瞬く間に薄くスライスされていき、あっという間に千切りキャベツが出来上がった。


「ありがとう。……その赤い蓋付きボウルは、君と僕が最初に作った魔動スライサーだよね。懐かしいなぁ」


 ユーリックは水を飲んだ後の空のコップを手に、彼女の家の中をキョロキョロと見回しながら台所にやってきて、彼女の手元を見て微笑んだ。


「フフ、懐かしいでしょ。あのとき私はポテトチップスを作るためのスライサーが欲しかったのだけど、包丁よりも小さく薄く、しかも人は絶対に切れない安全な刃が欲しいと言ったら毛剃りの刃だと勘違いされて、お嬢様はどこにもムダ毛なんて生えていないから必要ありませんと侍女に言われたのだもの。ダメ元で魔導士の塔に出向いた時に偶然あなたに出会っていなかったらスライサーを作るのは諦めないといけなかった。……あら?」


 ボウルいっぱいに千切りキャベツを作ったミニョンは赤い蓋を開けて、ボウルの中に水を入れてキャベツを水にさらし、横においてあった竹細工のザルを取り出し、ザルにあげてから流し台の上でザッ、ザッと軽く上下にザルを振って水切りをした。


 そして水を捨てて空になったボウルの中にキャベツを戻し入れ、蓋をしてボウルを魔動冷蔵庫に入れた後、チラリとユーリックを見た。


「どうしたの?ユーリック、あなた顔が真っ赤になってるわよ?お風呂でのぼせちゃった?それとも熱が出ちゃったの?どちらにしろ、直ぐに横になって休まなきゃ。私のベッドで申し訳ないけど使ってちょうだい。寝室は台所を出て左に見える緑の扉の部屋だから。食事が出来たら起こしてあげるわね。……あっ。食事はお粥の方がいいのかしら?」


 調理台の下の引き出しから黄色の蓋のついたボウルを取り出して米を研ごうとした彼女は、隣に立ったまま動こうとしないユーリックの顔を見上げた。


「ね、熱なんてないよ!ちょっと、その、つい妄想しちゃ……ゴホゴホッ!ごめんね。ともかく僕は大丈夫。だから君と同じ物を食べさせてよ。三年半ぶりに君と一緒に食べられるんだと思ったら、今までの食欲不振が嘘みたいにお腹が鳴ってどうしようもないんだからさ」


 ユーリックが自分の腹部に手を当てて弱々しく言うと、ミニョンはクスッと小さく笑った。


「わかったわ。ならお米を3合炊かなきゃね。私の見る夢の中に出てきた、お米も炊飯器も現実にはないと知ったときはガッカリしたけれど、あなたがお米を探し出してくれて、魔力で動く炊飯器を作ってくれたおかげで、こうして美味しいお米が食べられるようになって本当に良かったわ」


 そう言いながらミニョンが米びつから米をカップで汲んで蓋を外したボウルに入れ、水を注いで黄色の蓋を被せた手を置いたまま魔力を注ぎ、《お米を研いだ後、水切りして》と唱えた。


 そして魔圧力釜炊飯器に研いだ米を入れ、3と書かれた目盛りのところまで水と魔力を注いでスイッチを押した。


 炊飯が始まったのを確かめたミニョンは流し台に魔動洗い桶を置き、作業台の上に紙のように薄い魔動まな板と食器棚から取り出した二つの蓋付きの容器を並べて置いた後に冷蔵庫に近づいていった。


 ユーリックは冷蔵庫から葱とほうれん草を取り出しているミニョンに向かって言った。


「魔動スライサーも魔圧力釜炊飯器も魔動冷蔵庫も魔動洗い桶も君が発案し僕が作ったものだよね。それに魔力灯台や全自動魔力洗濯機も魔力レンジも魔動食器洗い乾燥機も魔力掃除機や魔力冷暖房機といった、ありとあらゆる家庭用魔力器具や魔力自動車や魔動列車や魔動力船、魔力飛行船といった交通手段や水洗トイレや上下水道の仕組みもだ。そして米や大豆等などを発見し、味噌や醤油、味醂、料理酒といった新しい調味料まで君が発案した……。君がいたおかげで国は超魔法先進国と他国から羨望と尊敬の目で見られるようになって、人々の暮らしを手助けする英雄公爵令嬢だと民達に君は感謝されるようになった」


 取り出した葱とほうれん草を魔動洗い桶に入れ、水を溜めながらミニョンはユーリックの言葉を聞いて笑った。


「英雄は私だけではないでしょ、英雄魔導士さん?だって私は夢の中で使った便利な物を現実でも使ってみたい、夢の中で食べた物を現実でも食べてみたいと言っただけで、実際に家庭用魔力器具や便利な乗り物を作ったり、上下水道の設置を国中にさせるよう動いたり、私が食べたいと言った物全てを国中探したり、試行錯誤して作ってくれたのは全部あなたじゃないの。本当の英雄はあなたなのに、あなたは最初に提案したのは私だからと全てを私の手柄にしようとするから、二人で話し合って一緒に英雄になったじゃないの」


 水を入れ終わった後、魔動洗い桶に魔力を流しながら、《野菜を洗浄後、水切りして》と唱え、手を離した。


 魔力を注がれた桶は中に入れられた水を緩やかに波立たせ、葱とほうれん草に付着していた泥汚れを微弱な水流の渦で剥がし取って排出して、葱とほうれん草を洗い始めた。野菜が洗い上がると桶は残りの水を排出した。


 ミニョンは桶から葱を取り出して、魔動まな板の上に置くと、今度は魔動まな板に魔力を流し、《葱を小口切りにして》と唱えてから手を離した。


 すると魔動まな板の上に置かれた葱は根本だけを少し残し、後は一瞬で全てが小口切りに切られた状態となった。


 ミニョンは切り残された根本を摘むと、根本は水につけておけば、また葱が育って再利用が出来るからと小さなコップに葱の根本と水を入れて窓辺に置いておいた。


 そして台所に戻ってくると、ミニョンは小口切りになっている葱がこぼれないように気をつけながら、紙のように薄い魔動まな板を曲げて持ち、容器の上に斜めに傾けて内側の葱を容器に注ぐようにして流し入れてから、蓋をして葱を入れた容器を冷蔵庫に入れた。


 葱を切った魔動まな板を一度水で流した後、ほうれん草を手にするミニョンにユーリックは真剣な表情で言った。


「半年前の学院の卒業式で、君は王子に男爵令嬢を日常的に虐めるだけでなく、卒業式前日に階段から突き落として殺害しようとしたと糾弾された。君はどちらもしていないと主張したが、君がしたという証拠や証人もいて、その場で君は婚約破棄されて爵位を剥奪され、君は実家の公爵家から着の身着のままで追い出された。それを僕は留学先で聞いて半年間ずっと君を探してたんだ」


 ミニョンはユーリックの視線を強く感じながらも手は休めず、ほうれん草を魔動まな板の上に置き、葱を切ったときと同じように魔力を流し、《ほうれん草を4センチ間隔に切って》と唱えた。

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